第17話 暗殺者

文字数 3,170文字

 その日の夜のテレビ番組は、政界の巨大汚職の特番で埋め尽くされた。
 日本の大手新聞四紙が一様に、夕刊の一面スクープとして取り上げたのだ。ただ一紙、毎朝新聞だけが乗り遅れた。原因は社会部デスク馬島の突然の病死であった。
 時を同じくして、北条ファンドを発信源として、グリーンスパーク投資事業組合の利益操作の実態を示す、告発動画が公開された。その告発者は、運用責任者である橋本本人だった。
 情報ソースの分からないネットニュースは、常にその信頼性が危惧されるが、信頼できる団体が、運用者本人を立てて配信したのだ。その効果は北条ファンドのサーバーが、一時配信不能直前まで追い込まれるほど、アクセス数の激増という形で現れた。

 翌朝、マスコミの動きに呼応するように、法務大臣秋永総一郎(あきながそういちろう)と検事総長森満明(もりみつあき)が、共同で依田総理の同意の下、外務大臣、国土交通大臣、文部科学大臣及び佐川官房長官の訴追を行うと発表した。
 続いて依田総理より、前出四閣僚を罷免した上で、その責任をとって三か月後に与党総裁選を開き、新総裁を新総理とすることを発表した。
 前夜のうちに秋永と依田の間で交わされた密約に基づくものだった。

 北条屋敷のリビングでは、コーマ、綾香、明良、智成、礼美の五人が集まっていた。セバスチャンだけ、昼食の用意でキッチンに詰めている。
 智成と礼美はあの対決の日以来、ずっとコーマ屋敷に滞在している。
「まさに妖怪の手並みだな」
 智成がテレビで依田総理会見を見ながら、呆れ顔で呟いた。
「これで、橋本一家の安全はとりあえず確保した」
 明良が浮かない顔で、戦いの区切りを宣言した。
「何だか元気ないわね」
 綾香が沈み切った明良の顔を心配そうに覗き込む。
「馬島さんの死ですね」
 コーマが明良の晴れない心の原因を察して、代わりに答えた。
「零士さんは馬島さんを囮に使った。他は全部隠密に意思疎通したのに、馬島さんだけを目立つように屋敷迄呼び寄せた。その結果告発はうまくいったが、馬島さんの命は奪われてしまった」
「零士も、馬島さんの命まで捨て駒としたわけではなく、身の安全だけは保障されるように、新聞社には車で送り、新聞社内には手の者を清掃員として配備するなど、綿密に気を配った」
「もちろん、そこは理解しています。でも結果として馬島さんは亡くなってしまった」
 明良はネット対策に追われて、馬島を自分の手で守れなかったことを悔やんでいた。
「命を救えなかったことに拘るのは明良のいいところだけど、まだ終わったわけではない」
 コーマの言葉は厳しかった。
「分かっています。くよくよなどしてられないことも」

「殺したのは十中八九、今川雅(いまがわみやび)だな」
 智成が嫌そうな顔をする。
白沢(はくたく)の力だね。確かに気味の悪い力だ」
 礼美もあまり好きではなさそうだ。
「僕は白沢については、あまり知識はない。知ってるなら教えてくれないか、礼美」
「白沢は九家の中でもあまり詳しくは伝わってない謎の守護獣よ。私たちが知っているのも、中国の思念師たちから聞いたことだけだ。白沢は額に三つ目の目がある獅子に似た四つ足の獣で、皮膚の色が白い。病気を操ることができ、特に血管系の脳溢血や脳梗塞および心臓疾患を与えることができると言われている」
「明良が思念によって武田の血圧をコントロールした技とは、根本的に作用する力が違うのですね」
「そうだ。我々の妖狐の力、そして北条の八咫烏の力と同源だ」
「そうなると防ぐのは難しいですね」
「今川が忌み嫌われるのは、そういう得体のしれないところだが、防ぐ方法がまったくないわけではない」
 智成が礼美に変わって答えた。
「やはり思念を使うのですね」
「そうだ。まず自分に対して白沢の力を仕掛けられたとき、これは三つ目の使い方を応用して筋肉に対してではなく、病魔を仕込まれた部分の自然治癒力を思念によって強化する」
「他の人に仕掛けられたときは」
 明良はどうもそちらが気に成るようだ。
「明良が使った二つ目の方法で他の者の治癒力を上げる。ただしこれは問題があって、他人の身体なので、どこに仕掛けられたのか瞬時に判断できない。ただ、予測する方法はある」
「サキヨミですね」
「そうだ、八咫烏の力を借りればそれは可能だ」

「もう一つあるぞ」
 礼美がまた説明を始めた。
「雅の力は素目羅義の影のように遠隔地から操作できない。少なくとも対象の半径百メートル以内に入る必要がある。今川の直接戦闘能力はあまり強いものではない。見つけて即戦闘を仕掛けて倒す」
 礼美の顔にはなぜか強い殺気が表れていた。
「しかし我々は雅の顔を知らない」
 明良は残念そうに言った。唯一九家の顔触れが揃う九家会議においても、今川は執事を立てて来る。暗殺者として自身を隠すことを徹底しているのだ。
「私は知っている。これが雅の写真だ」
 そこには、前髪を目の上で切りそろえた、髪の長い女性が映っていた。細面の顔に切れ長の目、唇は薄く、鼻梁は細く高い。年のころは三十四、五といったところか。
「この写真は?」
 明良が由来を聞くと、智成が言いにくそうに答えた。
「奴は福岡に現れて、少弐家の執事をその能力で暗殺した。殺されたのは礼美の父親だ」
 その瞬間、礼美の黒い思念が体中から迸った。

「今川で九家中八家の帰趨が判明した。残る一家が気に成るな」
 それはコーマのサキヨミをもってしても真意は測れない家であった。
「楠木か、あれは放っておこう」
 智成が呆れたように言った。
「麒麟は不殺の守護獣、いたずらに素目羅義に加担するとも思えないが」
「明良、相手は楠木だ。どんなトリッキーな行動に出るかは誰も読めん。あいつのことは頭から外した方がいい」

「そうだな、では今後気に成るポイントを挙げておこう。まず橋本一家は家に帰してもいいだろう。重要秘密が公開されては、奴に執着する理由はない。警察に送って早く刑を確定し、復帰の道を作ってやることが奏音のためだ」
「それは同じ考えだ」
「次に素目羅義たちの今後の動きだが、このまま進めば新政権に対する零士さんの影響力は大きくなる。それを阻止するために考えられる行動は三つある」
「一つは、暗殺だな。効果的なのは秋永法務大臣の暗殺だ。現防衛大臣首藤忠勝(しゅとうただかつ)も狙われる可能性がある」
「今川が出て来るな」
「次は里見への攻撃だ。零士さんを殺せば奴らの勝ちだ」
「癪に障るが零士の加勢をせねばならんな」
「最後は、楠木が向こうについた場合」
「麒麟のユメガエか」
「ユメガエで新政権の里見派の記憶を、そっくり変えてしまえば問題は無くなる」
「どの方法でくるかな。お前のサキヨミで読めぬか」
「無理だな。まず楠木の出方が分からないし」

 行き詰った明良と智成にコーマが助言した。
「私は楠木は動かないと思いますよ。正臣殿は世の(ことわり)がよく分かっている方です。もし、ここで素目羅義に加担しても、最終的にはそれは自分たち危機につながることに気づいているはずです」
「では二沢だな」
「それは彼らの戦力なら同時に二つとも実行するでしょう。要人暗殺に北畠、上杉、武田は不向きだ。皇援九家の存在が公になる可能性がある。そして里見襲撃に今川は役に立たない」
「では我らも分かれて備えるか」
「それも必要ないと私のサキヨミは告げています。素目羅義とは別のもっと大きな脅威が迫っていて、我々はそちらに備えるべきだと」
 いつも優し気なコーマの顔に厳しさが浮かんでいた。

「そうか、では明良、我々は別の重要事項の準備をしよう」
「別の重要事項」
「学校に行かねばならんだろう。私と礼美は東京の学校に通うのを楽しみにしていたのだ」
「あっ」
 すっかり忘れていた。明良は明後日から樹希と共に高等部へ進むのだ。
 準備をするために樹希と買い物に行って、そのままになっていた。
 明良はすぐにスマホを取り出し、樹希に連絡し始めた。
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