第27話 和解の条件

文字数 4,209文字

 ベッドに寝たまま屋敷を包む深い闇を見ていると、自分の未来を示しているような気がする。頭にはしっかりと天眼を発動したときの痛みが、記憶として残っている。
 コンコン。
 誰かが来たようだ。
「どうぞ」
 部屋に入って来たのは樹希だった。

「具合はどう?」
 戦いの疲れはまだ残っていたが、樹希を心配させたくなくて、上半身を起こす。
「あっごめん、顔を見たらすぐ出てていくから寝たままでいて」
 樹希が狼狽してベッドの近くに近寄ってくる。
「大丈夫、一人で寝ていて気が滅入ってた。少し話をしよう」
 明良が椅子を指さしたので、樹希は素直に座った。
「もう少し近くに来て」
 樹希は立ち上がって椅子をベッドのそばまで運ぶ。
「頭は大丈夫?」
「今は大丈夫。天眼使ったときは、頭の中が焼けるような感じがした」
「良かった、もう使わないでね。私が強くなるから」

 くくっ――
 思わず笑ってしまった。私が強くなるなんて、いかにも樹希らしい。
「君と一緒にいると、ほんとに救われるよ」
 感謝の言葉に対して、樹希は訳が分からないといった顔をしている。
「実はさっきまで嫌なことを思い出してしまって、落ち込んでたんだ」
「嫌なことって」
「子供の頃の話なんだけどね」
 不思議なことに樹希が相手だと、消してしまいたいような記憶でも聞いて欲しくなる。
「僕がコーマの母親の違う弟ってことは知ってるよね」
 樹希が神妙な顔で頷く。そんな顔を見るだけで、微笑ましくなる。
「父は僕が原因で二人目の妻も亡くしてしまった。家族と一緒に生きるのが嫌になったんだろう。まだ十五歳だったコーマに全てを任せて、一人で暮らすために八王子に行ってしまった。僕はコーマの指示で、戸鞠の家の養子に送られた。戸鞠の家ではお母さんは優しかったし、お父さんは立派な人だったから、幸せに暮らしたんだ」
 戸鞠の家を出て以来、こんな話をするのは初めてだ。コーマや綾香にさえ、話したことはなかった。

「どうして、戸鞠の家を出てここに来たの?」
「僕が小学三年生のときだった。父がゲーム用にとタブレットを買ってくれた。最初はゲームをしていたけど、ある日株のサイトを見つけて、シュミレーションで何回か遊んでみたんだ。すると連勝連勝だった。そのときかな、サキヨミが使えることに気づいたのは。僕は何気に父にその話をしたんだ。すると父は予想以上に驚いた」
「それはそうよね。小学生で株なんて」

 樹希が呆れたような顔で明良を見る。
「次の日父は、僕のために十万円が入った銀行口座を作って、為替相場、いわゆるFXをやってみなさいと言った」
「どうなったの」
「一週間後には、十万円しかなかった口座が五百万円の口座に変わった」
「それ、ライトノベルみたいな話ね。よく言うチートってやつ」
「まさしくそうだね」
 羨むことなく、むしろ呆れている樹希のおかげで、明良にとって深刻な話が笑い話のように話せる。
「当時北条家の顧問弁護士だった戸鞠の父は、驚いてコーマに僕の能力のことを相談した」

「コーマは喜んだんじゃない」
「逆だよ。翌日戸鞠の父とコーマに会った。そのときコーマは、終始顔を曇らせていた」
「えーそうなの。でも喜んだと思うけどなぁ」
「コーマはお母さんの命を奪った種子の力を、憎んでいるんだ。だから自分と同じ能力を持つ僕のことを、よく思わなくて当然だと思う」
 樹希は思案顔で何も言わない。
「何を考えてるの?」
「私はやっぱりコーマは嬉しかったと思う。そりゃあこんな目に遭ったりするんだから、先を心配して顔が曇ってもおかしくないけど、だけど自分と同じ能力を持つ弟って、血のつながりを感じて絶対嬉しいと思うよ」
 何の迷いもなく言いきる樹希に、明良は気圧される。
「そんなもんなのか?」
 頑なに疎まれていると殻に入っていた明良の心が、殻の外に引きずり出されて書き換えられていく。
「三つ目の目も出て来たことだし、もう違いは三本目の足がないくらいでしょう。コーマの孤独は明良の存在で絶対に埋められていると思うよ」
「そうか」
 顔がにやける。笑うまいと思っても、自然に笑顔がこぼれてしまう。

「捕らえた三人はどうした?」
「先生がコーマと二人で話してる。和解の道はないのか探っているみたい」
「それについては気に成ることがあるんだ。戦いの最中に、僕が戦いを止めようとヤニスに言ったとき、契約以外に理由があるような口ぶりだったんだよね」
「コーマも同じようなこと言ってた。ファカルシュ家がいくら高額の報酬だと言っても、わざわざ欧州から出て来るなんて考えにくいって」
「別の思惑か……」
 恨みのようなものではないといいなと、明良は思った。
 樹希が心配そうな目でこちらを見ていることに気づく。
「起きるよ」
 明良はベッドを降りて立ち上がった。
「だいじょう――」
 樹希は気遣いの言葉を言いかけた途中で、明良に抱き寄せられた。
 樹希は黙って明良の胸に顔をうずめる。
「もう大丈夫だ。君のおかげで心が軽くなった」
 明良の胸で、樹希がこくんと頷く。

 リビングに降りると、智成と礼美がいた。
「八雲と雷は?」
「雷の怪我が深かったから、八雲がずっと付き添ってる。杏里紗が手当をしてるが、特に肝臓に負った傷が酷いみたいだ。二人の様子を見て気づいたんだが、八雲は雷に惚れてるみたいだ」
「ハア?」
 どや顔で得意そうに語る智成に、明良と樹希は思わず声が出た。
 智成の隣で、礼美が噴き出している。
「明良、樹希、すまない。智成はこの方面は特別鈍いんだ」
 礼美が二人にすまなそうに謝る。
「私は間違ってるか?」
 智成が不思議そうな顔をして、礼美に訊いた。
「間違ってはない。だがもうこの屋敷のみんなが既に知ってる話だから、改めて報告しなくてもいい」
「そうか、みんな鋭いんだな」
 智成は自分が間違ってないと分かり、安心したようだ。

「話し合いは終わったようです」
 廊下にコーマたちの気配がした。
「待たせた。ファカルシュ家との話はついた」
 正臣の後ろからファカルシュ家の三人が入って来た。最後は車椅子に乗ったコーマだった。
「ヤニス!」
 心臓を止めたはずのヤニスが元気に入って来る姿を見て、明良は改めてアンデッドの驚異的な生命力に驚かされた。
「リリアク、バラバラに成ったのに、でたらめな奴だな」
 智成がリリアクに声をかける。リリアクは何も言わなかったが、顔は笑っていた。
「俺と闘った二人はどうした?」
 ラウルはこの場に八雲と雷の姿がないので、表情が強張っている。
「雷は重傷だが、命に別状ない。八雲は雷に付き添っている」
「そうか」
 ラウルはそれ以上何も言わなかったが、表情は和らいだ。

「ファカルシュ家にはグリムスターからの依頼以外に、もう一つ我々と闘う理由があった」
 正臣の次の言葉を待って明良は息を飲む。
「今川雅だ。雅は五年目に、ファカルシュ家の次期リーダーと目されていたドリアンを倒し、彼の生命(いのち)の石を持ち去った」
「生命の石?」
 明良が初めて聞く言葉に首を捻ると、正臣が顔に困惑の表情を浮かべた。
「いいよ正臣、僕から説明しよう」
 ヤニスが言っていいものか困っている正臣に代わって、説明を始めた。
「生命の石って言うのは、僕たちの不死身の根源と成る鉱石なんだ。その由来は分からないが、これを背中に埋め込むことによって、普通の人間の何万倍も強い細胞増殖が可能に成って、肉体を復元できる。もちろん限界はあるけど、大きなダメージを負わないで生きてきた者で五百年、強いダメージを負い続けた者でも百年ぐらいは肉体を回復できる」
「その鉱石の分子構成なんかは、分かっているのですか?」
「分からない。どうも地球上に存在するものではないようだ。公にはできないから、本格的に調べたことはないけどね。我々の一族に十二個ほど存在し、持ち主が死んだら次の者に継承する」
「では、アンデッドは十二人しかいないのか」
「その貴重な石の持ち主であるドリアンがミヤビに倒され、背中の生命の石を奪われてしまった」
「ドリアンは死んだんですか?」
「いや、まだ生きてる。でも生命の石を取り戻さないと、後一年持たないだろう」
「ちなみに僕らが持つ特殊能力も石の力だ。それぞれの石で特殊能力は違う」
「奪われた石の能力は?」
「ワイルドベアだ」

 明良はあることに気づいて愕然とした。
「ヤニス、今更訊くのも変だが、あなたたちの生命線とも言える秘密を、全て聞いてしまって良かったのか?」
 ヤニスは寂しそうに笑った。
「かまわない。コーマの能力によって、コーマとマサオミには全て知られている。それに九家ではミヤビが既に知っている。ただ、このことは君たちの胸の中だけにしまって欲しい。それが僕たちからのお願いだ」
「どうやって、雅はファカルシュ家の秘密を知ったのですか?」
「ミヤビはドリアンの恋人だった。少なくともそれを演じていた」
「ハニートラップさ。雅はそれを得意としている」
 正臣が忌々しそうに付け加えた。
「我々は君たちに敗れた。だから大人しく帰国する。だが、契約がある以上、次のファカルシュの刺客がこの国にやって来る。だが、もしミヤビから石を奪還してくれるのならば、契約を破棄し二度と刺客を寄越すような真似はしないと誓う」
「一つ訊いておきたい。ヤニス、君とドリアンはどういう関係なんだ」
 ファカルシュ家は誇り高い一族と聞いている。死より名誉を選ぶ彼らが、ドリアンの命のために、雅への復讐まで諦めるのは違和感があった。
「ドリアンは私の兄だ。年は五十才以上離れているがな」
 明良は納得した。

「コーマ、もうどうするか決まっているんでしょう? 誰が雅のところに行くんですか?」
 明良の問いかけにコーマはにっこりと笑った。
「二人行ってもらおうと思っている。一人は正臣だ。そしてもう一人は明良、君が私の代わりに行ってくれ」
「うむ、明良なら適任だ。弁も立つしな」
「頑張れよ」
 智成と礼美が賛成する。
「精一杯やらせてもらいます」
 選ばれた興奮と責任の重さで、明良は顔を赤くしてそれ以上言葉が出なかった。
「アキラ、私たちは君を信頼している。よろしく頼む」
 ヤニスが右手を差し出してきた。明良はその手をしっかりと握って、頷いた。
「気を付けてね」
 樹希が心配そうな目で明良を見つめる。
「では、明日出発だ」
 正臣が明良に向かって片目をつぶって見せた。
 今川雅、初めて会う相手だが何としても目的を果たすと、明良は固く決意した。
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