第47話 俺たちの闘争編●「豪傑の憂鬱」
文字数 1,302文字
岩城の父は極端な男で長男には子供の頃から家庭教師を雇い勉強だけ叩き込み、次男の正にはスポーツばかりをやらせた。父の理想は長男を跡継ぎとして実業家としての帝王学を学ばせ、次男には何らかのスポーツで有名選手とさせようという狙いだった。建築、建設の業界で一家から有名スポーツ選手を出すことはビジネスの上で非常に有利な時代が来ると睨んでいたのだ。
岩城の父にしてみれば別に野球でなくても柔道でオリンピックに出るなり、相撲取りになるなり、何でもよかったのだ。夏の甲子園でホームランも打っての全国制覇。秋季中国地区大会での優勝で春の選抜大会への出場資格もほぼ確定させた次男の存在は岩城の父が取引先との雑談で自慢の種になっていたのである。
ひねくれた性格の岩城正は父の知り合いに囲まれる場が苦手である。
「テレビで観ていたよ。あのでっかいホームランは凄かったな。だけど三振は減らしていかないと、いけないよ」
などと言われるとカチンと来る。「三振を怖がっていてホームランが打てるか?俺は、いつだって全力でバットを振っている。本気で野球をやったこともない癖に生意気言うな」と心の中で言い返した。
「打率のいい田山君を三番にして正君が四番を打てばガイヤンツみたいな打線になるんじゃないか?わしが監督だったら、そうするね」
なんと的外れな意見だと岩城は思う。「三番に置けば鈍足の田山は敬遠される。俺は脚にも自信がある。長打コースを打っても田山は生還できない。俺が塁にいれば田山はホームランでなくても俺が生還する。俺は得点する打者だ。田山は打点を挙げる打者だ。俺を一番に置いて一打席でも多く相手ピッチャーを消耗させる織田の戦術も解からんのか」などと思う。一番頭にくるのは何故か自分のことより田山三太郎への批判だった。
「大騒ぎされているが、わたしの観るところ田山君はプロでは通用しないのではないかね。あの肥満体と鈍足では高校野球じゃ大活躍しとるかもしれんがプロとなるとスピードも大事だからのお」
評論家気取りのおっさんの一言にムカッときた。「田山がユニフォーム脱いだ体を見たら、このおっさんも越し抜かすだろうな。肥満どころじゃねぇ。相撲の横綱も真っ青の鍛え上げた身体だぜ」怒鳴り散らしたくなる気持ちを抑えて愛想笑いをする。後で一人になって、いろいろと思い出す。
「田山三太郎を初めて見た時には驚いた。大物は大物を知るんだ。あいつがいるから俺は野球選手になった。馬場の奴も同じだ。あいつと野球をやっていれば、いつか世間の奴らが驚くようなチームが作れると確信したからだ。その甲斐あって、ようやく俺たちは最強チームを作れた。選抜でも勝つ!俺たちが勝つ!江口も矢吹も俺たちが叩く!」