第48話 七幽星

文字数 4,077文字

「脅しとはまた悠長なことを言う。これは警告じゃ。次に同様の発言があったら、即座に息子と同じことになる」
 儀介の顔は怒りから赤黒く成っていた。全身に赤色の闘気が見え隠れする。本気で攻撃を仕掛ける準備をしている。
 当主たちが人体発火に備えて、身体中の細胞に思念を送り始める。儀介の思念が上回れば、発火が始まる。それぞれの緊張感が張りつめた糸のように、空間内に張り巡らされる。
 早くも戦闘の第一ラウンドが始まった。このまま様子見で終わるか、それとも乱戦になるかは次に誰かが発する一言で決まる。

 コーマが口を開こうとしたとき、それを制するように笑い声が高らかに響く。
「ホホホホホ――」
 今度の笑い声は雅のものだった。
 隣の顕恵が虚を突かれて、思わず雅の顔を見る。
 儀介も同様に真意を問うように雅を見た。

「まだ始まったばかりではございませんか。雅にはまだ、なぜ儀介殿が正臣殿の提案に反対なさるのか、その理由が分かりません。儀介殿も言葉より先に手が出るような、子供じみた態度は止めて、大人の対応をしてくださいませんか」
 雅の潤んだ瞳に見つめられて、儀介に戸惑いが生まれたのか、赤色の気が見えなくなる。
 儀介は雅から視線を外して、真由美の顔を窺い見る。
 真由美は嫣然として頷き、儀介に説明を促した。

「正臣の話に反対する理由……はて何だろう」
 居並ぶ当主たちの警戒が一瞬にして緩んだ。
 雅が訝し気な表情で儀介を見つめる。
 その視線が痛いのか、儀介は額に汗を滲ませた。

「約を(たが)えるのはまだ早い、素目羅義が一度交わした約束は百年間は守り通すとおっしゃってましたよ」
 隣から真由美がのんびりした口調で、儀介に囁く。
「おお、そうであった。わが素目羅義は一度した約束は百年間守り通す。その信頼がなくては、もう誰も素目羅義の言うことを信用しなくなる」
 当主たちは唖然とした。これではまるで真由美の操り人形だ。才気と誇りに溢れていた往年の儀介の姿はそこにはなかった。

 たまらず零士が声を上げる。
「素目羅義の信用とは素目羅義家一家のもの。一方我ら九家の目的は、帝並びに日本守ることにあります。九家の大義よりも家の事情を優先させるなど、九家筆頭の素目羅義当主の言葉とも思えません」
 儀介はまたもや言葉に詰まった。
 やはり、何かおかしい。
 儀介は自ら考えることができなくなっている。
 薬物の使用が再びコーマの脳裏を掠めた。

「帝を再び危険に晒すわけにはいかないと、おっしゃってましたよね」
 再び真由美が儀介に助け舟を出す。
「おお、そうであった。いたずらに外国を刺激し、戦争に負けるようなことがあれば、今度こそ帝の立場が危うくなる。だからこそ国民にかけた思念は解けぬ」
 儀介は興奮しながら、最後まで言い切った。その顔には疲れが見える。

 儀介が普通の状態ではなく、誰かに操られていることは決定的だ。
 コーマはそれを確かめるために、再び口を開いた。
「儀介殿、何やら体調がすぐれぬ様子。主治医の橘先生はこの会議への参加を許可しておられるのですか?」
 儀介はコーマの言葉にもろくに反応しなかった。目はトローンとして虚ろに彷徨い、口元もだらしなく開いて、涎が垂れてきている。

「ご心配なく、橘先生のご指示をいただいて私がおります。儀介殿の体調管理は私に一任くださいませ」
 今度はやや早口で、真由美はまくし立てて。
 一任も何も、儀介の体調は既にボロボロであることが見ただけで分かる。

「儀介殿の体調が悪いことは見ただけで分かる。そなた本当に看護師か?」
 見るに見かねたのか、剱山が真由美に厳しい表情で問いただす。
 真由美の美しい顔は、険悪な表情に変わった。

「ええい、このポンコツめ。もう少し、敵味方の見極めをしたかったが、もはや時間がない。もうよい、全員皆殺しだ」
 真由美の声は、先ほどまでの女の甲高い声から、男のような野太い声に変わった。
 叫んだ直後に、真由美は力を無くして円卓の上に突っ伏した。
 真由美の叫びと連動して、痴呆化していた儀介の顔に精気が戻り、悪鬼のような形相に変わる。

「これは」
 コーマは全てを悟った。真由美自身が誰かに憑依されていたのだ。憑依した者は今、真由美から儀介に憑依先を乗り換えた。

 儀介は急に立ち上がり、周囲の当主たちを一睨(ひとにらみ)する。身体からは先ほどと同じように赤色の闘気が立ち上り始めた。
 当主たちも立ち上がって、再び警戒態勢をとる。

「我が素目羅義に逆らって、この鳳凰の間から逃れた者はいない。全員死んでもらう。出でよ七幽星」

 儀介の呼びかけに応じて、屋敷中に漂っていた悪思念が鳳凰の間に集まって来た。
 部屋に集まった悪思念は、当主を取り囲むように七か所に集まり、それぞれ重なり始めた。やがて重なった悪思念の塊と成り、赤色の光を帯び始めた。赤い光は徐々に輝度を強めながら人型を形作り、光の型に嵌るように悪思念が人型に変わってゆく。
 光がだんだんと弱まって来ると、人型は鎧武者であることがはっきりと見て取れた。
 当主たちが息を飲んだ瞬間、鎧武者が動き出した。

「なんとも、おぞましき姿よ」
 剱山が顔を歪ませて評した鎧武者は、目は赤く光り、鼻は鼻梁がなく穴が二つだけ空き、唇が無いので口は半開き状態だった。
 鎧武者は当主たちにゆっくりと近寄って来る。

「ふむ、近づけぬ方がよいな」
 智明が右手を横に払うと、突風が手前の鎧武者を襲い、かまいたちに四肢を切られて、床に転がった。少弐家守護獣妖狐のアラシだ。
 不思議なことに床に散らばった鎧武者の四肢は、胴体に引き寄せられてつながってゆく。完全に接合すると、また鎧武者は立ち上がった。
「根競べか」
 再びアラシが発動し、鎧武者の身体がばらばらになり床に転がるが、転がった四肢は胴体に向かって動き出す。

「ヨッホー」
 綜馬のショルダーアタックが鎧武者を吹っ飛ばす。その前に鎧武者に切られた顔の傷は、もう綺麗に治っていた。鎧武者は立ち上がると蛇の形になって、綜馬の身体に巻き付いた。そのままギリギリと締め上げて、綜馬の骨からきしむ音が聞こえてくる。
「フン」
 綜馬の筋肉が二倍に膨れ上がり、締め上げていた蛇をバラバラにした。
 蛇の残骸は再び引き合って、鎧武者の姿に戻ろうとしている。

「ハッ、ハッ」
 剱山の手刀が十字を切り、鎧武者の身体が四つになって倒れる。
 イカヅチの電気ショックでは鎧武者は倒れないので、自らの手刀をイカヅチで覆い電気メスと化し、物理攻撃に切り替えたのだ。
 だが切っても切っても再び肉体は修復され、鎧武者は復活する。
「これではきりがないのう」
 それでも、今のところこれで相手の攻撃を耐え凌ぐしかない。

 鎧武者には物理攻撃しか効かないから、顕恵はクサナギで、零士は狛犬の爪で、物理攻撃を持たない雅を守っている。
 雅は二人に守らせながら、鎧武者の弱点を探っている。
「電撃はダメ、斬撃で切っても元に戻る。火は? 正臣、焼いて」
 正臣は思念グローブで包んだパンチで、鎧武者に無数のパンチを叩きこんでいた。
「オーケーイ」
 雅の指示に応えて、両手を合わせて開くと手の平の間に火球が現れた。それを鎧武者に向かって投げつけると、鎧武者の身体は火に包まれる。
 雅と正臣は鎧武者がブスブスと燃えているのを、固唾を飲んで見守る。
 やがて火が消えると、そこには無傷の鎧武者が立っていた。
「やっぱり火もダメか」
 雅は次の攻撃手段を思案する。

 コーマは蹴りで対応していた。二本の足で蹴り軸をしっかりと支えた三本目の足による蹴り、三本目の足を軸に二本の足で蹴り上げるダブルキックなど、コーマの蹴り技は多彩で、鎧武者は何度も倒れるが、すぐに起き上がる。
 戦いながらコーマは違和感を感じていた。七幽星側は確かに不死身だが、攻撃があまりにもお粗末だ。武器らしい武器も持たず、掴みかかって来るだけなら別に怖くはない。

 儀介の動きが気に成って、コーマはそちらに視線を向けた。儀介は控え席を睨みつけていた。森烈は既に戦闘に参加して、そこにはいない。残っているのは儀翔と美晴、そして二つ鬼だった。
――二つ鬼……
 彼らの苦悶の表情を見て、コーマは全てを理解した。
 七幽星に不死身の肉体と攻撃意志を与えるのは当主の仕事、そして七幽星に攻撃するための刃を与えるのは執事が担っているのだ。
 執事である二つ鬼が動かないので、七幽星の攻撃はこんなにも単調で脆いのだ。

 雅から思念が届いた。
――おそらく、二つ鬼が動かない限り、七幽星に強力な攻撃手段は与えられない。今なら当主の力を結束して出口を破れば、この場から脱出できるでしょう。
――それをした場合、後に残された二つ鬼はどうなる?
――おそらく、造反とみなされて、儀介に殺される。そのときは儀翔も反発して同じように殺されるのだろう。だから私はこの場に残って儀介を仕留める。

 コーマは思わず雅を見た。雅は微笑を浮かべてコーマを見ている。
――儀介は当主たちが疲れて、儀介への警戒が緩んだときと狙っている。誰かが人体発火で焼き尽くされる前に、北条コーマ、お前が皆をまとめて脱出するんだ。
――雅殿、なぜここへ残る。あなた一人では儀介は討てない。今川の家が途絶えるぞ。
――いいのだ。暗殺を生業(なりわい)とする呪われた家など、ここで滅びた方が良い。私は遼真と共に死出の旅へ行く。
――雅殿、まさか……

 コーマの思念が驚きで乱れた瞬間、儀介の人体発火の思念が突き刺さる。
 コーマの天眼が開き、儀介の思念を消した。それでも左腕は一瞬燃え上がり、左袖は焼き切れた。
「くっ」
 左腕に受けた火傷の痛みが全身に走る。恐るべきは人体発火で起きる高温の火力だ。この感じだと四千度近くはある。
 雅の言う通り、このままここにいては、当主は人体発火によって骨も残さず溶けてしまうだろう。

 コーマのサキヨミで、身体を焼き尽くされる儀翔、美晴、二つ鬼、そして雅の姿が次々に見えた。
 当主たちも倒しても繰り返し立ち上がる相手に、疲労が見え始めている。
 決断のリミットまでもう時間は残されてなかった。
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