第23話

文字数 806文字


 新宿から上諏訪行き臨時急行アルプス51号に乗り、十二時三十四分に終着駅の上諏訪に着いた。
 ホームに降りて、大きく息を吸う。
 周りの山々は、八月の陽光に焼かれてゆらいでいる。
 緑一色に生い茂る木々の遠景に、青味がかったなだらかな稜線が広がっていた。

 新しい一歩を踏み出すって感動はなかった。
 観光客や山登りの服装をした人が多い中で、長髪にキャップ帽、リュックを背負ってギターケースを持つぼくは完全に浮いている。
 降車客の流れに乗って改札口を出た。
 バス停やタクシー乗り場に人が溢れている。
 行き先が霧ヶ峰高原や車山高原と表示してあるバスに乗り込む人が大勢いた。

 駅前にあった観光案内地図で、座長たちがいるはずの荘長神社を調べたけど分からない。
 どうしようかと、周囲を見回した。
 観光案内所と交番が目に入った。
 観光が目的じゃないぼくが、観光案内所で道を尋ねると、弁護士を目指していた伊田さん流に言えば業務妨害罪が適用されるだろう。
 警官とは相性が悪い。
 高円寺駅前で、漫画の資料として街の写真を撮っていた時、警官に交番まで引っ張られたことがあった。
 交番を撮影したという理由だった。
 近くの交番が放火された事件があって、過激派の一員と疑われたようだ。
 ぼくは「風景の一部として、交番の建物も撮影しただけだ」と息巻いた。
 二時間近くやり合ってから、ようやく解放された。
 しかし、ぼくも少ないけど税金を払っている。
 それに、道を訊くのは昔から交番が定番だと自分に言い聞かせて飛び込んだ。

 交番にいた若い警官が、「ここから徒歩で約20分ぐらいですよ」と壁に貼ってある地域が細かく記されている地図の前で説明を始めた。
 荘長神社へは線路と並行している国道20号を、まるみつ百貨店がある方へ渡り、国道に沿って歩く。
 諏訪郵便局の横の階段を登って、上諏訪中学校の隣にあるようだ。鉛筆で略図まで書いてくれた。
 出だしは好調だ。

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