第110話 三度目の桜●「夢のバッテリーは?」
文字数 2,473文字
岩城、馬場、里中はもちろん。池田、浜へも織田がノックをした。
「やるねぇ!監督さん。何ひとつ衰えちゃいねぇ。この強烈なノックは最高だねぇ」
「岩城。あんまり生意気な口を利くんじゃねぇ。しかしまぁ、間抜けなエラーをしなくなったことだけは褒めてやるぜ。馬場は最初から上手かったが、ますます安定感が増したな。里中も良くなった。道理で強い訳だぜ。お前らは!」
織田はかつての教え子の成長ぶりを素直に喜んでいた。すでに四十代になる織田は絶妙なバットコントロールで野手が微妙に捕球しにくいところに上手く打球を飛ばす。若い土井は細かいコースまではコントロールしないが現役プロ選手並みの打球を飛ばす。黒沢や滝、赤川といった青雲の内野手は
「痛ぇ!グローブがぶっ壊れるじゃないか?と思ったぜ」
「土井監督は大学行ってれば二年生。松映ロビンスに入団してりゃ二年目の現役選手だぜ。こんな人に鍛えられてんだ明訓の連中は…」
口々に感心していた。土井も、どこか楽しそうにしている。土井が織田の方を見て
「監督。そろそろ行きますか?」
と言うと
「監督はお前も一緒だろう!それより若い監督は美味いモノから食おうとするから良くねぇ。まずはオードブルからってな。おーい!江口。マウンド上がれ。それから池田って言ったか?チビちゃんよぉ。江口のボールを受けてやんな」
飛び跳ねるように池田が「はい!」と返事をして大急ぎでマスクやプロテクターを装着していく。大柄な江口に比べると小学生のような池田がキャッチャーを務めるのが、まるでマンガのように滑稽だった。記者からは
「織田監督は江口の剛速球でチビの池田を潰そうってんじゃないか?」
「いやいや…そうとも言えんぜ。去年の夏の大会だ。田山が怪我で欠場。次の試合は一塁守った試合で池田は代役キャッチャーを見事にこなした。打撃ではホームランこそ出ないもののアベレージは良い。インサイドワークも下手すりゃ田山より上。強肩も評価されてショートにコンバートされているが他の学校なら正捕手間違いなしの逸材だ」
「しかし、身長は少し伸びたが160センチにやっとこ。体重は軽量。浜や二本松の速球は捕れても江口は格が違うんじゃないか?」
「キャッチングの技術と体重は関係ないさ。しかしまぁ出し惜しみせずに江口と田山の黄金バッテリーをここだけでも見せて欲しいもんだ」
記者達の心配を他所に池田は江口の投球をソツなくミットに収めた。矢吹相手のピッチングしか経験していない江口も、最初は遠慮気味に投げていたが「身体は小さいが、この選手は本格的なキャッチャーだ」と池田を認めると得意の剛速球。完成したスクリューボール。スローカーブを確実に受けている。矢吹が
「池田君。どうだ?江口は?」
と訊かれて
「凄いですね。スピードはもちろんですが、ミットを構えたところに狂わずに投げ込んでくれるのが気持ちいいですよ。二本松にも、このコントロールは見習って欲しいです」
と返し笑いを誘った。それを聞いた矢吹は急に気になり
「すみません。監督。それに土井監督も、お願いですんで俺に二本松君のボールを受けさせてくれませんか?」
と提言した。それは二本松にとっても良い経験になるということで実現したが、これは矢吹にとって衝撃的な出来事になった。二本松は酷いノーコンピッチャーという訳ではない。ただし大雑把なのである。ストライクゾーンを大きく四分割した感覚しか持っていない。際どいコースを狙う技術はない。審判の判定に任せますというピッチングである。
「ボールをしっかり見てないと危うくパスボールするところだぜ。変化球も意識して投げているというよりストレートが勝手に曲がったような感じなんだろう。これだけ捕りにくいボールをバッターが打ちにくいのも納得だ…。こりゃ江口のボールを受けるより命懸けだな」
その様子を見ていた織田が土井に話しかけた。
「こりゃまた随分と、いい拾い物をしたもんだな。土井よぉ。がに股で、どうしょうもなく格好悪いフォームだが、低めにいいボールを決めてやがる。それに顔がいいやな」
「顔?二本松の顔ですか?獅子舞とか呼ばれているブ男ですよ」
「馬鹿野郎。里中や浜みてぇな美男子がピッチャーやりゃいいってもんじゃねぇんだ。あの獅子舞のような顔で鼻の穴膨らませて投げてるからバッターもビビッて凡退するんだろう。しかも女には絶対モテないタイプと来ている。こういう奴はよぉ。青春の全てを野球に賭けるんだ。奴はきっと凄いピッチャーになるぞ!」
「確かに、去年は里中と浜でハンサムエース二枚看板とか言われてましたからね。一年生として先輩を立ててますが、内心は顔で負けても野球じゃ負けない…みたいな闘争心はあるんでしょうね」
「そんなもんでいいだろう?どうだ?二本松」
「へぇ…矢吹はんも上手いでんなぁ。咄嗟の反応がええですわ。わしと組む最初のキャッチャーはパスボールするもんです。一球もパスボールせぇへんのはさすがですわ」
一年生離れした二本松の態度に織田、矢吹、江口ら青雲勢は驚いたが、これだけの強心臓でも持たないと、この由良明訓で頭角を現すことはできないだろうと納得した。
「お待たせしましたね。ギャラリーの皆さん!大サービスするぜ。ピッチャー江口。キャッチャー田山で組め!練習球は十級。バッターは池田。馬場。里中。矢吹。岩城。二本松。黒沢。滝の順で一打席づつ真剣勝負だ!残りの者と打順の遠い者は守備につけ!」
織田の掛け声がグラウンドに響いた。
「高校野球の合同練習にしちゃ豪華なショーですね」
土井がニヤニヤしながら織田の顔を見た。
「お客さんは神様よ!って三波春夫も言ってるじゃねぇか!大阪万博ばかりが華じゃない。俺らも凄ぇ試合やってやろうじゃないか?」