5.2嬉野と歩田の画策
文字数 2,183文字
通路を行くとすぐに突き当りとなる。右を見ればそっちに通路が伸びていたので、右へと曲がった。
突き当りはこれまた暗闇だった。懐中電灯の電源を入れ、探り探りで進んでいく。どうやら正五角形の部屋に行きついたらしい。部屋内の明かりが徐々に無くなっていく。振り返ったときにはもう遅かった。僕たちはこの部屋に閉じ込められた。
「今度はなんだ?」
「とりあえず調べよう。さっきと同じかもしれない」
そう言って辺りを懐中電灯で照らし、状況を確かめた。その結果分かったのは、部屋の中央に正五角形の穴があることだった。部屋から出られそうな場所はそこしかない。試しに近づいてその深さを調べてみた。底は見えなかった。かなりの深さがあるらしい。
本当にこれだけなのか簡単に壁を調べてみる。収穫は無かった。
出口の無い部屋。そして中央の穴。メッセージは、ここから飛び降りろ。
すると嬉野が「おい、あれ見ろよ」と言った。声のしたほうを探すと嬉野は天井をライトで照らしていた。
光を追っかけ天井を見上げる。巨大な球体が左右に揺れていた。
「振り子だ」
「しかも少しずつ下がってきてないか?」
言われてみればそうかもしれなかった。気のせいかもしれないけれど、ほんのわずかに下がっているようにも見える。
「おいおいおい、どうしろって言うんだ」
僕は部屋の中央の穴を見下ろした。深さが分からない穴に飛ぼうなんて正気の沙汰じゃない。
「きっと何かあるはずだ。その何かを探すしかない」
「特に思いつくことはないぞ」
「いや、考えるよりも、試すほうがいい」
「例えば」
「壁が本当に壊れないか。どこかに扉が開くスイッチが無いか」
「任せとけ」
そう言うと僕たちは荷物を下ろして壁を手あたり次第探っていった。振り子は天井で揺れている。タイムリミットを刻む時計のようで焦らされた。
「何かあるはずなんだけど。床は?」
「今調べる」
そう思うのは館を信頼しているからだろうか。この館なら最悪には至らない。その安心感が逃げ道を探させているのは間違いなかった。しかし、本当に館は親切な場所なのだろうか? 無慈悲にここで終わることも想定されなくはなかった。
振り子は最初の位置よりも明らかに下がってきている。
とはいえ、信じるしかない。でなければ助かる道はないのだから。
そう思いながら僕はくまなく部屋を調べた。結果から言って逃げ道に繋がるような仕掛けは無かった。つまり僕たちに残された選択肢はこのまま振り子に潰されるか、穴に飛び込むかの二択だった。
「……穴に飛び込めっていうのか」
「もしこの館に情が少しでもあるなら助かる道はあるはずなんだけど」
「そうは言うが、この館が一度でも情けを見せたことがあったか?」
「無い。僕たちが生かされている事実だけが唯一の親切かもしれない」
もっとも、それ以上に何を求めるのかという話ではあるのだけれど。今はそんなことを考えている場合ではない。穴に飛び込むか、飛び込まないか。その決断を迫られている。
「選択肢は、無いか」
言い換えれば一つはあるということだ。もし館が僕たちを生かすつもりなら生存の道はこの一通りだけだった。
僕はせめて深さを知るために物を投げ込み音を聞こうと考える。
「嬉野、今から穴に向かってこの荷物を投げ捨てるけど、異存はないよね」
「ああ、こうなるとそれしかない。むしろ俺のも投げるべきだと思う。最悪飛び降りた先でクッションになれば生存率も高くなる」
もっともな意見だった。真下に落とせば荷物がクッションになる。それが最善のように思えてきた。
僕はリュックを下ろし、穴へと落とす。音は、しかし聞こえてきたのは紙の破れる音だった。
予期せぬ音に一瞬思考が停止する。何事か理解したのはそれからすぐのこと。
「トリックアート?」
目を凝らしてみればすぐそこにスポンジのようなものが敷き詰められているのが分かった。先が見通せないほど深い穴だと思っていたけれど、その逆でとてつもなく浅い穴だったらしい。
嬉野は動揺を隠しながら「なんだよ、驚かせやがって。子どもだましか。決まりだ。決まり。館は俺たちを使って遊んでやがる」と言った。
僕は天井を見て振り子の位置を確認する。もう目の前だった。
「嬉野、早く。時間がない」
安心している暇はない。僕はそう急かせて穴へと飛び込んだ。
次の瞬間クッションブロックにまみれる。膝に当たった痛みはリュックだろうか。助かったらしい。視界は柔らかいもので塞がれていた。次は何をすればいいのだろう?この中で移動するのは難しく泳ぐようにスポンジを掻き分ける。
すると、地面が上昇してくるのが分かった。片方だけが上昇しているようで、斜面が出来て、やがて僕は滑り台のように滑り落ちた。
前傾姿勢で掻き分けていたから、頭からダイブするように落ちていく。嬉野は足から滑り降りたらしい。先に止まっていて、その横に流れ着いた。一番滑ったのは荷物のようで、僕たちの先を転がっていた。
立ち上がって膝をさする。前方の様子を確かめた。
「まだ続くのか」
同感だった。この場所からソファなどが置かれている部屋が見えていた。
ここまでくると議論をするまでもない。僕たちは館の悪意に巻き込まれたのだ。抗うしかない。その事実が向かっていく動機となった。嬉野も黙って立ち上がり、荷物を担いで部屋へと歩いていった。
突き当りはこれまた暗闇だった。懐中電灯の電源を入れ、探り探りで進んでいく。どうやら正五角形の部屋に行きついたらしい。部屋内の明かりが徐々に無くなっていく。振り返ったときにはもう遅かった。僕たちはこの部屋に閉じ込められた。
「今度はなんだ?」
「とりあえず調べよう。さっきと同じかもしれない」
そう言って辺りを懐中電灯で照らし、状況を確かめた。その結果分かったのは、部屋の中央に正五角形の穴があることだった。部屋から出られそうな場所はそこしかない。試しに近づいてその深さを調べてみた。底は見えなかった。かなりの深さがあるらしい。
本当にこれだけなのか簡単に壁を調べてみる。収穫は無かった。
出口の無い部屋。そして中央の穴。メッセージは、ここから飛び降りろ。
すると嬉野が「おい、あれ見ろよ」と言った。声のしたほうを探すと嬉野は天井をライトで照らしていた。
光を追っかけ天井を見上げる。巨大な球体が左右に揺れていた。
「振り子だ」
「しかも少しずつ下がってきてないか?」
言われてみればそうかもしれなかった。気のせいかもしれないけれど、ほんのわずかに下がっているようにも見える。
「おいおいおい、どうしろって言うんだ」
僕は部屋の中央の穴を見下ろした。深さが分からない穴に飛ぼうなんて正気の沙汰じゃない。
「きっと何かあるはずだ。その何かを探すしかない」
「特に思いつくことはないぞ」
「いや、考えるよりも、試すほうがいい」
「例えば」
「壁が本当に壊れないか。どこかに扉が開くスイッチが無いか」
「任せとけ」
そう言うと僕たちは荷物を下ろして壁を手あたり次第探っていった。振り子は天井で揺れている。タイムリミットを刻む時計のようで焦らされた。
「何かあるはずなんだけど。床は?」
「今調べる」
そう思うのは館を信頼しているからだろうか。この館なら最悪には至らない。その安心感が逃げ道を探させているのは間違いなかった。しかし、本当に館は親切な場所なのだろうか? 無慈悲にここで終わることも想定されなくはなかった。
振り子は最初の位置よりも明らかに下がってきている。
とはいえ、信じるしかない。でなければ助かる道はないのだから。
そう思いながら僕はくまなく部屋を調べた。結果から言って逃げ道に繋がるような仕掛けは無かった。つまり僕たちに残された選択肢はこのまま振り子に潰されるか、穴に飛び込むかの二択だった。
「……穴に飛び込めっていうのか」
「もしこの館に情が少しでもあるなら助かる道はあるはずなんだけど」
「そうは言うが、この館が一度でも情けを見せたことがあったか?」
「無い。僕たちが生かされている事実だけが唯一の親切かもしれない」
もっとも、それ以上に何を求めるのかという話ではあるのだけれど。今はそんなことを考えている場合ではない。穴に飛び込むか、飛び込まないか。その決断を迫られている。
「選択肢は、無いか」
言い換えれば一つはあるということだ。もし館が僕たちを生かすつもりなら生存の道はこの一通りだけだった。
僕はせめて深さを知るために物を投げ込み音を聞こうと考える。
「嬉野、今から穴に向かってこの荷物を投げ捨てるけど、異存はないよね」
「ああ、こうなるとそれしかない。むしろ俺のも投げるべきだと思う。最悪飛び降りた先でクッションになれば生存率も高くなる」
もっともな意見だった。真下に落とせば荷物がクッションになる。それが最善のように思えてきた。
僕はリュックを下ろし、穴へと落とす。音は、しかし聞こえてきたのは紙の破れる音だった。
予期せぬ音に一瞬思考が停止する。何事か理解したのはそれからすぐのこと。
「トリックアート?」
目を凝らしてみればすぐそこにスポンジのようなものが敷き詰められているのが分かった。先が見通せないほど深い穴だと思っていたけれど、その逆でとてつもなく浅い穴だったらしい。
嬉野は動揺を隠しながら「なんだよ、驚かせやがって。子どもだましか。決まりだ。決まり。館は俺たちを使って遊んでやがる」と言った。
僕は天井を見て振り子の位置を確認する。もう目の前だった。
「嬉野、早く。時間がない」
安心している暇はない。僕はそう急かせて穴へと飛び込んだ。
次の瞬間クッションブロックにまみれる。膝に当たった痛みはリュックだろうか。助かったらしい。視界は柔らかいもので塞がれていた。次は何をすればいいのだろう?この中で移動するのは難しく泳ぐようにスポンジを掻き分ける。
すると、地面が上昇してくるのが分かった。片方だけが上昇しているようで、斜面が出来て、やがて僕は滑り台のように滑り落ちた。
前傾姿勢で掻き分けていたから、頭からダイブするように落ちていく。嬉野は足から滑り降りたらしい。先に止まっていて、その横に流れ着いた。一番滑ったのは荷物のようで、僕たちの先を転がっていた。
立ち上がって膝をさする。前方の様子を確かめた。
「まだ続くのか」
同感だった。この場所からソファなどが置かれている部屋が見えていた。
ここまでくると議論をするまでもない。僕たちは館の悪意に巻き込まれたのだ。抗うしかない。その事実が向かっていく動機となった。嬉野も黙って立ち上がり、荷物を担いで部屋へと歩いていった。