13話 鈴原の異変

文字数 2,869文字

僕は洗面所に入って、脱げたスリッパを拾う。僕と鈴原は肩を並べてA-3号室へ向かった。足元を懐中電灯で照らしながら歩いていると、電池の接触が悪いのか、ついたり消えたりと点滅を繰り返す。僕はそのたびに懐中電灯を振ったり、スイッチをON・OFFにした。
もう、電池がないんじゃないの?
そうかもな
8月の夜といえば、熱帯夜と呼ばれる暑くて寝苦しい夜が続くものだが、この山奥にある男子寮は、夜になると意外と冷え込む。廊下の窓の隙間からは足元に冷たい空気がヒンヤリと流れ込んでくるのが分かった。
しいっ
いきなり鈴原が、くちびるに人差し指を当てて小声で言った。
弘樹君、懐中電灯を切って
僕は言われるままにスイッチをOFFにした。あたりは真っ暗になり、目を細めた。目が慣れているとはいえ、ここまで光がないと、何も見えない。
どうしたんだよ?
事務室の前を通るときは、静かにしなきゃ。酒井先生に見つかったら大変でしょ?
言われてみればそうだ。バスケ部顧問の酒井先生は、合宿中は事務室にある宿直室で生活をすることになる。

宿直室には宿直担当の先生が泊まれるように、ガスやシャワー室が完備されてある。きっと、酒井先生も、今は宿直室のベッドで寝ているに違いない。

もし、こんな時間に鈴原と一緒に歩いているところを見つかったら、ただではすまされないだろう。

鈴原は僕の手をつかんだ。
ほら、行こう。私が先導してあげるから
グイッと僕は手を引っ張られた。
私、猫目だから、よく見えるんだ。すごいでしょ
僕はドキドキしながら、つま先を立てるようにして事務室前を歩いた。事務室を通り過ぎると、
もう大丈夫だね
と、鈴原は僕から手を離した。え、もう終わり?
弘樹君の手って、ベトベトしてる
僕はあわてて、手のひらをズボンになすりつけた。緊張したのは、事務室の前を通ったからなのか、鈴原に手を握られたからなのか。ともかく、僕と鈴原は部屋に入った。
A-3号室は、確かラグビー部が集まった部屋だ。これがまた汚い部屋で、雑誌やゴミがあちこちに散らかっている。
男の子の部屋って、どうしてこんなに汚いんだろ!
鈴原は、ベッドの上に座るために、雑誌の山を整理し始めた。
そうだ、弘樹君、お茶いる?
そう言って、鈴原は水筒をリュックから取り出した。
やけに用意がいいな
私お茶好きだから。美容のためにも。てへへ
そうやって、電気ポットからお湯を注ぐ。
あれ、その電気ポットもわざわざ持ってきたのか?
僕は小さな電気ポットを指さして聞いた。この寮には、学年に1台しかガスコンロがない。お湯を沸かすにも、いちいち

「給湯室」

に行かなきゃならないので面倒くさい。だから、このような小さな電気ポットは部屋でお湯を沸かせるので大変便利だ。
これ?ああ、この部屋にあったから、勝手に借りちゃった
紙コップにお茶を注ぎながら答える。
勝手に借りるなよ。後々、盗まれたとか騒ぎになるぞ。俺達みたいに・・・
俺達みたいにってどういうこと?
そうだ、鈴原は僕たちの盗難事件を知らないんだ。僕は、今日あった出来事を鈴原に詳しく教えた。
へえ、そんなことがあったんだ。大変だね。で、犯人は分かったの?
いや、分からない
僕はお茶を一口飲んだ。ブッと吹き出しそうになる。何だこれ!?味が薄く、まるでお湯みたいだ。
何だよこれ!?味がまったくしないじゃないか、このお茶!
ああ、私は出涸らしのお茶が好きなの
僕はあきれて、コップを置いた。
でも、バスケ部に犯人がいるとは思えないな、私
何で?今はバスケ部しか寮にいないんだよ?
バスケ部に犯人がいるって疑ってるの、弘樹君?
そういう訳じゃないけど・・・
鈴原はため息をついた。
私はバスケ部員が人のもの盗むなんて考えられない。

・・・でも、そう考えると、犯人が部外者だったら、それはそれで気味が悪いよね。寮内をうろついてたって事になるわけでしょ
合宿中だから寮のセキュリティーは甘くなってるからな。普段より目撃者が減るわけだし
いくら事務室に顧問の酒井先生がいたとしても、侵入しようと思えば、いくらでも出来るはずだ。僕は鍵が壊れてる窓だってあるのも知っている。
それにしても、どうしてこう、汚いんだろう。ちょっと私が片づけてあげよう
鈴原がそういうと、足元に散らばっている雑誌類を積み重ね始めた。
あんまり余計なことしない方がいいぞ
それは突然の出来事だった。鈴原が、1冊の雑誌に目を留め、じっと見入った。それはエロ本か何かだった。鈴原はページをめくろうとして、汚いものを触るように、指を立てた。ラグビー部がジュースでもこぼしたのだろう。バリバリと音がして、くっついたページとページが一緒にめくれる。鈴原は息を呑んで、手から雑誌を離し、バサリと床に落とした。
・・・鈴原?
僕は声をかけたが何も聞こえていないようだった。手がぶるぶると震え、遠くを見つめるような目つきで、下唇をぐっと噛みしめている。
ど、どうしたの?
僕は鈴原の肩をつついて言った。そんなにエロ本がショックだったのだろうか?ハッとした鈴原は、僕に驚いて、目をキョロキョロさせた。
いや、なんでもないの
鈴原は無理に笑顔を作ってみせた。僕は雑誌を拾い上げると、鈴原の目の届かない遠くのベッドに向けて、投げた。
顔色悪いけど、大丈夫か?
僕は心配になって声をかけた。鈴原は下をうつむいたまま、コクリとうなずいた。ベランダを見ると、ガラス張りのドアが少しだけ空いており、カーテンがヒラヒラと舞っている。きっと、鈴原はこのベランダからこの部屋に入って来たのだろう。鈴原の方から、鼻をすするような音が聞こえた。僕が振り向くと、鈴原は震えている。時々、手を目に当てて、ぬぐうようなしぐさをした。・・・泣いているのか?僕はドキッとした。
す、鈴原?
僕は鈴原の横に腰掛けた。が、その後、なんて話しかければよいのか分からない。
あの・・・鈴原?
ごめんなさい・・・私、何だか気分が悪くなって。誘っておいて悪いけど、今日はもう帰ってくれる?
鈴原はそう言うと頭から布団をかぶってしまった。急にどうしたというのだろう?僕は部屋を出ようとして、こうつぶやいた。
す、鈴原さ。何か相談したいこととかあったらいつでも言ってよ。俺なんかで良ければ、話、聞くから
うん・・・ありがと
今日は、もう行くね
うん、ありがと
僕は部屋を出た。それにしても、なんだかあわただしい夜だった。

腕時計を光らせると、2時30分だった。

明日も午前中から部活は始まる。1日目の疲れを明日に残すわけにはいかない。

僕は急いで自分の部屋に入った。織田切君は、暗くてよく見えないが、寝息すら立てずに寝ている。彼は本当にベッドで寝ているのか? 僕は、あまりの静かさにぞっとしたが、そんなことはどうでもいいと思い直した。今は自分の体を休めることが先決だ。

自分のベッドに横になり、タオルケットを頭からかぶった。

・・・どうか、無事に合宿が終わりますように!僕は心の底からそう願った。妙な胸騒ぎがするのだ。

僕の心臓の鼓動は、しばらく高まっていたが、疲れていたこともあって、僕は深い眠りに落ちていった。
つづく
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登場人物紹介

「小川弘樹」

主人公。密かに鈴原あゆみに恋してる普通の高校生。でも鈴原が好きな事はみんなにバレバレ。鈴原が近いと少し声が大きくなるからだ。

最近、ワックスは髪型を自由に変えられる魔法の練り物だと思ってる。

「鈴原あゆみ」

バスケ部のマネージャー。とにかく明るくて、いつも笑顔を絶やさない。
明るすぎて悩み無用と思われてる。そんなわけないでしょ! と一応怒った事もある。
弘樹は怒った顔も可愛いと思った。

「海老原さとる」

バスケ部キャプテン。力強くみんなを引っ張っていく。多少強引なところもある。

あまり女の子の話とかしないので部員に疑われた事もあるが、普通に女の子が好き。らしい。

「武藤純一」

文武両道で、バスケもうまく、頭脳明晰。優しく、皆が熱くなった時も冷静に答えを導こうとする。殴られたら殴り返す男らしい一面も。

いつもメガネがキラリと光る。人の3倍くらい光る。風呂に入る時もメガネをつけるので、体の一部と言われている。横顔になるとメガネのフレームの一部が消えたりはしない。

メガネが外れると3みたいな目になる。

「若宮亮太」

ヤンチャな性格で、言いたい事はズバズバ言う。プーやんをいつもいじってる。背が少し低い。そこに触れると激怒するのでみんな黙っている。

「人をいじっていいのは、逆にいじられても怒らないこと、お笑いの信頼関係が構築されてることが条件だ」と武藤に冷静に指摘されたが、その時も怒った。

沸点が低い。というより液体そのものが揮発してる。

いつもプーヤンをいじってるが、格ゲーでボコられてる。すぐにコントローラーを投げるのでプーヤンにシリコンカバーを装着させられてる。

怖い話とか大好き。

「長野五郎」

略してプーやん。いや、略せてないけど、なぜかプーやんと呼ばれてる。いつも減らず口ばかり叩いてる。若宮にいじられながらも一緒にゲームしたりと仲が良いのか悪いのか謎。ゲームとアニメ大好き。犬好き。

将来の夢はゲームクリエイター。意外と才能あるのだが、恥ずかしいのか黙っている。

エクセルのマクロを少し扱えるので、自分はハッカーの素質があると言った時は武藤にエクセルを閉じられなくするマクロを組まれた。

「塩崎勇次」

おっとりした性格で、人からの頼みは断れない。心配性。
心配しすぎて胃が痛くなる事も多く、胃薬を持ち歩いている。

キャベツは胃に良い、だからキャベジンはキャベジンって言うんだよ、というエピソードを3回くらい部員にしてる。

黒いシルエット。それはが誰なのか、男なのか女なのか、しかし、人である事は確か、という表現ができる。少なくとも猫ではない。

だいたい影に隠れて主人公たちを見てニヤリと笑い、だいたい悪いことをする。
この作品では初っ端からアクティブに大暴れしてる。

酒井先生。バスケ部の顧問だが、スポーツに関する知識はない。

奥さんの出産が近いため、そわそわしている。

織田切努(おだぎり つとむ)。謎の転校生。

夏休みで、寮に慣れるためにやってきたらしい。 

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