第112話 激闘!甲子園●「それぞれの初陣」
文字数 2,140文字
「由良明訓と青雲大附属の名勝負…北海道に帰ってからテレビで観ます…。ぜひ!実現してください」
という挨拶に二校の野球部員は深く一礼して彼らを見送った。一方、同じホテルに宿泊していても神奈川県代表の明東大附属相模原高校の野球部員は由良明訓及び青雲大附属とは一切の会話はおろか目も合わせない態度を取り続けた。食事も、どこかの別室で取っているようだ。大浴場の使用時間も二校の部員が上がってのを見計らってから入浴しているようであった。時折、ホテルの廊下ですれ違うと軽く会釈をするが上目遣いに睨んで来た。
「室蘭の子たちは可愛げあったが、相模原は感じが悪いなぁ」
岩城は連中が気に食わなくてしょうがない。元々不良で暴れん坊だが岩城の明るい性格は、喧嘩相手でも終われば、すぐに友達になってしまう。矢吹は
「気にするなよ。監督か?あるいはOBが他校の連中と口を利くな…とか言われてるんだろう。同じ宿ったって勝ち進めば戦う相手だからな。それよりも岩城!」
矢吹は急に真面目な顔になった。
「お前らは知らんだろうが今日、一回戦で当たる愛徳には気をつけろよ。名古屋の街じゃ。寄るな立花。触るな城東。愛徳見たら110番って言葉がある学校だ。特に中間と加藤は狂犬コンビと言われた悪だ。まぁお前も相当のもんだったからな。問題は試合が終わってからだ。乱闘なんか起こしたら、これまでの努力がパーだからな」
「中間?加藤?知らねぇなぁ、ポジションはどこだ?」
「一塁と三塁のはずだ。けっこう強い学校だから三年まで出番がなかったか?なんか不祥事でも起こして試合に出してもらえなかったか?そんなとこだな」
「おい!矢吹に岩城!」
二人の後ろから声をかけた男がいた。坊主刈にトレーニングウエア姿でニコリとも笑わない。
「お前、明東大相模原の選手か?」
「あぁ…俺が明東大相模で主将やらしてもらってる石田ってもんだ。無愛想で悪かったが、これがウチの野球部の伝統なんで気にしないでくれ」
「まぁ、そんなとこだと思ったぜ。こうして俺らと話してるところOBにでも見られたらヤバイんじゃないか?」
「万博でOB連中も関西には泊まれねぇから、ばれやしねぇだろ。矢吹さんよぉ。お前らも今日はニコタマ相手に試合やるんだから気をつけろよ」
「ニコタマ?あぁ二子多摩川高校のことか!」
「あぁ、甲子園こそ初出場だが関東じゃなかなか有名な学校よ。野球部は何年か前に全員で乱闘騒ぎ起こして出場停止だったんだが、解けた途端に勝ち上がってきやがった。まぁ…お前ら、スター選手に相手にムチャしてくるかもしれねぇぜ」
「石田って言ったか?ありがとうな。せいぜい俺も岩城も相手チームを病院送りにしないように、お行儀良く野球やるよ」
「抜かせ!噂どおり猛者がいてくれて嬉しくなってくるぜ!だがなぁ。別に親切で言ってやったんじゃねぇ。お前らが、つまんねぇ喧嘩とかで出場停止になったら俺の生き甲斐がなくなるからよぉ。忘れるなよ。明東大相模が青雲大附属も由良明訓も倒す!なにせこちとらプロ野球選手も輩出している野球名門校だからよ。みっともない負け方したらOB達に何されっか分かったもんじゃねぇんだ」
石田は出発する由良明訓ナインを乗せたバスを見送りもせずに、部員達に号令をかけた。岩城は最後にバスに乗り込むと
「いいか!俺達は勝って当たり前のチームなんだ。その俺達と戦う相手は玉砕覚悟でかかってくる特攻隊員だと思え!絶対に油断するな!何点リードしてても追加点を考えろ!守備は0点で抑えることだけ考えろ!名古屋の愛徳。無名だと思って舐めるなよ!」
「わし知ってまっせ。愛徳見たら110番ってな。名古屋におる従兄弟が言うてましたわ。まぁボクシングに試合やったら、わし負けるかもしれまへんな」
二本松の間の抜けた答えっぷりがあまりにも面白くバスの中は期せずして大爆笑となった。バスの最後部席に座る田山と里中だけが黙っていた。
「最後の甲子園の初戦だ。投げたいよ」
「決めるのは監督だ。俺の予想では土井さんは初戦で里中を使いたくないだろう。抽選でシード権は外したから、決勝までは五試合。なるべく二本松と浜で乗り切りたいさ」
「センターというポジションを馬鹿にしている訳じゃない。だがピッチャーに比べると外側から野球をやっている気分なんだ。分かるか?田山」
「里中。野球のルールは一点でも多く点を取ったチームが勝つんだ。足の速いお前が一塁に出る。普通のランナーが三塁で止まる当たりでも、お前は本塁を駆け抜けている。チームには、そういう選手が必要なんだ。守りでも同じだよ。二塁打コースの大飛球を打たれても、お前の足ならセンターフライでアウトにできる。勝つっていうのは、そういうことさ」
里中は外の景色を眺めた。
「分かっちゃいるんだよ。分かっちゃ」