第147話 光と影●「浪速のワンマン監督」
文字数 2,323文字
近畿リンクスの村野選手兼任監督は岩城正の入団を新聞記者に自慢した。このシーズンから監督も兼任する村野は捕手で四番打者という重責を兼ねながら監督初年度に優勝は逃したものの二位で終わった。打率こそ三割を切ったが本塁打四十二本。打点百三点という打撃成績は現役選手としても立派な成績である。
シーズンオフの秋季練習ながらフランチャイズの大阪球場で新入団選手のお披露目である。日本シリーズも終わり、記事ネタに困っている新聞記者を集める。東京ガイヤンツの独走により人気低迷現象に悩むパシフィックリーグ指揮官として話題提供のサービスは怠らない。
さらに村野は岩城のフリーバッティングをマスコミに披露した。第一球を豪快に空振りしたことで記者団から失笑が起きたが
「あれが甲子園の三振王だってことは、わしだって知っておっての指名よ。常々、選手に言っておるが、わしは三振した選手を怒りはせんよ。むしろ三振を怖がって小さくバットを振る選手には説教するんや」
村野が、そう記者に言い終わる瞬間に岩城は大阪球場左中間の最上段に打球を叩き込んだ。一球目の空振りを笑った記者が今度は「おお!」と感嘆の声を挙げた。
「ほれ!見たか!これが高校野球最強チームの斬り込み隊長よ。わしはなぁ。この岩城に、お前には三打席三安打は求めてない。三打席三三振でいい。四打席目に凄いホームランを打て!と言った。巨体の割には足も速いしな。守備も少し粗いが悪くない。二軍で鍛えるより一軍でガンガン使ってやろ思うとる」
「監督。岩城君は高校時代に三塁手でしたが、リンクスには法政三羽烏の富岡選手が三塁のレギュラーに定着しつつあります。岩城君には、どこを守らすんですか?」
「ほんなもんなぁ。そん時にええ方に決まってるがな。富岡も岩城にポジション取られんように頑張ればええこっちゃ。だいたいガイヤンツの司馬と長岡を見ろや。強いプロチームは高卒の主力と大卒の主力が競い合うことで強くなるんや」
「なるほど。ちなみにドラフト会議では監督も一位は江口敏投手でしたが、江口投手を逃したことについては?」
「あれは、わしの意向やなくて球団の意向や。確かにリンクスには左ピッチャーにろくなのがいないわな。だが、わしは、この岩城正に注目しとったでぇ」
普通、フリーバッティングではコントロールのいいピッチャーが打者に打ちやすいコースを投げる。そのため連続して良い打球が飛ぶものだが、岩城は二球続けてホームランをかっ飛ばしたかと思うと、次のボールは空振り。次にぼてぼてのゴロ。これは駄目だと思っているとフェンス直撃の弾丸ライナーを打ったりする。
「しかし理論派の村野監督が、この岩城選手を採ったことは我々にとって不可解なんですよ。打者ならアベレージもいい田山三太郎が欲しかったんじゃないですか?」
「あほか!わしは、まだまだ専任監督にはならんぞ。今シーズンもホームラン四十本や。同じキャッチャーの田山君は、まだまだ出番は回って来ないわい。鈍足のキャッチャーが同じチームに二人おっても、しょうがないやないか」
「それでは村野監督が岩城君を評価している一番の点は何でしょう?」
「それは、あれのクソ度胸や!本来なら四番タイプの岩城を由良明訓高校の監督はトップバッターとして使い続けた。それは、どんなピッチャーや、どんな大試合でも臆しない度胸や!これこそプロ野球に必要なんや。宝塚ブレイブが日本シリーズでガイヤンツに一回も勝てない。天下のガイヤンツのスター選手目の前に。それにパシフィックじゃ滅多にない大観衆に萎縮して、どの選手もカチカチやないかい?しかし、この岩城なら相手がガイヤンツだろうがアメリカの大リーガーだろうが、一発ホームランを狙って全力で振るやろう。こういう心臓に針金が生えているような奴が欲しかったんじゃ」
「なるほど!確かにプロのユニフォームを着ても、岩城君は全然、硬くなっている様子はないなぁ」
「そうじゃ!」
散々、強がった村野監督であったが、内心は、あまり穏やかではなかった。「わしも長いこと、いろんな選手を見てきたが、ここまで支離滅裂な選手は初めてや。変化球が苦手。内角が苦手。外角が苦手ならば、苦手なことを克服させればいい。しかし、この岩城の野郎ときたら、内角をホームランしたかと思えば同じコースを空振りする。カーブが苦手かと思ったら、パカーンとスタンドに打ち込む。どう指導すりゃいいんだ?こんな奴。ただし抜群のタフさと奇妙なスター性。確かにパシフィックリーグにファンを呼び込む魅力はある。さてさて、どうやってこの滅茶苦茶野郎をモノにするかな?今年も、わしは前途多難や…」と悩んでいた。
村野が、ふと見るとフリーバッティングを終えた岩城が記者の質問に答えている。しかも、かなりの大声である。
「近畿リンクスは残念ながら今シーズンは二位でしたが、俺が入団したからには二位じゃ終わらんですぜ。もちろん狙うのは優勝ですよ。セントラルリーグは今年も東京ガイヤンツが優勝してくるでしょう!日本シリーズの大舞台で江口には甲子園での借りを返させてもらいますよ。そういえば俺らが一年の時に対戦した新山選手もガイヤンツにおりますな。今度は後楽園球場のスタンドに叩き込んでやりますよ。記者の皆さんも伝えておいてください!」
村野は呆れ果てていた。周囲にいたコーチ陣に
「おい!お前ら、あの馬鹿を止めて来い!」
とだけ伝えてベンチ裏へと引っ込んだ。