第75話 春風編●「真面目君」
文字数 1,677文字
新入生の中ではいち早く投手経験者の浜がベンチ入りを決めた。生意気な態度は相変わらずだが一年生部員の中ではリーダー的なポジションになったことは評価できる。浜に対する期待は大きいが、土井の目にチラチラと目立つ存在が出てきた。池田という一年生である。身長は165センチほどだ。高校野球の中ではチビの類であろう。しかし誰よりも早くグラウンドに来て、最後の片付けまで居残って最後に帰る。典型的な真面目人間である。
「よし!おい!池田。こっちへ来い」
「はい!監督!」
ダッシュで池田が土井の元へ走ってきた。他の新入生部員から羨望の眼差しで見られているのが照れ臭い様子だった。
「池田は中学までのポジションは、どこだったんだ?」
「はい。あ…あの…笑われるかもしれませんがキャッチャーです」
「ほう!お前も浜みたいに田山に挑戦するために入部したのか?」
「滅相もないです!田山さんは僕の憧れです!」
「まぁ冗談だけどな。少し受けてみるか?最初は…そうだな。里中のボールを受けてみろ」
「はい!がんばります」
土井と田山が見守る中で池田がプロテクターやマスクを装着し、里中の投球練習の捕手を務めた。最初の一球だけ、なんでもないストレートをパスボールしたが、徐々に緊張がほぐれてきたせいか安定したキャッチングを見せる。
「田山。どうだ?」
「小柄ですが上手いですね。僕よりも土井さんに近いんじゃないですか?里中のシンカーやカーブにも対応できている」
「俺も、そう思うんだ。球威に負けないようにボールに向かって体重移動をしている。中学の頃から軽い体重を工夫してプレイしていたんだろう」
ピッチャーを浜に交代した。里中よりも逞しい浜の速球を子供のような池田が捕球しているのは滑稽だったが、いささか荒れ球の浜のストレートに池田のミットは追いつけている。そうしているうちに里中が来た。
「彼、なかなか上手いじゃないですか?俺の変化球は曲がり方が一定しないんで、どうかな?と思ったけどボールをしっかり見て着実に捕球しますね」
「生意気なピッチャーに真面目君キャッチャーか…。正直、お前らが正式バッテリーに決まった時は痩せピッチャーにデブなキャッチャーで面白いと思ったが、どうもこのチームは対照的な二人がバッテリーを組む伝統が出来てしまったようだな。里中と池田。浜と田山という組み合わせも考えていこう。去年は鳥取県だけの予選だったが、今年は東中国大会だ。試合数も多い。バッテリーが二組いるのはありがたいぜ」
土井からベンチ入りを告げられた池田は頬を真っ赤にして
「監督や先輩方のご期待に添えるように一生懸命やります!」
深くお辞儀をした。そんな池田の様子を見て浜は
「こんなことで真っ赤になっちゃって女の子に告白されたら、それこそトマトみたいになっちゃうんじゃないか?」
とからかった。内心、浜は同じ一年生の中から有望なキャッチャーがいることを喜んでいた。先輩であり、プロの注目を集めている怪物捕手田山には、どうしても遠慮がある。里中の投球練習にも付き合わねばならないし、田山自身の打撃練習の時間を考えると、この池田の存在はありがたい。どっしりとした大きな的になれる田山とは対照的に小さな体で機敏な的になる池田も投げていて面白かったのである。
田山と池田が並んで捕手をやっている練習風景を見て岩城が大爆笑した。
「真面目にやってるお前らには悪いと思うけどよぉ。相撲取りと小学生が並んでるみたいでよぉ。これが笑わずにいられるかっての!」
その横で馬場が満足げに四人の投球練習を見ていた。
「生意気な野郎だが…浜の加入は里中にとって、いい刺激になる。試合展開によっちゃ田山を一塁に回して打撃に専念させるって作戦もあるわな。ウチは、まだまだ強くなるぜ」