2話 バスケ部の夏合宿

文字数 2,798文字

1998年8月1日。
バスケ部夏合宿1日目
体育館にクーラーがあったらどんなにいいか・・・

僕はそのことばかり考えていた。
このサウナのような蒸し暑い体育館の中で体を激しく動かしていると、フラフラしてぶっ倒れそうだった。
あと5分だ!! 気合い入れていけよ!!
集団の中でも一番背の高いと思われる、バスケ部のキャプテン海老原さとるが叫んだ。
よくあんなに元気でいられるな・・・
頼むぞ、弘樹
178センチある海老原は僕の肩を軽くたたく。

それにしても暑い。この練習試合、僕たちのチームは27対30で3点、負けていた。

前半戦が終わるまでに、何とか追いつきたいものだ。

前半戦のうちに逆転できれば後半戦の雰囲気はガラリと変わるだろう。
あと2分よぉ!
マネージャーの女の子がストップウォッチ片手にメガホンで叫んだ。
弘樹
海老原が僕の耳元でささやく。
俺と武藤とお前でスリーメンで
海老原が僕の耳元でささやく。
お、おう
僕が自信なさそうに言った瞬間、味方チームの武藤が相手ボールをカットした。
ナイスカット武藤!!
そう言い終わらないうちに、海老原が走り出す。
速攻!!
バスケットシューズが床をこするキュッキュッという小気味よい音が響き渡る。

カットしたのはバスケ部のエース、武藤純一だ。

彼は実力的にもNO.1でバスケ部キャプテンの最有候補者であったが
勉強が忙しいから
という理由だけで自ら退いた。

彼は頭も良く将来医者になるために東京の医大に進学することを希望している。

メガネをかけていて、いかにも勉強できますといった秀才タイプ。

テスト前日になると、一夜漬けでなんとかしようとする連中が武藤の周りにすり寄ってくる。
おかげで自分の勉強時間が削られるわけだが、それでも嫌な顔ひとつせずテストに出そうなポイントを懇切丁寧に教えてあげるのだから、本当にお人好しだ。

そんな武藤が、後輩に2人がかりで囲まれた。
武藤! 弘樹がフリーだぞ!!
海老原が僕を指さした。
武藤は苦し紛れに、しかし確実に僕にパスを出す。

チャンスだ。

パスをもらうと僕はすぐさまシュートの構えに入った。
1年、弘樹にプレッシャーかけろ!!
少し離れた場所から怒鳴り声に近い声が聞こえてきた。

このイラだっている甲高い声の主は若宮亮太だった。
オラ、そこの1年!
弘樹ぐらい押さえろよ!!
怒鳴られた1年生が泣きそうな顔で僕を取り囲んだ。

どうしよう・・・

僕はとっさに判断し、僕は、いったん後ろにいる海老原にパスすることにした。
ナイスパス、弘樹!
そう言うと、キャプテンの海老原はボールを構えてひざを曲げた。
スリーポイント、入れさすかぁ!!
がむしゃらに若宮が海老原の前にジャンプして立ちはだかる。

と、海老原は冷ややかに若宮の横を抜けていった。
あっ・・・
若宮が床に着地したときには、すでに海老原はレイアップで軽やかに決めていた。

その瞬間、ピーッと前半終了の笛が鳴り響く。
あんな単純なフェイクにこの俺が引っかかるなんて! きぃ悔しい!
若宮が地団駄を踏むと、それを見た後輩がくすくす笑った。

おい、お前! なにがおかしい?
す、すみません
逃げるように後輩が僕の陰に隠れた。
やれやれ
僕は転がっていたボールを拾いあげ、ホッと一息ついた。
あともうちょっとで同点だったのにな、弘樹
汗を腕で拭いながらそう言う海老原はくやしそうだ。
でも、いい感じで前半が終われてよかったと思うよ
そうだな。後半もこの調子で一気にいこう
僕たちは休憩するためにベンチへと向かった。


さて、僕の名前は小川弘樹(おがわひろき)。

岡山高原高校の2年生、17才だ。

夏休みを利用したバスケ部の夏合宿が今日から始まった。
この合宿のために久しぶりにバスケ部全員がこの“山”に戻ってきのだ。

岡山高原高校は「高原」という文字通り、岡山駅からバスで山道を登り、片道だけで優に2時間はかかるという、とんでもない山奥に存在する。

コンビニなどという便利なお店はもちろんのこと、お店と呼べるものは皆無である。

のどを潤すためジュースの自販機を探しても、どこにも見あたらない。
あるのは点々と広がっている畑くらいで、その先もまた果てしなく森が広がっている。

ラジオやポケベルの電波は届くのだが、最近、僕らの周りでも急速に普及し始めている携帯電話は常に圏外。

こんな山奥にあるのだから、当然、通学できる生徒はいない。
つまり、この学校は全寮制で、生徒は、男子寮・女子寮に分かれ、6人1部屋で生活しているのだ。

今は夏休みなので、バスケ部以外の生徒は帰省しているけど。

この学校が開校したのは1年前で、僕たちがその1期生だ。

入学試験という制度が存在せず、
面接と小論文だけで、
運が良ければ入学できる。
勉強の嫌いな僕は偏差値にとらわれない
この学校にすぐ受験を申し込んだ。

先輩もいないことだし、最高の環境だ!
と思って初めてこの学校を訪れた日のことを
今でもよく覚えている。
起伏の激しい土地に建てられた校舎はいたる所が
まだ建設中だった。校舎と寮を結ぶ階段すら
未完成で、仕方なく土の山をじかに登り降りした。

この体育館も僕たちが2年生に進級してから
ようやく完成した。
見切り発車もいいとこだ、と思ったものだが、
それでも実際に生活を始めてみると
やっぱり楽しい。

自分たちで自分たちの学校を作っていく
ことが許されるこの学校は、毎日が新鮮で
やりがいがある。
コラッ、弘樹君!!
スポーツドリンクを飲んでいると、突然メガホンで頭をポカンと叩かれ我に返った。

見上げるとマネージャーの女の子が腰に手を当ててこちらを見ている。
彼女の名前は鈴原(すずはら)あゆみ。
前半のシュート本数、いつもの弘樹君よりぜんぜん少ないじゃない
や、これでも精一杯やってるつもりだぞ
ダンクシュート決めてね
俺、リングに手が届かないし
弘樹君のジャンプ力なら大丈夫だって
背が足りないんだよ!
ふふ。成せばなるわっ
そう言うとステキ少女鈴原はピョンと跳んでみせた。

彼女は僕と同じ2年生で、紅一点というか、バスケ部唯一の女の子である。
ショートヘアが印象的でかわいいのだが、いつもエヘラエヘラと笑っている。

遠くにいても目立つため、女子グループに紛れた彼女を、すぐに見つけることはたやすい。
鈴原の頭の中の辞書に「悩み」という2文字は存在するのだろうか?

感情移入が激しいらしく、県大会1回戦負けで部員たちが凹んでいたとき、鈴原は泣きながら励ましてくれた。

そこまで落ち込んでないから、と、逆にこっちが気を使ったぐらいだ。

鈴原がバスケ部の面倒をみてくれてるのか部員が鈴原に尽くしてるのか分からなくなるときが多々あるが、それでも彼女の存在はバスケ部にとって大きい。

なにより、彼女の近くにいるだけで部活が
より楽しいものとなる。
武藤、お前少しバテてないか?
海老原がタオルで顔を拭きながら言った。

つづく

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登場人物紹介

「小川弘樹」

主人公。密かに鈴原あゆみに恋してる普通の高校生。でも鈴原が好きな事はみんなにバレバレ。鈴原が近いと少し声が大きくなるからだ。

最近、ワックスは髪型を自由に変えられる魔法の練り物だと思ってる。

「鈴原あゆみ」

バスケ部のマネージャー。とにかく明るくて、いつも笑顔を絶やさない。
明るすぎて悩み無用と思われてる。そんなわけないでしょ! と一応怒った事もある。
弘樹は怒った顔も可愛いと思った。

「海老原さとる」

バスケ部キャプテン。力強くみんなを引っ張っていく。多少強引なところもある。

あまり女の子の話とかしないので部員に疑われた事もあるが、普通に女の子が好き。らしい。

「武藤純一」

文武両道で、バスケもうまく、頭脳明晰。優しく、皆が熱くなった時も冷静に答えを導こうとする。殴られたら殴り返す男らしい一面も。

いつもメガネがキラリと光る。人の3倍くらい光る。風呂に入る時もメガネをつけるので、体の一部と言われている。横顔になるとメガネのフレームの一部が消えたりはしない。

メガネが外れると3みたいな目になる。

「若宮亮太」

ヤンチャな性格で、言いたい事はズバズバ言う。プーやんをいつもいじってる。背が少し低い。そこに触れると激怒するのでみんな黙っている。

「人をいじっていいのは、逆にいじられても怒らないこと、お笑いの信頼関係が構築されてることが条件だ」と武藤に冷静に指摘されたが、その時も怒った。

沸点が低い。というより液体そのものが揮発してる。

いつもプーヤンをいじってるが、格ゲーでボコられてる。すぐにコントローラーを投げるのでプーヤンにシリコンカバーを装着させられてる。

怖い話とか大好き。

「長野五郎」

略してプーやん。いや、略せてないけど、なぜかプーやんと呼ばれてる。いつも減らず口ばかり叩いてる。若宮にいじられながらも一緒にゲームしたりと仲が良いのか悪いのか謎。ゲームとアニメ大好き。犬好き。

将来の夢はゲームクリエイター。意外と才能あるのだが、恥ずかしいのか黙っている。

エクセルのマクロを少し扱えるので、自分はハッカーの素質があると言った時は武藤にエクセルを閉じられなくするマクロを組まれた。

「塩崎勇次」

おっとりした性格で、人からの頼みは断れない。心配性。
心配しすぎて胃が痛くなる事も多く、胃薬を持ち歩いている。

キャベツは胃に良い、だからキャベジンはキャベジンって言うんだよ、というエピソードを3回くらい部員にしてる。

黒いシルエット。それはが誰なのか、男なのか女なのか、しかし、人である事は確か、という表現ができる。少なくとも猫ではない。

だいたい影に隠れて主人公たちを見てニヤリと笑い、だいたい悪いことをする。
この作品では初っ端からアクティブに大暴れしてる。

酒井先生。バスケ部の顧問だが、スポーツに関する知識はない。

奥さんの出産が近いため、そわそわしている。

織田切努(おだぎり つとむ)。謎の転校生。

夏休みで、寮に慣れるためにやってきたらしい。 

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