第46話 俺たちの闘争編●「私たちの愛と性」
文字数 1,417文字
朱美は年末から名古屋に戻っていた。やはり比較的保守的な岡山県ではさほど稼げない。やるだけやっておいて
「まだ十六歳?なんでこんな商売をやっておるのかね。今からでも遅くない。高校に行きなさい」
などと説教するハゲ親父も多い。アレ丸出しで何を言ってるんだか!と思いながら
「両親が病気なんで学費稼がないと」
と言い訳する。「頑張りなさいね」とか言いながら、そそくさ服を着ているハゲ親父を見ながら内心では「一万円ぐらい余計に置いていけ!」と朱美は思う。説教親父は大概そうだ。自分の言いたいことだけ言う。里中繁雄の近くにいたいという一心でやってきた岡山の町だったが、ここでの生活にはうんざりしていたのだ。
そんな折に名古屋のヨーコから連絡があった。朱美が岡山に行ってしまってから、名古屋の組織は辞めてしまった女の子も多く、ここままでは年末の稼ぎ時を仕切れる人材もいなけりゃ客も捌けない。何とか助けてくれ…という話だった。
冷え込む十二月に里中の引き締まった鋼のような身体に抱かれたい…という未練はあるが、今の朱美にとっては金も大切なのだ。名古屋行きの件を里中に告げると、彼はあっさりと許した。一瞬の躊躇も寂しそうな顔もしなかったのが朱美の決断になった。「この男にとって今一番大切なのは私じゃない」と確信したのだ。
どうせ由良明訓野球部のグラウンド周辺には、まるで芸能人の親衛隊のようにファンの女の子が群がっているだろう。秋季大会でも大活躍。高校球界の王者由良明訓のエースとして君臨している。夏の頃は田山、岩城、馬場が三羽烏と呼ばれていたが今では里中も含めた四天王とマスコミも騒ぐ。顔がいいだけのアイドル選手という扱いが今では実力も認められ、プロ球団も本気で注目する選手に数えられている。
不思議なことに里中がピッチャーとして正当に評価され始め、その人気が高まるごとに朱美の気持ちは醒めていった。反面、セックスの快感だけが深まっていく。客のブヨブヨとした脂肪だらけの腹にうんざりしているせいだと思っていたが、そうでもない。普段の暮らしでは不仲な男女がセックスだけで、その関係を続けてしまうという話はよく聞く。きっと私も、そうなってきたのだろう…と朱美は考えた。
汽車の中で朱美や里中と同年代と思われるカップルがお互いに照れながらノートやマスコットを交換している。男の子は頬を真っ赤にして俯きながら女の子からのプレゼントされた小さな可愛いマスコットを受け取っていた。そういえば朱実と里中の間には、こういう高校生らしい男女交際などなかった。いきなりセックスで始まり、セックスだけで続いている仲だ。
ぼんやりとカップルを眺めているとイヤホンでラジオを聴いていた若い男が急に座席から跳び上がって興奮気味に叫んだ。
「東京じゃ現金輸送車が偽警察官に騙されて三億円を取られたんだってよ!おっかねぇけど、羨ましいよなぁ!三億円あったらよぉ。こんな田舎暮らしは止めてなぁ。都会に行くぜ」
朱美は、ふと我に帰りながら「なんかこの犯人…警察に捕まって欲しくない」と考えてしまった。