12話 トイレでの気配

文字数 3,225文字

僕は、夜中にハッと目を覚ました。どうして起きてしまったのだろう?

寝ぼけた頭の中で必死に考えてみる。

そうだ・・・何か音がするんだ。その音が耳障りで目を覚ましたのだ。

僕はムクリとベッドから体を起こす。そして、枕元に置いた腕時計のボタンを押した。デジタル表示の部分がうっすらと青く光る。バックライト機能が付いているのだ。真夜中の2時ちょうど。

僕は目をこすって、ベッドから立ち上がった。その小さな音は、この部屋のどこからかうっすらと聞こえてくる。僕はベッドの下から懐中電灯を取り出した。

ようやく目が暗闇に慣れたころ、音のする原因が分かった。

それは、友達のラジカセからの音だった。友達は深夜のラジオ番組を録音する習慣があった。いつもはヘッドホンをつけて周りに音が漏れないようにしている。帰省するときにヘッドホンを持って帰って、タイマー機能を解除するのは忘れたのだろう。
2時の気象ニュースです。フィリピンの東の海上で、今日午前、台風7号が発生しました。中心の気圧は996hpa、中心付近の最大風速は18メートルで、時速15キロほどの速さで北西に進んでいます。気象庁の発表によりますと・・・
僕はラジカセのスイッチをOFFにした。織田切君は目を覚まさなかったのだろうか?

そっと織田切君のベッドを見る。織田切君のベッドは、壁のちょうど横にあるので、月明かりが届かない。暗くてよく見えないが、死んだようにピクリとも動かない。寝息すらまったく聞こえないが、布団のあたりが膨らんでいるので、寝ているのだろう。

と、その闇に包まれた織田切君のベッドの方から声が聞こえた。
・・人形が、ほら、そいつと・・戦え・・
僕は空耳かと思い、
え?
と、聞き返した。
・・・もんが・・・やって来るぞ・・・逃げないと・・・される
ぶつぶつと言葉が途切れて、何を言っているのか分からない。

僕は怖くなり、懐中電灯の光をゆっくり織田切君の方に照らしてみた。織田切君は確かにベッドで寝ていた。しかし、目はカッと見開いており、目玉をギョロギョロと動かしていた。しきりに何かつぶやいている。そして、目玉をギョロリとこちらに向けた。

僕は声にならない悲鳴を上げて懐中電灯の光をそらした。こちらをにらみ付けた織田切君の顔が鮮明に頭に刻まれる。織田切君は寝ていたのだろうか、それとも起きていたのだろうか?僕は確かめるために、
織田切君・・・
と、静かに声をかけた。しかし、返事は帰ってこないし、つぶやく声もいつの間にか静かになっていた。僕はベッドに入ろうと思ったが、急にトイレに行きたくなった。

・・・何でこんな時に!仕方なく僕は、懐中電灯片手に部屋を出てトイレに向かった。
僕は廊下に出た。真っ暗で、懐中電灯の光以外は何も見えない。

男子寮は、静寂に包まれていた。きっと、針を落としても、その音が響き渡るだろう。

トイレの方から、水がしたたり落ちる音が聞こてきた。誰かが水道の蛇口をキッチリ閉めなかったのだろうか? 

僕は、音を立てないようにして、ゆっくりと歩いた。消火栓に付いている、救急車のようなランプだけが、闇の中にぼうっと光っている。

と、妙になま暖かい空気が僕の体を包み込んだ。同時に、今までに嗅いだことのない様な臭いが、僕の鼻をついた。なんのニオイだ?僕は鼻を押さえて、歩く速度を速めた。
ようやくトイレにつき、僕は水がポタポタとしたたり落ちている蛇口を見つけ、しっかりと締めた。

夜のトイレは不気味だった。懐中電灯を窓のサッシに立てかけ、トイレで用をたす。チョロチョロという虚しい音だけが響いた。

すると、入り口の方で、白いシーツのような物が動いたのが見えた。

ん?僕は振り返ったが、何もない。しかし、確かに何かが動く気配を感じた。
誰かいるの?
努めて明るい声を出してみる。返事はなかった。僕はボタンを押して水を流した。
トイレから出て、洗面所で手を洗う。

この洗面所は、朝になるとみんなが歯を磨いたり、髪のセットをしたりする場所なので、いくつも蛇口があり、鏡張りになっている。

僕は鏡にうつる自分の顔を見た。暗くてよくは見えないが、疲れた顔をしているのは確かだ。

僕はため息をついた。と、誰かが僕を背後から見つめているような気がして、僕は体をビクンと震わせた。1メートル後ろ、いや、ひょっとしたら、1センチほどの間隔しかないのかもしれない。

誰かが僕の背後にピッタリとくっついている気がしてならない。僕は体が動かなくなった。

なぜか足元は水で濡れている。スリッパからでもそれが分かった。
んふ・・・んふふ・・・
男とも、女とも言えないような笑い声だ。
誰?
僕は無理に笑ってみせたが、鏡にうつる僕の顔はひきつっていた。

まさか、若宮が言っていた、自殺した幽霊だろうか?

霊の道・・・それは男子寮を通っている。

もしかして、この洗面所はちょうど霊の道と交差する地点なのだろうか?

幽霊など、信じていなかった。しかし、これが現実で目の当たりにするということになったら。

嫌だ。

そんな恐怖は味わいたくない。

背後の気配はいつまでも消えなかった。僕の後ろに何かが存在する。

なんなんだよぉ・・・なんだか泣き出したい気持ちだった。左から数えて3番目の蛇口から水がしたたり落ちる。さっき、しっかり閉めたはずなのに・・・

僕は鏡にうつる自分の顔を見ないように心がけた。何か変な物がうつっていそうな気がしたからだ。

僕が、体重を片足にかけた瞬間、僕はズルリと足を滑らせ、体のバランスを崩した。

僕は反射的に、ステンレスでできた洗面台にしがみついた。金属の冷たさが肌にじかに伝わる。僕は、スケートリンクで滑れない子供のように、不格好な状態になった。

その拍子に、スリッパが脱げたらしく、床に広がってた水が、靴下にしみこんできた。

僕はぶざまな状態で、背後の気配を読みとろうとした。

・・・いる。

その存在は、ステンレスにしがみついている僕を見下ろしている。

僕はそのままの状態で、必死に考えた。どうしよう・・・!?

いや、全速力で出口に向かう。

僕は、腕の力で、体の体勢を立て直した。僕は、脱げたスリッパをほったらかしにしたまま、全速力で走った。ケンケンをするようにバランス悪く走る。と、入り口で何かとぶつかり、僕は悲鳴を上げた。
ぎゃっ!
キャァ!
そのまましりもちをつく。

・・・出た! 僕より先回りしていたんだ! 

絶望的な気分だ。目を思いきり閉じた。見たくない・・・見たくない・・・幽霊など、見たくはない。
痛ったーい!急に飛び出したら危ないじゃない!
・・・え?

それは聞き覚えのある声だった。ゆっくりと目を開けてみる。そこには口を膨らませて怒っている鈴原あゆみがいた。
驚くじゃない!もう、弘樹君?何してるの!
鈴原は、お尻をパンパンはたきながら立ち上がる。
あ、あれ?鈴原?お化けじゃないのか
僕は間抜けな声を出した。
お化け?
鈴原はキョトンとしてたが、くすくす笑いだした。
物音がするから、なんだろうと思ったら、急に弘樹君が飛び出してきただけなんですけど
いや、何か背後で気配がしたから・・・
僕は、洗面所を、おそるおそるのぞき込んだ。誰もいない。僕の気のせいだったのだろうか?
だ、だいたい、何で鈴原がこんな所にいるんだよ?
女子寮に1人でいたら、怖くなっちゃって。変な噂もあるしね。女子寮を抜け出して、男子寮に来ちゃった。みんなには秘密にしててね
ひょっとして、霊の道・・・とかいうやつ?
あれ、よく知ってるね。何で知ってるの?
若宮に聞いたんだよ
僕は転がった懐中電灯を拾って答えた。
長野君のちょうど前の部屋のA-3号室で寝てたんだけど
プーやんの前の部屋?
うん。あ、そうだ、今から遊びに来ない?

なんだか目がさえちゃって
鈴原は小さな声でつぶやく。僕はようやく心臓の鼓動が落ち着いてきた。僕は少し考えて答えた。
ああ、俺も目が覚めたから行くよ
僕は洗面所に入って、脱げたスリッパを拾う。僕と鈴原は肩を並べてA-3号室へ向かった。
つづく
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登場人物紹介

「小川弘樹」

主人公。密かに鈴原あゆみに恋してる普通の高校生。でも鈴原が好きな事はみんなにバレバレ。鈴原が近いと少し声が大きくなるからだ。

最近、ワックスは髪型を自由に変えられる魔法の練り物だと思ってる。

「鈴原あゆみ」

バスケ部のマネージャー。とにかく明るくて、いつも笑顔を絶やさない。
明るすぎて悩み無用と思われてる。そんなわけないでしょ! と一応怒った事もある。
弘樹は怒った顔も可愛いと思った。

「海老原さとる」

バスケ部キャプテン。力強くみんなを引っ張っていく。多少強引なところもある。

あまり女の子の話とかしないので部員に疑われた事もあるが、普通に女の子が好き。らしい。

「武藤純一」

文武両道で、バスケもうまく、頭脳明晰。優しく、皆が熱くなった時も冷静に答えを導こうとする。殴られたら殴り返す男らしい一面も。

いつもメガネがキラリと光る。人の3倍くらい光る。風呂に入る時もメガネをつけるので、体の一部と言われている。横顔になるとメガネのフレームの一部が消えたりはしない。

メガネが外れると3みたいな目になる。

「若宮亮太」

ヤンチャな性格で、言いたい事はズバズバ言う。プーやんをいつもいじってる。背が少し低い。そこに触れると激怒するのでみんな黙っている。

「人をいじっていいのは、逆にいじられても怒らないこと、お笑いの信頼関係が構築されてることが条件だ」と武藤に冷静に指摘されたが、その時も怒った。

沸点が低い。というより液体そのものが揮発してる。

いつもプーヤンをいじってるが、格ゲーでボコられてる。すぐにコントローラーを投げるのでプーヤンにシリコンカバーを装着させられてる。

怖い話とか大好き。

「長野五郎」

略してプーやん。いや、略せてないけど、なぜかプーやんと呼ばれてる。いつも減らず口ばかり叩いてる。若宮にいじられながらも一緒にゲームしたりと仲が良いのか悪いのか謎。ゲームとアニメ大好き。犬好き。

将来の夢はゲームクリエイター。意外と才能あるのだが、恥ずかしいのか黙っている。

エクセルのマクロを少し扱えるので、自分はハッカーの素質があると言った時は武藤にエクセルを閉じられなくするマクロを組まれた。

「塩崎勇次」

おっとりした性格で、人からの頼みは断れない。心配性。
心配しすぎて胃が痛くなる事も多く、胃薬を持ち歩いている。

キャベツは胃に良い、だからキャベジンはキャベジンって言うんだよ、というエピソードを3回くらい部員にしてる。

黒いシルエット。それはが誰なのか、男なのか女なのか、しかし、人である事は確か、という表現ができる。少なくとも猫ではない。

だいたい影に隠れて主人公たちを見てニヤリと笑い、だいたい悪いことをする。
この作品では初っ端からアクティブに大暴れしてる。

酒井先生。バスケ部の顧問だが、スポーツに関する知識はない。

奥さんの出産が近いため、そわそわしている。

織田切努(おだぎり つとむ)。謎の転校生。

夏休みで、寮に慣れるためにやってきたらしい。 

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