第26話 目覚め

文字数 3,546文字

 北条屋敷に入り、正臣は異変を感じた。
 先に帰ったはずの明良たちがいなかったからだ。
 ファカルシュ家の攻撃を警戒して、学校への登下校は必ず全員で行動していたが、今日は杏里紗が北条屋敷では相談できないことがあると言ったので、学校の面談室で話を聞いた。
 相談は神樹同士の子供の出産における、死の確率についてだった。綾香を見ていて不安に成るのは分かる。正臣も知ってる限りの知識を丁寧に説明した。
 終わってから教室に戻ってみると、待ってるはずの明良たちがいなかった。杏里紗との話に時間がかかったので、待ちきれなかったのかと思い、二人で急いで屋敷に戻った来たのだ。

 コーマがホームエレベーターを使って二階から降りてきた。
「正臣、どうやら明良たちは敵を誘い出してしまったようだ」
「どういうことだ!」
 正臣は予期せぬ事態に驚いて、口調が強くなってしまった。
「君がいると相手が警戒して攻めて来ないから、明良たちも考えたようだ」
「無謀だろう。智成だってまだベストコンディションではない。相手は欧州を代表する暗殺集団だぞ」
「綾香の出産も近いから、早めに決着をつけたいと思ったんだろう。そうだろう、杏里紗?」
 コーマに促されて、杏里紗も蒼い顔で頷いた。
「杏里紗、それで俺を引き留めるために!」
 正臣は動揺した。だが杏里紗を責めるわけにもいかない。
「信じよう、次の皇援九家を担う者達の力を」
 コーマに諭されて、正臣は肩を落とす。智成はともかくとして、八雲や明良は真の強敵と戦うには、もう一皮むける必要があった。
「大丈夫だよ、正臣。念のために強力な助っ人に行ってもらった。いざという時は頼りになるはずだ」
 コーマは心配無用と言わんばかりに、ほほ笑んだ。

 これではきりがないと八雲は思った。何度イカヅチを打ち込んでも、相手は何事もなかったように立ち上がってくる。だんだんと電気ショックに耐性ができてきたのか、倒れずに反撃されるようになってきた。
 そのたびに雷が身体を張って、守ってくれるので八雲は傷を負うことなく、距離をとってイカヅチを打てるが、雷の身体は傷だらけに成っていった。
 上杉と直江の絆は深い。
 直江が相手の攻撃を受けとめて、上杉が強力な一撃を放つ。力を合わせた戦い方は、どんな難敵にも負けはしないと、父剱山は常々言っていた。
 だが自分が未熟であったために、少弐には敗北を喫してしまった。そして、この不死身の狼にもダメージを与えられないでいる。
 このままでは、また敗れてしまうのは時間の問題だ。
「そろそろ限界か」
 ラウルが初めて言葉を発した。もう、イカヅチがラウルにダメージを与えられない。魔狼の爪が八雲の身体に近づいていく。
「あきらめるな」
 雷が傷ついた身体に鞭打って、その爪を遮る。
 ビシュ
 完全に跳ねのけきれずに流れた爪が、雷の右肩に食い込み血しぶきが上がる。
「俺はお前を信じている。もう一度イカヅチを放つんだ」
 肩の血を浴びて、雷の右顔面が真っ赤に染まる。
「ライ!」
 通常のイカヅチでは勝てない。父剱山のイカヅチと同じものは自分にはまだ打てない。
「トドメだ!」
 ラウルの右の爪がストレート状に突き出される。雷がそれを跳ね上げた瞬間、左の爪が雷の右わき腹に突き刺さった。
 雷が懸命にラウルの左手を押さえる。両腕が震えている。もう力が十分に入らないのだ。
 ラウルはニヤリと笑った。そのまま振り払って、背骨ごと胴体を真っ二つにしようとしているのだ。
「やめろ!」
「ウグッ」
 ラウルの胸を突き破ってイカヅチが空に放たれた。ラウルは口から血を噴き出し、そのまま地面に倒れる。
 それを見届けて、雷も地面に膝をつく。
「ライ、ライ、大丈夫か?」
「ついに、やりましたね。剱山殿のイカヅチを」
「ああ、できたよ。外からではなく、相手の体の中から放つイカヅチが」
「ラウルの内臓は黒焦げでしょう」
 ラウルの指がぴくッと動いた。
「本当に化け物だ。さあ、早く先生にいただいた封印を」
 アンデッドは脳が吹き飛んでも死なない。正臣は楠の秘術である細胞の再生を止める封印の札を作り、全員に渡しておいたのだ。
 八雲は動かないラウルの額に札を貼った。これで確保終了だ。
「勝ったな」
「かなりやられましたが、なんとか」
 全身血まみれの雷は息も絶え絶えだが、それでもにっこりと笑う。
 八雲はその頭をやさしく抱きしめた。

 智成と礼美はリリアクの音波攻撃と蹴りに手を焼いていた。
 リリアクの動くスピードが速いので、なかなか攻撃がヒットしない。
 一方のリリアクも音波攻撃が智成の風鎧を通すことができず、蹴りのみの単調な攻撃になっていた。
「礼美、きりがないから、あれやるぞ」
「分かった」
 礼美が二人から遠ざかる。
「そろそろ決着をつけようか」
 智成の身体を包んでいるらせん状の風が、その回転スピードをどんどん増していく。スピードが増すにつれて、風のうねりも大きくなって、風鎧が風船のように膨れていく。膨れていく中で、風と風とがぶつかり合って、竜巻が身体のあちこちに生まれ始める。
「これあんまり使いたくないんだけど、もうやめぬか」
 リリアクは智成の風鎧が、半径五メートルの球体となったのを見て、動くこともできずに立ちすくんでいたが、それでも歯を食いしばって智成を睨みつける。
「やめるわけないな。じゃあ、遠慮なく」
 智成が今度は自分の身体を、円を描くように大きく揺らした。その動きに連動して風鎧から発せられた無数の竜巻が、うねりの方向に一つに成り、智成の頭上で大きな龍のような形に成った。
「受けてみろ、秘儀螺旋龍」
 智成は両腕を頭上に上げて、そのまま回しながらリリアクに向かって突き出した。
 龍がゴォッーと音をたてて、リリアクの身体めがけて放たれる。
 リリアクは逃げようとしたが、あまりにも大きな龍に逃げ切れずに巻き込まれる。
 空から首、手、足、それに指や耳が引き裂かれた血まみれの遺体が降ってきた。
「相変わらず、えげつないわね。嫌いよ、その技」
 礼美が近づいてきて、うんざりしたような表情を見せる。
「それでも奴は生きてるよ」
 リリアクのばらばらになった身体が、互いに引き寄せ合って元の身体に戻っていく。
「気持ち悪いわね」
 礼美がつながっていく身体に近づき、全部のパーツがつながった瞬間、正臣手製の封印の札を貼った。
「はい、いっちょ上がり」

「おやおや、さすがは九家、強いですね。ラウルとリリアクの二人が封印されましたか」
 ヤニスは燃える身体のまま、二つの戦いの結果を冷静に受け止めていた。
「これで、僕は絶対負けることができなくなりましたね」
「もう、これで終わりにしよう。僕たちの戦いに意味はない」
「そんなことないですよ。そっちになくてもこっちにはあるんで」
 ヤニスの広げた両手から炎が伸びて、一瞬で明良の周囲で輪になった。
「これでもう逃げれませんよ。死んでください」
 ヤニスは両手を前で合わせると、炎の輪が一挙に縮まって明良を襲った。
 カア。
 炎の輪が明良の身体を焼き尽くそうとした瞬間、かすかにツノの鳴き声が聞こえた。
「アキラ!」
 炎が引いた後には樹希の叫びに答えられる者が、無傷で立っていた。
「えっ」
 冷静なヤニスが初めて驚いた。
 燃え尽きたはずの明良が無傷で立っているのだ。
 立っている明良の額には、第三の目が開いていた。
「天眼……」
 樹希の声が消え入りそうに聞こえる。
「ヤニス、終わりだ」
 天眼が光を放ち、ヤニスの身体を覆った。ヤニスの身体から炎が消え、瞼がゆっくりと閉じられ、膝から崩れ落ちた。
 明良はヤニスが地に伏せ、意識を失ったことを確認し、樹希に向かってほほ笑むと、額の天眼が消えて、身体がゆらりと傾き、そのまま地面に横倒しになった。
「明良、明良!」
 樹希は叫びながら明良の下に駆け寄る。
「ヤニスに封印を」
 明良は途切れそうな意識の中で、封印を樹希に託した。
 樹希は慌ててヤニスの額に封印の札を貼る。

「全部、終わったようだな」
 智成が一番重症の雷を背負って近寄ってきた。
「さて、後始末をどうするか……」
 思案しているところに、セバスチャンが車を運転して現れた。
「グッドタイミング!」
 杏里紗も乗っている。
「それじゃあ、動けない雷と明良、それから封印した三人は車で運んでもらおうか。杏里紗、雷の傷を治してやってくれ。さあ、残った者は歩いて帰ろう」
 智成はリベンジを果たして、すがすがしい顔で元気な女性陣に声をかけた。
「まったく、この前は死にかけたくせに調子いいわね」
 礼美が一言皮肉を言った。
 ツノが皆の無事を確かめるかのように、上空を何回か旋回して、屋敷の方に飛び去って行く。
――ツノ、力を貸してくれてありがとう。
 樹希は飛び去るツノに頭を下げた。
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