2.2佐伯と歩田の試み
文字数 2,465文字
流田さんに通話をして出ないときは学術エリアに行けば会うことができる。ただし必ず会えるというわけではなく、その可能性が高いという注意は必要かもしれない。
流田さんは集中したいときは何も持たずに書庫や書斎に籠 ると言っていた。そんなときに会いに行くのは迷惑だと思うかもしれないけど、むしろそうでないときのほうが遭遇するのは難しい。だから流田さんが言うにはいつ会いに来ても構わないということだった。
僕たちは学術エリアで流田さんの姿を探した。探すといっても書庫か書斎を見に行くだけだけれど。今日はどっちだろうか。書庫にいた。
「足音が一つ多いだけで随分と印象が変わるのね」
そう言って流田さんは珍しくも来客に興味を示す。焦点を変えたのだろうか。瞬 きをすると次には瞳に鋭さが消えた。
まるで畏 まったときのように横一列で並ぶ僕たち。僕は佐伯さんの付属品みたいなものなので一歩下がろうかと思った。けれど、その前に佐伯さんが「今、大丈夫ですか?」と切り出す。
「ええ」
流田さんは僕たちの目的を当て推量するかのように交互に観察する。一言二言で済ませられる用事ではないと判断したのだろう。
「場所を移した方がいいかしら?」
そう聞いてきた。
僕は佐伯さんに「どうしますか?」と聞いた。
佐伯さんに肩をつつかれる。そして「こういうのって変えたほうがいいんですか?」と耳打ちされた。
僕たちは場所を移すことにした。
学術エリアと自然エリアの間。つまり、正五角形の頂点。その休憩スペース。丸いテーブルを三等分するように僕たちは座っていた。
「それで、何のようかしら」
単刀直入に。流田さんはマイルドなコーヒーを飲んでそう聞いてくる。
佐伯さんは真剣な表情をして
「今日は桂ちゃんにお願いがあってきました」
と言った。
「歩田くんも同じ?」
「え、ええ」
曖昧な返事は自分でも状況がよく分かっていないからかもしれない。
流田さんは「そう」と言い、佐伯さんに「続けて」と言った。
聞いているだけの僕は、ぼんやりと流田さんの呼び名について考えていた。普段から佐伯さんにそう呼ばれているのだろうか。大川さんに呼ばれると嫌がるので、これも佐伯さんの人柄かもしれない。
「桂ちゃんは館に猫カフェがあることを知っていましたか?」
「……いいえ。あまり館には詳しくないから」
僕は誰に向けるわけでもなく一人頷く。
「猫カフェね……にわかには信じ難いけれど。本当にあるのかしら?」
「そこってやっぱり重要なんですか?」
「ということは初めての質問ではないということね」
「歩田くんにも聞かれました」
「それなら撤回しようかしら」
僕は思わず吹き出す。
そして流田さんに「誤解させる言い方をしたわね。あなたが考えているなら私はその必要が無さそうって意味。あなたから玩具を取り上げるなんてことはしないわ」と言われる。
僕は「ありがとうございます?」と返した。別に独占するつもりはないけれど。
佐伯さんは「そこで、その、お願いというのはですね」と続けた。
「一緒に来て欲しいなってことなんですけど」
そう言うと沈黙ができた。
流田さんは失笑する。
「そうよね。猫カフェの話が出たところでだいたい察しはついたけれど、まさか本当に誘われるとは思わなかった」
「それってダメってことですか?」
「いいえ、面白そう」流田さんは佐伯さんに微笑みを向ける。それを聞いた佐伯さんは肩でほっと一息ついた。
流田さんと佐伯さんは仲がいいことは知っていたけれど、そう言えば二人のやりとりを聞いたことがなかった。僕の中で流田さんのイメージが修正される。
「ただ」と流田さんは続けた。
「気になることを一つ聞いてもいいかしら?」
身構えるように「はい」と佐伯さんは答えた。僕はコーヒーを飲んで話を聞いていた。
「どうして私を誘ったのかってところが気になるわ。もし誰かと行くなら歩田くんが既にいるじゃない。三人で行く理由がない」
「ええと……それはですね、猫カフェって入るのに条件があって三人じゃないと入れないみたいなんです」
「人数制限があるのね」
そう言って流田さんの視線が落とされる。次には、どうしてか? とでも続きそうな間だった。けれど、それを言うことはなかった。
というより、その前に佐伯さんが踏み込んだというのが正しいところかもしれない。
「あの……このこともお伝えしておかないといけないと思うのでお伝えするんですけど」
「なにかしら」
「猫カフェに行くって言っても、ただ行くわけじゃなくて、実は館について調べてもいるんです」
やや考える時間ができる。振り子時計を見ているような空白の時間だった。そして流田さんは優しい瞳をした。
「私は何をすればいいのかしら?」
「あ、ごめんなさい。そういうつもりはありませんでした。ただこの状況だと私の目的もお伝えするべきかなって思ったので」
「つまり、何もしなくてもいいのね?」
佐伯さんは「そうなります」と首肯する。
そのやり取りを聞いて、僕は猫カフェに行くことで満たされる館の存在意義とは? と考えた。卓球のことも考慮すると難しい話だった。もっとも深く考えることは無いけれど。佐伯さんは話したくなさそうなので、労力を使って考えることも無い。
「分かったわ。それなら付いて行ってみようかしら」流田さんは言う。「今から行くのよね?」と続けた。
「いえ、猫カフェもすぐには入れないみたいで。事前に予約をして指定した日にしか入れないって書いてありました」
「そう」一言だけそう言った。
「それならとりあえず予約をしましょうか」
「予約は実際にカフェの前まで行ってするみたいです」佐伯さんは言う。
そして流田さんに「歩田くんはもう予約を済ませたの?」と聞かれた。
僕は「いえ、一緒に行くつもりでした」と答える。
そうして僕たちは休憩スペースを後にした。
猫カフェはリラクゼーションエリアの三階にあった。予約の方法はタッチパネルで名前を入力するだけのようだ。そして日時を指定する。僕たちは最短の六日後に猫カフェへ行くことに決めた。
流田さんは集中したいときは何も持たずに書庫や書斎に
僕たちは学術エリアで流田さんの姿を探した。探すといっても書庫か書斎を見に行くだけだけれど。今日はどっちだろうか。書庫にいた。
「足音が一つ多いだけで随分と印象が変わるのね」
そう言って流田さんは珍しくも来客に興味を示す。焦点を変えたのだろうか。
まるで
「ええ」
流田さんは僕たちの目的を当て推量するかのように交互に観察する。一言二言で済ませられる用事ではないと判断したのだろう。
「場所を移した方がいいかしら?」
そう聞いてきた。
僕は佐伯さんに「どうしますか?」と聞いた。
佐伯さんに肩をつつかれる。そして「こういうのって変えたほうがいいんですか?」と耳打ちされた。
僕たちは場所を移すことにした。
学術エリアと自然エリアの間。つまり、正五角形の頂点。その休憩スペース。丸いテーブルを三等分するように僕たちは座っていた。
「それで、何のようかしら」
単刀直入に。流田さんはマイルドなコーヒーを飲んでそう聞いてくる。
佐伯さんは真剣な表情をして
「今日は桂ちゃんにお願いがあってきました」
と言った。
「歩田くんも同じ?」
「え、ええ」
曖昧な返事は自分でも状況がよく分かっていないからかもしれない。
流田さんは「そう」と言い、佐伯さんに「続けて」と言った。
聞いているだけの僕は、ぼんやりと流田さんの呼び名について考えていた。普段から佐伯さんにそう呼ばれているのだろうか。大川さんに呼ばれると嫌がるので、これも佐伯さんの人柄かもしれない。
「桂ちゃんは館に猫カフェがあることを知っていましたか?」
「……いいえ。あまり館には詳しくないから」
僕は誰に向けるわけでもなく一人頷く。
「猫カフェね……にわかには信じ難いけれど。本当にあるのかしら?」
「そこってやっぱり重要なんですか?」
「ということは初めての質問ではないということね」
「歩田くんにも聞かれました」
「それなら撤回しようかしら」
僕は思わず吹き出す。
そして流田さんに「誤解させる言い方をしたわね。あなたが考えているなら私はその必要が無さそうって意味。あなたから玩具を取り上げるなんてことはしないわ」と言われる。
僕は「ありがとうございます?」と返した。別に独占するつもりはないけれど。
佐伯さんは「そこで、その、お願いというのはですね」と続けた。
「一緒に来て欲しいなってことなんですけど」
そう言うと沈黙ができた。
流田さんは失笑する。
「そうよね。猫カフェの話が出たところでだいたい察しはついたけれど、まさか本当に誘われるとは思わなかった」
「それってダメってことですか?」
「いいえ、面白そう」流田さんは佐伯さんに微笑みを向ける。それを聞いた佐伯さんは肩でほっと一息ついた。
流田さんと佐伯さんは仲がいいことは知っていたけれど、そう言えば二人のやりとりを聞いたことがなかった。僕の中で流田さんのイメージが修正される。
「ただ」と流田さんは続けた。
「気になることを一つ聞いてもいいかしら?」
身構えるように「はい」と佐伯さんは答えた。僕はコーヒーを飲んで話を聞いていた。
「どうして私を誘ったのかってところが気になるわ。もし誰かと行くなら歩田くんが既にいるじゃない。三人で行く理由がない」
「ええと……それはですね、猫カフェって入るのに条件があって三人じゃないと入れないみたいなんです」
「人数制限があるのね」
そう言って流田さんの視線が落とされる。次には、どうしてか? とでも続きそうな間だった。けれど、それを言うことはなかった。
というより、その前に佐伯さんが踏み込んだというのが正しいところかもしれない。
「あの……このこともお伝えしておかないといけないと思うのでお伝えするんですけど」
「なにかしら」
「猫カフェに行くって言っても、ただ行くわけじゃなくて、実は館について調べてもいるんです」
やや考える時間ができる。振り子時計を見ているような空白の時間だった。そして流田さんは優しい瞳をした。
「私は何をすればいいのかしら?」
「あ、ごめんなさい。そういうつもりはありませんでした。ただこの状況だと私の目的もお伝えするべきかなって思ったので」
「つまり、何もしなくてもいいのね?」
佐伯さんは「そうなります」と首肯する。
そのやり取りを聞いて、僕は猫カフェに行くことで満たされる館の存在意義とは? と考えた。卓球のことも考慮すると難しい話だった。もっとも深く考えることは無いけれど。佐伯さんは話したくなさそうなので、労力を使って考えることも無い。
「分かったわ。それなら付いて行ってみようかしら」流田さんは言う。「今から行くのよね?」と続けた。
「いえ、猫カフェもすぐには入れないみたいで。事前に予約をして指定した日にしか入れないって書いてありました」
「そう」一言だけそう言った。
「それならとりあえず予約をしましょうか」
「予約は実際にカフェの前まで行ってするみたいです」佐伯さんは言う。
そして流田さんに「歩田くんはもう予約を済ませたの?」と聞かれた。
僕は「いえ、一緒に行くつもりでした」と答える。
そうして僕たちは休憩スペースを後にした。
猫カフェはリラクゼーションエリアの三階にあった。予約の方法はタッチパネルで名前を入力するだけのようだ。そして日時を指定する。僕たちは最短の六日後に猫カフェへ行くことに決めた。