3.2ある日の大川と歩田

文字数 2,310文字

「その前に飲み物を注文しようか。お願いしてもいいかな」
 そう言われたので僕はタッチパネルを取ってドリンクのメニューを開いた。
「何にしますか」
「アールグレイで」
 僕はそれと一緒に砂糖入りのコーヒーを頼むことにした。
 間もなくロボットが台に乗せて飲み物を運んできた。ついでに食べ終わった皿を持って行ってもらう。
 コーヒーを一口飲んだ。甘いものが体へ溶け込むように入っていく。
「答え合わせだね」
 そう言って大川さんはアールグレイを少し飲んだ。
「まずは昨日のことから……と言いたいところだけど、その前に歩田くんの話が聞きたいな。ずっと考えていたよね。私たちが何をしたのか、君はどう解釈しているのかな」
 僕は「ええ、まあ」と大川さんの「考えないこと」という言葉を思い出しながらそう言った。
「できる範囲のことでよければ……」
 どう解釈したのか。一度推理したことを思い出す。
 まずは昨日ことから。昨日は館を壊したのだ。特に壁を中心に。
「僕たちは昨日、館の壁を壊しました」
 大川さんは(うなず)く。
「僕が壁を壊して、大川さんが残骸を運んでいく。最初はこのことについて特に考えることはありませんでした。ただ、改めて考えてみると、これってちょっと変ですよね。もし壁の向こう側を知りたいのであれば残骸は無視できるはずです。つまりその下に何かがあって、大川さんはそれを探していた」
「その通りだよ。よく観察しているね」
 大川さんは強い肯定を示すようにゆっくりと頷いた。
「でも、何を探していたのかな」と続ける。
「正直、今も確信は持てていませんが、これって音を探知する装置を探していたのではないでしょうか」
「へえ……そっか。半分は正解だけど」
 僕はそれを聞いて、やっぱり、と思った。この問題は二択なのだ。だからもう半分の可能性も考えてはいた。ただ、その可能性は意味が分からなかった。今更、推理を変える暇はない。
「なるほど、だから歩田くんは答えに辿り着けなかったんだ」
 大川さんは頬杖をついて、人差し指で頬を叩いていた。
「ちなみにその考察だとどんな結論が得られるのかな」
 僕は今までの得られた情報を持てる限りの力でまとめにかかった。
「結論からいえばよく分かっていません。僕が分かっているのは人間関係に秩序が必要だということだけです」
「ふうん?」
「見知ったことだけで話しますけど。今日の中で不思議なことが三つありました。一つ目はアイマスク。二つ目はデート。三つ目はロボットの登場」
 大雑把にまとめるとこの三つになるのだろう。そして小さな疑問が付随してくる。
「まずはアイマスクについて。僕はこれを情報の遮断だと捉えました。人は視覚から多くの情報を得ます。これを遮断させることで心理状態を不安定にさせられます」
「面白い話だね。続けて」
「次はデートについて。最初は意味がよく分かりませんでした。何をしているのか。ただ、アイマスクの効果もあって僕は大川さんに過剰に意識が向けられることになります。そして、考えないこと、というヒント。つまり本能に従え。僕は偽装恋愛だろうと見当をつけました」
 大川さんの指が止まり優しさのある微笑を見せる。
 また指が動き出した。
「それで?」
「三つ目です。ロボットが尾行を始めました。アイマスクをして偽装恋愛をすればロボットが邪魔をしに来る。ここから館が住民に深い繋がりができることを嫌ったのだと推測できます」
「なるほど、筋は通っているんじゃないかな」
「ただ、どうしても引っかかることがあります」
 そう、たった一つの謎。この謎のせいでこれまでの仮説が否定されているような気がするのだ。何度考えても壊せない障壁。いったい僕は何が分かっていないのだろうか。そう思いながら話を続ける。
「どうしてロボットが現れたのか。これは大川さんにも投げかけられた疑問です。この謎だけがどうしても分かりませんでした。なぜって、僕たちが壊した壁から何も見つからなかったからです。つまり、音を拾う装置は無い。けれど、ロボットは大川さんとの会話を探知する術があった」
 これだった。この矛盾のせいで解決できなかった。ロボットはどこから僕たちのことを知ったのか。
 「だから」と僕は続ける。
「僕の結論はこうです。館は僕たちが深い関係になることを嫌っている。これはロボットが現れたことから事実です。ただ、なぜロボットがそれを察知できるのか、その理屈までは分かりません。中途半端ですけど、これが僕の回答になります」
 そう言い切ると大川さんはアールグレイを静かに飲んだ。僕も手が寂しくなって微糖のコーヒーを飲んだ。
 二つのカップがテーブルに置かれる。
「うん、惜しいところもあったと思うよ。けど、あることが分かっていないせいで、大きく道を踏み外したね」
「やっぱりそうですよね」と僕は落胆する。
 ただ、何が分かっていないのかは気になる。難しい話だった、だけでは終わりたくない。納得をしないといつまでも引きずるのだろう。だから大川さんに質問してみることにした。
「大川さん」
「なに?」
「今の話、どこが間違っていますか?」
 すると大川さんは言った。
「そうだね。例えばどうしてここにロボットがいないのかな。もし二人の仲を離れさせたいのなら、ここまで付いてくると思わない?」
 僕は周囲を観察し、金縛りにあったかのような衝撃を受ける。確かにそうだった。もしこの話が正解なら、アイマスクを外した時点でロボットがこの場所にいないとおかしい。
 けれど実際はどうか。ロボットはいなかった。つまり考えと矛盾する。
 僕はどうなっているのか考えた。分かるはずもない。何が分からないのか、そこが分からないのだから。
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登場人物紹介

歩田悟。館を徘徊する人。

嬉野祐介。館に閉じ込められた大学生。歩田と同じ歳。

猫飼可優。執事。いつも何かしている。

屋敷光明。引きこもり。特に何もしていない。

大川ひすい。マッサージチェアが好き。

佐伯叶枝。大川によく捕まる。

椎名盟里。藤堂にメガネを壊され、コンタクトに変えさせられた。

藤堂律。夕飯が楽しみ。

流田桂花。暇つぶし。

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