1.1佐伯と歩田の試み

文字数 2,213文字

1.

 僕は自室から出て館の中を徘徊していた。これは癖だろうけど、考え事をするときは行き先を決めずに彷徨い歩くことがよくあった。
 マイブーム、とは言わないまでも、最近は館のシステムついてよく考える。館といえばロボットによる完璧なシステムだろう。どこかが壊れれば修理をするし、何かが無くなれば補充をする。
 もちろんシステムを考えるうえで誰がここまでハイテクなシステムを構築したのかという疑問はあった。
 それは僕たちが追い求めるテーマであり、考える者を容赦なく玉砕する難題でもある。だからそれは魔が差したときに考えることにして、今はもっとシンプルなことについて考えていた。
 僕たちを悩ますものとして他に、現在の西暦が分からないという問題がある。自分たちはいつの時代に生きているのか。西暦を詳しく説明するためにも文化レベルと結びつけることがあるけれど、記憶が正しければ、僕の知っている世界と館のシステムは年代がかけ離れているように思えた。
 それも知っている世界が現在だとすれば館のシステムは未来に。
 西暦の手がかりは無いわけではない。流田さん曰く、書籍の発行年数が2018年で止まっているとのこと。それ以前の書籍はあってもそれ以降の書籍がないらしい。漫画も同様らしく、最新刊がいくら待っても入ってこないという不満はときおり藤堂さんを爆発させていた。
 僕は廊下で立ち止まる。
 それはさておき。最近考えているというのは要するに、エンタメエリアの一階、展示場、食品の消費期限についてだった。
 機械というのは壊れると分かりやすい。ボタンを押しても動かないか、変な挙動をし始める。けれど食品というのは食べてみるまで、あるいは食べた後でないと分からない。
 そのあたりはどう管理しているのだろうと考えているのだ。
 例えばパッケージの裏を見てみる。当然、具体的な消費期限が書かれていることはない。つまり僕たちには手に取った食品が食べられるのか否かを知る術はないということ。バーコードもなく、袋を触ってみても磁気のようなものがないので、データ的に管理しているとは考え難かった。
 それに、展示場にあるものは手続きを踏まずに勝手に持っていくことがある。そうするとどうしても食品一つ単位での管理が難しいように思えた。
 となれば、どう管理しているのだろうか。
 考えられる可能性はダースごとの入れ替え?
 他の可能性として空いたスペースに食品を補充するという可能性も考えられる。ただ、これだと奥にあるものほど古くなっていくのだろう。その解決として奥にあるものを前に出すという作業が考えられるけれど変な話、陳列している食品を入れ替えてしまえば、確率的ではあっても、偶然古いものが残されることだってあった。
 その対策をしたければ一つ一つの管理無くして実現しないように思える。
 だからダースごとの管理という結論になるのだけれど……。
 まず館がそこまで完璧に機能しているのかという信頼からして偏見という落とし穴もあるわけで、あるいは想像を超えたセンサーでの食品管理をしている可能性も無いわけではないのだから、結局この疑問も推測、暇つぶしにしかならないのだろう。
 僕は「人は知っていることでしか考えることができないの」と流田さんの言葉を思い出す。確かそのあとには「だから学ぶことを止めてはダメなのね」と続いた。
 まさに今の状況を言っているのかもしれない。自分が考えられるのはここまで。これ以上は自分の能力を超えた話になる。
 そして別の日のことだけれど。
「考えたい気持ちも分かるわ。でも、そういうのは新しい知見を得たときに繋がってくるものなのよ。人は意識的に、もしくは無意識的にたくさんの行き詰った問題を抱えている。それらの問題はある日ふとしたことで発見的に繋がるときがあるの。それまでは放っておけばいい。それで寿命がくるならその程度の問題だったってこと」
 基本的に人から教えられることは分からないことが多い。ただ、こうして具体例に直面すると理解できることがある。だから僕は流田さんの言葉の通り、その瞬間がくるまでこの問題を保留することにした。どうしても考えなければいけないことなら明日も考えているだろう。
 そう一人納得して、また廊下を歩きだす。
 すると、前の方からピンポン玉の音が聞こえてきた。僕はあたりを見回す。
 スポーツエリアではない。リラクゼーションエリアだろうか。となると温泉付近に来ているのだろう。
 僕は気になって誰だろうかと覗いてみる。そこには相変わらずグレーの寝間着姿の大川さんと、黒にピンクのラインが入ったジャージ姿の佐伯さんがいた。
 そして卓球台を挟み向かい合う二人。
 ネットの上をピンポン玉が行き交う。試合は一見、白熱しているように見えた。
 集中しているところ水を差してしまうと申し訳ない。そう思って、僕は静かに去ろうと決める。
 けれどラリーの途中でありながら、大川さんと目が合ってしまったのだ。僕はよそ見をして見事に空振りをする大川さんを見た。
 十台はあるだろう卓球スペース。ボールがどこかへ転がって行く音が聞こえてくる。
「歩田くん」と呼ばれる。
 僕は苦笑して「ええと、なんでしょうか」と尋ねた。
 もっとも、そう聞かなくても続く言葉はだいたい想像できるけれど。
 案の定、「ちょうどよかった。得点がかりしてくれないかな」とラケットで手招きされるのだった。
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登場人物紹介

歩田悟。館を徘徊する人。

嬉野祐介。館に閉じ込められた大学生。歩田と同じ歳。

猫飼可優。執事。いつも何かしている。

屋敷光明。引きこもり。特に何もしていない。

大川ひすい。マッサージチェアが好き。

佐伯叶枝。大川によく捕まる。

椎名盟里。藤堂にメガネを壊され、コンタクトに変えさせられた。

藤堂律。夕飯が楽しみ。

流田桂花。暇つぶし。

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