第55話 閑話休題4●「時代と球界スキャンダル」
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学生紛争は過激化する反面、水面下で分裂が始まり、かの浅間山荘事件の発端となる山岳ベース事件への布石は始まっていた。ただ、まだ紛争する学生達にとっては現体制崩壊による勝利は夢物語ではなく、まだまだ実現可能な夢であったはずだ。それゆえ運動は、より過激になっていった時期でもある。10月には新宿で全共闘と機動隊が遂に衝突している。
文化面に視点を動かすとビートルズはアルバム「アビイロード」を発表。名盤ではあるが稀代のスーパーバンドはメンバーの心はすでにバラバラ。解散へ向かう寂しさを感じさせる内容は否定できない。一方の人気グループ、ローリングストーンズは初代リーダーのブライアン・ジョーンズが脱退から一ヶ月で自殺。しかし新ギタリストのミック・テイラーを迎え黄金期を迎えつつあった。またジミー・ヘンドリックスのパフォーマンスで未だに語り継がれるウッドストックは8月に開催された。
ではプロ野球界は、ますます繁栄していたか?というとそうでもない。むしろ強過ぎる巨人軍と一極化した人気により、巨人戦以外は球場も閑古鳥、テレビ視聴率も全く取れないという状況はひどくなる一方だった。とりわけ対巨人戦のないパシフィック・リーグは球団経営に苦戦を強いられていたのである。
そういった背景から西鉄ライオンズの永易乃将之投手による敗退行為。すなわち八百長事件が発覚。10月には疑惑のある多くの選手が球界永久追放処分を受けている。中には八百長に誘われただけの選手がいたり、また明らかに疑惑があるにも関わらず数日間の謹慎等の軽い処分の選手もいたりで、その裁定については未だに物議を醸し出している。
この疑惑は、やがて野球賭博に関与した八百長事件の問題に留まらず、プロ野球関係者と暴力団関係者の癒着について言及されるようになった。この件については筆者も研究不足で申し訳ないが中日ドラゴンズの小川投手のようにオートレース賭博への関与ということで永久追放処分を受けている。後年になってオートレースによる八百長はなかったという事実も発覚。またプロ野球とは無関係のオートレース賭博を現役プロ野球選手がやったとしても善意の第三者でしかないのではないか?という疑問も残る。
梶原一騎氏は「巨人の星」の作中で、この黒い霧事件に言及。ストーリー上では星飛雄馬の親友、伴宙太が巨人から中日へトレードが決定。無二の親友が引き裂かれる悲劇的な展開の中でライバル花形満の発言により事件を非難。要約すると元親友の伴が星の消える魔球を打ち込むという真剣勝負を見せることでプロ野球界全体を覆う黒い霧を薙ぎ払えというような台詞で代弁させている。
「劇画一代」等のエッセイを読むと、梶原一騎氏は、むしろアンチ巨人で西鉄ライオンズのファンであったという。全盛期の西鉄ライオンズは野武士集団と呼ばれた無骨なチームで確かに梶原氏の好みには合ったのだろう。そんな梶原氏は愛した西鉄の凋落ぶりに怒りを覚えたのであろう。花形満の台詞として「たたき殺してやりたい」という過激なものがある。クールな花形満のキャラクターからすると違和感のある台詞だが、筆者としては梶原氏の本音が滲み出た台詞とも取れ非常に興味深い。