4.1ある日の大川と歩田

文字数 3,335文字

4.

 レストランを後にした僕たちは真っすぐと部屋へと向かった。自室の一階にはエレベーターがあり、二階と三階が部屋になっている。
 基本的に僕は二階で過ごしていた。それもベッドだけの部屋で、寝るか読書をする以外にこの部屋を使っていなかった。
「へえ、本当に何も無いんだね」
 そう言いながら大川さんはベッドだけの部屋をきょろきょろと見回す。
 当初はこの部屋に来る予定は無かった。大川さんに泊めて欲しいと言われ、それなら三階が空いていると、そこに泊まってもらおうと考えていた。
 けれど、僕の私生活に大川さんが興味を惹かれたようで、僕たちは二階の部屋に一度訪れた。
 大川さんが部屋の真ん中まで歩いていき振り返る。後を付いていっていた僕は立ち止まった。
「こんな部屋だと普段は何して過ごしているのかな」
「寝るか、本を読むか……それ以外は特にしていないと思います。暇な時は外に出てますし」
「通りで。歩田くんとのエンカウント率が高いわけだね」
 そうして捕まる。館内で大川さんに遭遇すると十中八九どこかに連れていかれた。
「ほら、君ってあまり自分のことを話さないから。気になるんだよ。どう過ごして、何が好きなのかって。で、食べ物とかだと何が好きなの」
 僕はその質問を真剣に考える。
 好きな食べ物……苦手な質問だった。これといって思いつかない。
「甘い物とか好きですよ。ただ一番ってなると……」
 僕は苦笑する。
「嫌いな食べ物はほとんどないと思います。バカ舌って言うんですか。なんでも美味しく食べるんだと思います」
「確かにイメージあるよね。丸いっていうか、角がないっていうか。小説とかも雑食なんだっけ? 私はミステリーしか読まないけど」
「そう言われると傾向が無いかもしれません」
 文章ならなんでも喜んで読むタイプなのだろう。芋づる式に読むときもあるし、タイトルで決めることもある。冒頭、あらすじ、表紙、あとがき、評価で選んでいることもあるので、結局はそのときの気分だった。
 もっとも、この館に閉じ込められてからはリサーチができないので、本を選ぶときも適当に選んでいた。
 ベッドの下から掃除ロボットが出てくる。どこに行ったのかと思っていたけれど、ベッドの下に隠れていたらしい。
「歩田くんもこの子走らせてるんだ」
「便利ですよね」
「うちの子は最近調子が悪いけどね」
 そう言って大川さんはタッチパネルへと近づいて行く。覗き込んで、画面をタップした。
「知らなかった。他の人のタッチパネルを触ると権限が無いって言われるんだね」
「利用者登録をすると使えるようにはなるみたいです。登録しますか?」
「いや、いいかな。そこまでする必要はないと思う」
 大川さんはまたどこかに向かって歩き出した。今度は三階に向かうらしい。
「上、行こうか」と二階の部屋を後にした。
 自室の三階には実を言うとほとんど来たことが無かった。一切使用していない部屋なので、かなり昔に一度だけ内装を見に来たぐらいだった。
 随分と放置されていたとはいえ埃はないらしい。綺麗な状態が保たれている。
「好きに使ってください」
「悪いね」
 そう言いながら僕はタッチパネルへと向かう。後から大川さんもついてきた。オーダーの画面を開いてインテリアを表示させる。横から大川さんが画面を覗き込んできた。
「言ってくれればなんでもオーダーしますよ」
「ありがとう。まずはベッド、かな」
 僕はベッドの一覧を選択する。
「特にこだわりは無いんだけど、せっかくだから良いやつがいいな。そう言えば歩田くんの使ってたベッドって」
「これだったと思います」と左上、つまり一覧の最初にあるやつを指さした。
「やっぱり。そうじゃないかなって思った。本当に好みが無いよね。どうせ選ぶのが面倒で一番最初にあったやつを選んだんじゃない?」
「さすがに、そこまで適当じゃないです」
「ふうん?」
 疑うことを隠さない顔で大川さんは見てくる。
 そう言われると自信が無くなってきた。僕としてはざっと目を通して選んだつもりだけれど、どれも同じに見えたのは事実だ。とはいえ、寝心地が悪かったら変えることはする。たまたま最初に目について、たまたま眠れたから、今のベッドを使っているに過ぎなかった。好みが無いというのは大袈裟だ。
「そんなことよりも、どれにしますか」
「どうしようか。こういうときって値段があると分かりやすいんだけど」
 言われてみるとそうだった。価値判断として高価なほど質がいいという先入観がある。それはある意味で正しく、ある意味で間違いだけれど、とにかく高ければ高いほど上質になるという法則はあるように思う。
「展示場で見てきてもいいですけど」
「行くなら明日かな。今日は疲れたから、とりあえず無難そうなやつで。もちろん歩田くんも来るよね?」
「……今回だけですよ」
「いつも言ってるよね、その言葉」
 そういう訳で明日の予定が埋まる。
 僕はベッドのページをスクロールして二ページ目を表示させた。すると大川さんが「あ、これにしようかな」と指をさした。けれど「やっぱり違うかな」と言って手を引っ込める。それが何回か続いた。そうしてようやく選ばれたのは柔らかく弾力のありそうなベッドだった。
 壁が割れて二台のロボットがベッドを運んで出てきた。タッチパネルには設置場所の指定画面が表示されている。大川さんが「この辺かな」と言ったので、僕は場所を指定した。
 次に開いたのはテーブルのページ。そうして家具類を次々とオーダーしていった。
 部屋が完成する。壁紙まで張り替えられたのは知らなかった。二階の部屋は殺風景だけれど、この部屋は暖色で落ち着いた雰囲気の部屋になった。
 ただ一点だけ気になったことがあったので大川さんに聞いてみた。
「水槽の中に水しかありませんけど、生き物を飼ったりはしないんですか?」
「無理じゃないかな。私にはびっくりするほど向いていないから」
 そう言って大川さんは自虐するような微妙な笑みを浮かべた。
「要するに責任の問題だよ。昔のことだけど観葉植物、ドラセナだったかな、を買ったことがあって、途中まではちゃんと水も与えて、たまに栄養もあげてたんだけど、最終的には人にあげちゃったことがあったんだ。そのときに、あ、私って動物を買っちゃいけないんだなって悟ったことがあってさ。植物も一応は生き物だから、放置して枯らせちゃうのもできないし、だから熱帯魚とかってなると、猶更そんな責任は私には負えない」
「それならこの水槽は」
 水槽の中には水が入っていており循環器も静かに作動している。ただ魚だけがいなかった。
「歩田くんの言いたいことは分かるよ。本来の使い方とは違うからね。水の音、好きなんだ」
「ああ、なるほど」
 僕も雨の音は好きだった。水は人に安らぎを与えてくれる。たまに心が物足りないとき、隙間を埋めてくれるのが水の音だった。
「本当は滝とかだと違和感は無いんだろうけど。昔からの習慣ってやつだよ。友達に滝が欲しいって相談したら猛反対されたことがあってさ。今思うと大きな滝のことを想像していたのかなって思わないでもないけど、それでしぶしぶ買ったのが水槽ってわけ」
「そうだったんですね。確かに昔から続けていたことって急に変えられると落ち着かないことってありますよね」
 そうして僕は水槽から興味を外した。
 僕はざっと部屋を見回す。
「とりあえず部屋は完成しましたけど、このあとは」
「今日はゆっくりして過ごそうかな」
 そう言って大川さんは顔からぎこちない動きでソファに倒れ込む。昨日のことがなかったら勢いよく飛び込んでいそうなところだった。
 大川さんは手足を伸ばしソファに顔をうずめている。それから顔だけを上げて
「そうだ、歩田くん」
と言った。
「なんですか?」
「食事だけ用意してくれると助かるな」
「いいですよ。嫌いな物とかアレルギーとかはありませんか?」
「特になし。でも、海外の香辛料とかは苦手なものがあるから、変わったものじゃなかったら嬉しい」
「分かりました」
 そうして僕は自分の部屋に戻ることにした。
 僕はヘッドで横になる。上の階に大川さんがいることを思うとなんだか落ち着かない。これも慣れなのかなと、そう思って僕は昼寝した。
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登場人物紹介

歩田悟。館を徘徊する人。

嬉野祐介。館に閉じ込められた大学生。歩田と同じ歳。

猫飼可優。執事。いつも何かしている。

屋敷光明。引きこもり。特に何もしていない。

大川ひすい。マッサージチェアが好き。

佐伯叶枝。大川によく捕まる。

椎名盟里。藤堂にメガネを壊され、コンタクトに変えさせられた。

藤堂律。夕飯が楽しみ。

流田桂花。暇つぶし。

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