第112話 激闘!甲子園●「それぞれの初陣」

文字数 2,140文字

 八月九日。大会二日目の第二試合に由良明訓高校対愛知県代表の愛徳学園。第四試合に岐阜青雲大学附属高校対西東京代表の二子多摩川高校の対戦が決定した。前日の初日に同じホテルに宿泊する室蘭北高校は健闘虚しく敗退した。田山や江口に憧れてようやく甲子園にやってきた純粋な球児達は涙を浮かべながら彼らと握手を交わしホテルを後にした。
 「由良明訓と青雲大附属の名勝負…北海道に帰ってからテレビで観ます…。ぜひ!実現してください」
 という挨拶に二校の野球部員は深く一礼して彼らを見送った。一方、同じホテルに宿泊していても神奈川県代表の明東大附属相模原高校の野球部員は由良明訓及び青雲大附属とは一切の会話はおろか目も合わせない態度を取り続けた。食事も、どこかの別室で取っているようだ。大浴場の使用時間も二校の部員が上がってのを見計らってから入浴しているようであった。時折、ホテルの廊下ですれ違うと軽く会釈をするが上目遣いに睨んで来た。
 「室蘭の子たちは可愛げあったが、相模原は感じが悪いなぁ」
 岩城は連中が気に食わなくてしょうがない。元々不良で暴れん坊だが岩城の明るい性格は、喧嘩相手でも終われば、すぐに友達になってしまう。矢吹は
 「気にするなよ。監督か?あるいはOBが他校の連中と口を利くな…とか言われてるんだろう。同じ宿ったって勝ち進めば戦う相手だからな。それよりも岩城!」
 矢吹は急に真面目な顔になった。
 「お前らは知らんだろうが今日、一回戦で当たる愛徳には気をつけろよ。名古屋の街じゃ。寄るな立花。触るな城東。愛徳見たら110番って言葉がある学校だ。特に中間と加藤は狂犬コンビと言われた悪だ。まぁお前も相当のもんだったからな。問題は試合が終わってからだ。乱闘なんか起こしたら、これまでの努力がパーだからな」
 「中間?加藤?知らねぇなぁ、ポジションはどこだ?」
 「一塁と三塁のはずだ。けっこう強い学校だから三年まで出番がなかったか?なんか不祥事でも起こして試合に出してもらえなかったか?そんなとこだな」
 「おい!矢吹に岩城!」
 二人の後ろから声をかけた男がいた。坊主刈にトレーニングウエア姿でニコリとも笑わない。
 「お前、明東大相模原の選手か?」
 「あぁ…俺が明東大相模で主将やらしてもらってる石田ってもんだ。無愛想で悪かったが、これがウチの野球部の伝統なんで気にしないでくれ」
 「まぁ、そんなとこだと思ったぜ。こうして俺らと話してるところOBにでも見られたらヤバイんじゃないか?」
 「万博でOB連中も関西には泊まれねぇから、ばれやしねぇだろ。矢吹さんよぉ。お前らも今日はニコタマ相手に試合やるんだから気をつけろよ」
 「ニコタマ?あぁ二子多摩川高校のことか!」
 「あぁ、甲子園こそ初出場だが関東じゃなかなか有名な学校よ。野球部は何年か前に全員で乱闘騒ぎ起こして出場停止だったんだが、解けた途端に勝ち上がってきやがった。まぁ…お前ら、スター選手に相手にムチャしてくるかもしれねぇぜ」
 「石田って言ったか?ありがとうな。せいぜい俺も岩城も相手チームを病院送りにしないように、お行儀良く野球やるよ」
 「抜かせ!噂どおり猛者がいてくれて嬉しくなってくるぜ!だがなぁ。別に親切で言ってやったんじゃねぇ。お前らが、つまんねぇ喧嘩とかで出場停止になったら俺の生き甲斐がなくなるからよぉ。忘れるなよ。明東大相模が青雲大附属も由良明訓も倒す!なにせこちとらプロ野球選手も輩出している野球名門校だからよ。みっともない負け方したらOB達に何されっか分かったもんじゃねぇんだ」
 石田は出発する由良明訓ナインを乗せたバスを見送りもせずに、部員達に号令をかけた。岩城は最後にバスに乗り込むと
 「いいか!俺達は勝って当たり前のチームなんだ。その俺達と戦う相手は玉砕覚悟でかかってくる特攻隊員だと思え!絶対に油断するな!何点リードしてても追加点を考えろ!守備は0点で抑えることだけ考えろ!名古屋の愛徳。無名だと思って舐めるなよ!」
 「わし知ってまっせ。愛徳見たら110番ってな。名古屋におる従兄弟が言うてましたわ。まぁボクシングに試合やったら、わし負けるかもしれまへんな」
 二本松の間の抜けた答えっぷりがあまりにも面白くバスの中は期せずして大爆笑となった。バスの最後部席に座る田山と里中だけが黙っていた。
 「最後の甲子園の初戦だ。投げたいよ」
 「決めるのは監督だ。俺の予想では土井さんは初戦で里中を使いたくないだろう。抽選でシード権は外したから、決勝までは五試合。なるべく二本松と浜で乗り切りたいさ」
 「センターというポジションを馬鹿にしている訳じゃない。だがピッチャーに比べると外側から野球をやっている気分なんだ。分かるか?田山」
 「里中。野球のルールは一点でも多く点を取ったチームが勝つんだ。足の速いお前が一塁に出る。普通のランナーが三塁で止まる当たりでも、お前は本塁を駆け抜けている。チームには、そういう選手が必要なんだ。守りでも同じだよ。二塁打コースの大飛球を打たれても、お前の足ならセンターフライでアウトにできる。勝つっていうのは、そういうことさ」
 里中は外の景色を眺めた。
 「分かっちゃいるんだよ。分かっちゃ」
 
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登場人物紹介

里中繁雄●本稿の主人公。野球選手と思えない痩身に芸能人も顔負けの美少年。サイドスローの技巧派投手。性格はルックスに反して強気で負けず嫌い。投手兼任外野手として活躍した後にノンプロ全丸大に入団。

江口敏●もう一人の主人公。ノンプロ野球選手だった父親に英才教育を受けた剛球左腕投手。童顔に逞しい身体を持つが闘争心はあまりなく、気は弱い。三年生の夏の甲子園で優勝投手となり、ドラフト一位で名門東京ガイヤンツに入団。

田山三太郎●里中のピッチャーとしての才能を見出した天才キャッチャー。打撃も凄まじくプロ野球のスカウトに注目されている。甲子園大会の通算本塁打記録も作り、ドラフト一位でパリーグの福岡クリッパースに入団。

岩城正●田山とは中学時代からチームメイトだった巨体の持ち主。三振かホームランという大雑把な選手だが怪力かつ敏捷さもあり、プロレス界が注目する逸材との噂はある。三年時にはキャプテンも勤め、そのリーダーシップは評価された。ドラフトでは江口の外れ一位ではあるがパリーグ近畿リンクスに入団。

馬場一真●田山、岩城と三羽烏と呼ばれた好打好守好走のセカンド。田山、岩城ほどのパワーはないがスピードと技術は最高。変わり者である。実は東京ガイヤンツから入団交渉を受けていたが野球の道は高校までと決めており、帝国芸術大学に進学する。

矢吹太●中学時代は将来オリンピック選手として期待された柔道の猛者でありながら、地元の不良や街のチンピラに慕われる奇妙な不良少年。江口の才能を認めキャッチャーへ転身する。高校時代は事実上のチームリーダーを務め、キャプテンとしてチームをまとめた。プロ入りは拒否。

朱美●矢吹の不良仲間で少女売春をやっている。根はマジメ人間で肉体を汚しつつも気持ちは美しい。江口に惚れられながら、自身は里中に惹かれていく。彼らとの交流を通して自分を変えるため、名古屋のデパートに勤める。

土井●里中ら一年生の時の三年生の主将。高校ナンバーワンのキャッチャーであり、女生徒に人気の男前であったが、田山にポジションを奪われ里中に女性人気を奪われる気の毒な先輩。しかし潔く後輩を立てる姿に人望を集めた。織田監督辞任後に新監督に就任。

織田●里中ら野球部の監督。かなりいい加減な人物だが選手の力量を見極める鋭い視点や実践形式でチームを育てる采配など有能な指導者。甲子園で優勝させてチームを去る。その後、江口の父親との縁で江口らの監督に就任。

天野●江口ら野球部の顧問。優秀な数学教師で弱小チームといえども独自の数学理論で一回戦ぐらいは勝たせる手腕を持つ。

小宮●江口ら一年生の時の三年生で主将。江口の入学で控え投手兼任外野手に転身するが江口らの理解者。

岡部●三年生の捕手で副主将。江口の実力を発揮させるために中学時代の後輩でもある矢吹を野球部に引き込んだ。

新山●静岡工業高校のエース。左腕の本格派として江口と比較される。英才教育を受けお坊ちゃんの江口に対して韓国籍による差別や貧乏に耐え抜いた。定時制から全日制への転入で年齢は里中、江口らより一つ上であり、江口に対してライバル心を燃やす。外国人枠で逸早く東京ガイヤンツに入団したが、怪我に悩まされている。

谷口●土井キャプテン引退後の新キャプテン。ともかく真面目で常識的な高校生。里中らが一年生の時には7番レフトで地味ながらチームを支えた。

青木●小宮引退後の新キャプテン。江口らが一年生の時には一番一塁手として出場。少し気が弱いが野球は大好き。学業の成績もいい。

ヨーコ●名古屋繁華街の組織の女の子。朱美の留守を守る。江口の相手をしたことがきっかけで江口の相談役となる。朱美が売春組織を辞めてデパートに就職したことに触発され、料理人の道を目指す。

夏美●中学時代から高校へと続く岩城の恋人。女子ソフトボール部の実力者。中学時代の里中を知っており、田山や岩城に、その才能を伝えた。甲子園球場周辺で朱美と知り合い友人になる。

黒沢秀●江口、矢吹の一学年下の新入生。抜群の運動神経と野球経験を持ちつつ、学科成績も優秀。レギュラーに抜擢される。

滝一馬●黒沢と一緒に好成績を収めた新入生。投手経験もあり江口に次ぐ青雲の投手になる。

内川亜紀●中学時代から矢吹のクラスメイト。不良少年の矢吹を嫌って避けてきたが、野球にのめりこみ無口になっていく矢吹の姿に惹かれていく。

浜圭一●里中と勝負するために明訓野球部に入ってきた新入生。右のオーバースローで速球派。生意気な性格は、そのままだが里中と並ぶ二枚看板投手に成長する。

池田●浜とは対照的に真面目で純情な新入生。田山を尊敬して入部。小学生に間違えられる小さな体だがキャッチャーとしての技術は高い。

八木●プロ野球界とアマチュア野球界を取り持つフィクサー。怪しげな人物だが常に選手のことを考えている温かい人物。

大田黒●ロシア系とのハーフであるため殿下と呼ばれる森沢高校のエース。実力は疑問視されながらもプロ入りを果たす。

二本松●里中達が三年生の時に入部してきた新入部員。不細工な顔と不恰好な体格だが投手としても打者としても素晴らしい才能を持つ。田山、岩城、馬場の中学時代の後輩であり、先輩達を高校まで追いかけてきた。

加藤弘●愛徳高校野球部員。不良学校の悪だが野球だけは真剣にやる。高校時代は由良明訓に敗れるが、その時の活躍で全丸大のノンプロチームに入団。左投げ左打ちの一塁手。

中間透●加藤と同じ愛徳高校野球部員。加藤よりも明るい性格だが相当の不良でもあった。甲子園では由良明訓に敗れたものの加藤と一緒に全丸大に入団。右投げ右打ちの三塁手。

高山志朗●全丸大のエース。里中よりも二歳年上で一年生の時の夏の甲子園では対戦はないものの出場していた。剛速球の持ち主だが四球で自滅する敗戦が多く、プロからの打診はあっても入団拒否をし続けている。後に里中に触発されて宝塚ブレイブに入団する。

湯川勝●江口らがプロ一年目で苦闘する71年。栃木県の柵新学院の進学クラスに突然現れた怪物ピッチャー。アマ、プロ球界を引っ掻き回す裏主人公。

湯本武●高校時代は甲子園出場を決めながら不祥事による出場停止。大学では四年時に監督との大喧嘩で退部。里中の入団拒否の代替でロビンスに入団。悲劇のピッチャーと呼ばれているが、明るく柄の悪いインテリヤクザ。

河村監督●東京ガイヤンツ九連覇を成し遂げる大監督。当初、痩身の里中を疎んじていたが、徐々に、その闘志と技術を認めていく。選手とは、あまり話をせずに腹心の報告によって対応する。管理野球の申し子。

長尾●ガイヤンツの二軍監督、一軍ヘッドコーチ、一軍投手コーチと人事異動の多い河村の腹心。無愛想で口うるさい人物のため選手には嫌われている。江口敏を死に至らしめた一因は自分にあると自責しており、里中に期待をかける。

黒岩●ガイヤンツ二軍監督、一軍ヘッドコーチ、一軍守備走塁コーチ。もともとガイヤンツOBだが一時期は広島の海洋モータースの監督を務めた。長尾とは正反対の親分肌の人物で選手から好かれているが、采配には疑問が残る。投手として入団させた人材を野手に転向させたがる傾向がある。

藤井●ガイヤンツ一軍投手コーチ、二軍監督。現役時代はガンジーと呼ばれる痩身のエース。そのため似たタイプの里中に目を掛けている。褒め殺しで投手を乗せる性格は選手に人望があるが、それ故、河村や長岡に疎まれてガイヤンツを退団する。

中川●ガイヤンツ二軍投手コーチ、現役選手よりも若いため若手選手の兄貴分のような存在。河村からも信頼を受けており、人事異動の多い組織の中で定位置をキープしている。

牧場●現役時代は中京ドアーズの内野手。英語が堪能でメジャーリーグの文献を研究しているため河村の声でガイヤンツのヘッドコーチに就任。一時期は守備走塁コーチに降格したが、その堅実な作戦は常勝軍団の頭脳と判断され、再びヘッドコーチに戻る。

長岡●六大学野球から鳴り物入りでガイヤンツ入りしたスーパースター。河村の勇退後の監督に内定しており、現役晩年は衰えを見せながらも最後の最後まで燃える男の真骨頂を見せる。

司馬●元甲子園優勝投手だがガイヤンツ入団と同時に打者へ転向。当初は伸び悩んだが、荒井打撃コーチの指導により一本足打法を開眼させ世界的なホームラン打者になる。長岡より五歳年下ということもあり、九連覇末期に、その打撃技術は円熟に達する。

堀本●紳士的なガイヤンツの選手の中で、あえて悪太郎という不良キャラクターを演じるエース。プライドと強気のピッチングが魅力。

高岡一三●堀本が右投手のエースなら、こちらは左のエース。性格も、どちらかというと陰気な真面目人間。堀本とは不仲なふりをしているが裏では大の仲良し。気が弱いのが弱点。

林●ガイヤンツ黄金時代のキャッチャー。陰険でケチ、投手はもちろん選手からは嫌われているが河村には絶対的な信頼されている。巧みなインサイドワークとポーズとしての弱気で相手を騙す。グラウンドの司令塔。

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