4話 試合終了

文字数 3,358文字

ボールは重力に負けてリングの中に落ちていった。
やったぁ!!
マネージャーの鈴原が立ち上がって、
メガホンをガンガンベンチに打ち付けて言った。
逆転だぁ!!
海老原がジャンプし、僕にタックルしてきた。

ピィー!!

ちょうど試合終了の笛を審判の塩崎勇次が吹いた。
じゃあ、みんな集まって
塩崎が集合をかける。

僕は酸欠状態でボーっとしながら、だけど最高の気分でコートの中央に向かった。
途中、若宮が僕の肩をポンとたたいた。
弘樹、さっきは蹴って悪かったな
いいよ、もうぜんぜん平気だから
僕は若宮の肩をたたきながら言った。
整列して。ええ、61対60で海老原チームの勝ち
と、塩崎が言うと、
ありがとうございましたぁっ!
僕らは精一杯の声で言った。

こうして8月1日、バスケ部合宿の1日目の練習試合が終了した。

充実感でいっぱいでとても気持ちがいい。
夏休みの間、あまり体を動かしていなかったので、今日からの合宿は少し不安だったが、それもこの練習試合で吹き飛んだ。

ああ、やっぱりバスケは楽しい。
そのことを再確認できた。
弘樹君、今日はすっごく活躍したね!
カッコよかったよぉ!
鈴原が応援してくれたおかげだよ
あー、うん、そうだね!
なんと素直なやつ。
ああ、審判も結構疲れるもんだなぁ
審判をしていた塩崎勇次が、首にかけていた笛をはずしながら言った。

彼は僕たちと同じ2年生。

どこか気弱な性格というか、人に頼まれたらそれが嫌でもなんとなく引き受けてしまう。
今日の練習試合の審判も誰がやるか問題になったのだが、若宮が強引にその役を塩崎に押しつけてしまった。

武藤が首に巻いたタオルの端でメガネのレンズを拭きながら言った。
塩崎、あしたは俺が審判するから
あー、別にかまわないよ。
うん、あれだ、僕はずっと審判でもいいよ
そうはいかないよ。
塩崎にも練習してもらわないと困るし
そこへ、口の悪い若宮亮太が二人の話に割り込んできた。
あのさ、顧問の酒井が審判やってくれれば一番助かるのによぉ。あいつどうせ暇だろ
うーん。言われてみれば確かにそうだね
あいつにとってバスケ部なんてどうでもいいんだよ。
練習の時は全然出てこなくてさ、たまーにヒョッコリ来たと思ったら偉そうなこと言うだろ?

あのハゲ
まぁ、そう言うなよ
武藤が苦笑して、たしなめたが、それでも若宮の不満は止まらなかった。
バスケのルールも知らないくせに、よく顧問なんかやれるよな。
あいつ、バスケは5人で1チームってことすら知らないみたいだぜ?
信じられるか?
でも、こうして夏合宿が出来るのも酒井先生のおかげなんだし
武藤は寛大すぎんだよ。知ってるか? この夏合宿だって酒井のハゲ、ずっと反対してたみたいだし
ハゲって言い過ぎだよ
実際、そんなに、ハゲてないから。よく見てみ。
武藤はただ笑っていただけだが、僕は知っていた。

せっかくの夏休みにわざわざ合宿なんかでつぶしてたまるか、と難色を示す酒井先生を説得したのは武藤だったのだ。

職員室で頭を下げて頼み込んでいる武藤を、僕は廊下からたまたま見かけたのである。何も知らないのは、むしろ若宮のほうだった。
あ、ハゲが来たぜ
みんなは振り返った。

腕を大きく伸ばしてあくびをしながら顧問の酒井先生がこちらにやって来た。どうやら、今まで昼寝をしてたらしい。薄くなった頭をぼりぼりかいている。
おー、練習はもう終わったんか?
はい、酒井先生

んじゃ、体育館を閉めるから早いとこ出ていってくれ
やれやれといった感じでみんなは立ち上がった。
ああ、それからそれから
先生が思いだしたように口を開いた。
今日の夜、この岡山高原高校に新しく転校生がやってくるからな
転校生?
転校生?
転校生?
みんな驚いてお互いの顔を見合わせる。
先生、こんな時期に転校生ですか?
今、夏休みですよ?
マネージャーの鈴原あゆみが当然の疑問を投げかけた。
まあ、詳しいことは今日の夜に言うから。
それともう一つ。海老原と若宮
突然名前を呼ばれてキョトンとしていた海老原と若宮だが、急に二人の顔が青ざめた。
2人のバイクは没収だからな
・・・・そんな
・・・・マジか
海老原と若宮はお互いの顔を見ながら唖然とし、そして肩の力をがっくりと落とした。

バイク?

そういや、1学期に二人がバイク雑誌を見ながらもうすぐ免許がとれるなどと盛り上がってたな。

特にこの学校は山奥にあるため、カーブが多く、一般人でも事故が多い。
バイク免許の取得は生徒の安全性を考慮して校則で禁止している。

たぶん、こっそり免許をとり、我慢できなくて乗って来たのだろう。
合宿が始まってそうそう、運の悪い奴らだ。
僕は寮に向かうために、下駄箱で靴に履き替えていた。

入学祝いに買ってもらったデジタル腕時計を見ると、午後の5時55分だった。


外はちょうど日が沈みかけており、辺り一面は夕日で真っ赤に染まっていた。

ここは山奥なので下界、つまり岡山駅周辺と違って夏でも夜は冷え込む。
学校の前の道路も、ほとんど車は通らないので、人工的な音はまったくせず、木々が風で揺れる音や、
蝉やカワセミの鳴き声だけが聞こえてくる。


大量に出た汗も、体育館を出た頃にはすっかりと引き、夕暮れに吹く夏の風がとても心地よかった。
お疲れー 弘樹君
元気な女の子の声が背後から聞こえてきた。

振り返ると、マネージャーの鈴原あゆみが駆け寄ってきていた。
ダンクシュート、すごかったね。
あれには、キュンキュンしちゃった
い、いや、マグレだよ
ふーん、そう…ふふ…
謙遜しちゃって
いやあ、その・・・
僕は照れくさくて、どう答えていいのか分からなかった。
ホントは私のためのダンクなんでしょ?
え、なに? なに言ってんの?
よくそんな恥ずかしい台詞、言えるね
そお? いいじゃない
さらに鈴原が僕の顔をのぞき込んできたので、ドキドキしてしまい自分の鼓動が鈴原に聞こえるんじゃないかと焦った。

彼女の顔をこんなに間近で見たのは初めてだった。

やっぱ、かわいいな・・・

僕は・・・
は、早く風呂に入ってさっぱりしたいよな
と、ごまかすように言った。
弘樹君達みたいにいっぱい汗かいた後のお風呂って気持ちよさそう。

ところで・・・私に何か用だったの?
何か用って、鈴原から声をかけてきたんじゃないか
あ、そうでした。一緒に帰ろ
僕たち2人は夕日に赤く染まりながら寮に向かって歩き出した。

体育館から寮までは歩いて数分の距離だったが、せっかく二人で帰っているのだから、何か話そうと思って僕は口を開いた。
鈴原ってさ、中学の時、何かスポーツやってたの?
スポーツ? うん、水泳やってた
へえ。水泳部だったんだ
・・・ううん、学校の部活じゃなくて個人的に
じゃあ、学校に水泳部なかったの?
いや、あったけど、私あんまり学校行ってなかったから
へえ、そっかぁ・・・
ん?

僕はハッとして鈴原を見つめた。
まあ、いいじゃない。中学の頃の事なんて
と言って無理に笑い、視線をそらす鈴原。

会話はそこでとぎれた。

僕は何か聞いちゃいけないことを聞いたみたいでばつが悪い。
慌てて別の話題を考えたが、何も思いつかなかった。

結局、この後二人は何も話さずに女子寮前まで来てしまった。
じゃ、またね
うん、また夕食のときに
僕が体の向きを変えて男子寮に帰ろうとしたとき、
弘樹君
と、鈴原に呼び止められた。
何?
男の子同士でお風呂に入るって、楽しい?
風呂? ああ、まあ楽しいと言えば楽しいかな
ふうん。いいね、男の子って
鈴原はつぶやくように言った。
どうして?
いいや、何でもない。ごめんね。変なこと聞いて。

それじゃ、またあとで食堂でね
うん・・・
僕は鈴原の言葉がなんとなく心に引っかかり、男子寮に向かう足取りが重くなった。

あたりは薄闇が立ちこめていた。


男子寮の玄関に入りかけたとき、遠くの方でサイレンが鳴り響いた。

腕時計を見ると、ちょうど午後6時

この学校から3キロほど離れた所に、最近建設されたダムがある。

そのダムはきまって6時に川に水を放流するのだが、
その時にサイレンが鳴るのだ。



さてと。
僕は腕を大きく上げて、背筋をピンと伸ばした。

早いとこ風呂に入って体にまとわりついた汗を洗い流したい。

まずは自分の部屋に行って、洗面道具を取りに行かなくちゃいけないな。

僕の部屋はB-1号室だ。

つづく

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登場人物紹介

「小川弘樹」

主人公。密かに鈴原あゆみに恋してる普通の高校生。でも鈴原が好きな事はみんなにバレバレ。鈴原が近いと少し声が大きくなるからだ。

最近、ワックスは髪型を自由に変えられる魔法の練り物だと思ってる。

「鈴原あゆみ」

バスケ部のマネージャー。とにかく明るくて、いつも笑顔を絶やさない。
明るすぎて悩み無用と思われてる。そんなわけないでしょ! と一応怒った事もある。
弘樹は怒った顔も可愛いと思った。

「海老原さとる」

バスケ部キャプテン。力強くみんなを引っ張っていく。多少強引なところもある。

あまり女の子の話とかしないので部員に疑われた事もあるが、普通に女の子が好き。らしい。

「武藤純一」

文武両道で、バスケもうまく、頭脳明晰。優しく、皆が熱くなった時も冷静に答えを導こうとする。殴られたら殴り返す男らしい一面も。

いつもメガネがキラリと光る。人の3倍くらい光る。風呂に入る時もメガネをつけるので、体の一部と言われている。横顔になるとメガネのフレームの一部が消えたりはしない。

メガネが外れると3みたいな目になる。

「若宮亮太」

ヤンチャな性格で、言いたい事はズバズバ言う。プーやんをいつもいじってる。背が少し低い。そこに触れると激怒するのでみんな黙っている。

「人をいじっていいのは、逆にいじられても怒らないこと、お笑いの信頼関係が構築されてることが条件だ」と武藤に冷静に指摘されたが、その時も怒った。

沸点が低い。というより液体そのものが揮発してる。

いつもプーヤンをいじってるが、格ゲーでボコられてる。すぐにコントローラーを投げるのでプーヤンにシリコンカバーを装着させられてる。

怖い話とか大好き。

「長野五郎」

略してプーやん。いや、略せてないけど、なぜかプーやんと呼ばれてる。いつも減らず口ばかり叩いてる。若宮にいじられながらも一緒にゲームしたりと仲が良いのか悪いのか謎。ゲームとアニメ大好き。犬好き。

将来の夢はゲームクリエイター。意外と才能あるのだが、恥ずかしいのか黙っている。

エクセルのマクロを少し扱えるので、自分はハッカーの素質があると言った時は武藤にエクセルを閉じられなくするマクロを組まれた。

「塩崎勇次」

おっとりした性格で、人からの頼みは断れない。心配性。
心配しすぎて胃が痛くなる事も多く、胃薬を持ち歩いている。

キャベツは胃に良い、だからキャベジンはキャベジンって言うんだよ、というエピソードを3回くらい部員にしてる。

黒いシルエット。それはが誰なのか、男なのか女なのか、しかし、人である事は確か、という表現ができる。少なくとも猫ではない。

だいたい影に隠れて主人公たちを見てニヤリと笑い、だいたい悪いことをする。
この作品では初っ端からアクティブに大暴れしてる。

酒井先生。バスケ部の顧問だが、スポーツに関する知識はない。

奥さんの出産が近いため、そわそわしている。

織田切努(おだぎり つとむ)。謎の転校生。

夏休みで、寮に慣れるためにやってきたらしい。 

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