1.2佐伯と歩田の試み
文字数 1,758文字
大川さんの要望に了承した僕は二人がゲームする卓球台に向かった。それを確認した大川さんはきょろきょろと転がって行ったピンポン玉の行方を探しに行った。
きょとんとする佐伯さんに「いいんですか?」と聞かれる。
「ええ、まあ。予定も無いので」と僕。
「でも、することはあるんですよね?」
「あって無いようなものですけどね」
「あって無いようなもの……」
佐伯さんの表情が曇るのが分かる。
「暇ってことです」
その一言で晴れた。
そして遠くから「あまり叶枝を困らせちゃダメだよ」と注意される。館内はいつも静かなので離れていても話している内容が聞こえるのだろう。次には「あ、ここか」と玉を見つけたらしい言葉が続いた。
大川さんが腕まくりをしながらオレンジのピンポン玉を持って戻ってきた。さっきの話はまだ続くらしい。
「そうは言うけどさ、君は好きでここに来ているんだよね?」
そう言って、そんなはずがないことに対して、同意を得ようとするかのように尋ねられる。
「……そうなんですか?」と佐伯さん。
「たまたまだと思います」
僕は目を細める大川さんに見つめられた。真実を見抜こうとするでもなく、面白がるわけでもなく、ただ真っすぐと。
そして興味を無くしたように大川さんは表情を緩ませて、視線だけを佐伯さんに向けた。
「……ああ言っているけど、歩田くんって結構理不尽が好きなんだよ」
口元にラケットで壁を作り、噂話のような小さな声で。
「隠す気ないですよね?」
僕はそう言って苦笑した。
耳打ちをするときは掌で壁を作って、今ならラケットで声をひそめるけれど、大川さんは耳から距離を取って、というか卓球台を挟んで、低音の残る声で囁いた。
佐伯さんは佐伯さんで面白がっているらしい。丸い眼で「ええと」と、僕と大川さんを交互に見ている。
「ここにいるってことが動かぬ証拠じゃないかな。人は学習する生き物だ。危険なことからは逃げるし、安全なところには行って離れない。君は私にリラクゼーションエリアで何回捕まったのかな? ……何回?」
そう脅すように問われたので、苦し紛れに「……数えきれないほどだと思います」と僕は答える。
欲しい回答が得られたのだろう。「叶枝、つまりそういうこと。これが学習なんだ」と大川さんは終止符を打った。
それを聞いた佐伯さんは、面白がってはいるけれど、流石に困惑しているらしい。「え、ええ」と言って横目でしかこっちを見てこない。
僕のほうも自分の行動を冷静に分析され、何とも言えなくなる。見れば、大川さんもどういうわけか口を曲げていた。微妙な空気。二人の視線が集まってくる。まるでその犯人が僕にあるかのうようだった。
……いや、この中に被害者のふりをする犯人がいるからなのだけれど。
ため息を隠すように肩で一つ大きな息をする。それを指摘しても仕方がない。僕はそう折れることにして「卓球しませんか?」と話を切り替えた。
佐伯さんも「そうですね、やりましょう」と乗ってくる。最後に大川さんも「そうだね」と賛同した。
さっきまでの白熱した試合はどうやら佐伯さんが優位にゲームを進めていたらしい。僕が来たことで中断されたゲームを、大川さんが「じゃゼロ対ゼロからだね」とさりげなく振り出しに戻そうとして、佐伯さんが「いくらひーちゃんだからって許しませんよ」と異を唱えた。
「でも、せっかく歩田くんが来てくれたんだから、最初から始めないとダメじゃないかな」
「いえ、僕はぜんぜん続行してくれて構いませんけど」
「知ってる? 卓球って十一点マッチなんだけど」
「それがどうかしましたか?」
そう聞くと佐伯さんが教えてくれた。
「私が十点で大川さんが五点なんです」
僕は大川さんを責めるつもりで見る。
「戯言だけどね、って言ってみる」
「便利ですよね、その言葉」
「謝罪の最高級品だからね」
「誠意なき、の注釈をつけてください」
まあ、これも一度は使ってみたい言葉ランキング、ミステリー編を募集すればトップテンには入ってくる言葉なのだろう。だから使いたくなるのは分かるけど。
「とりあえずゲームを再開という形で始めましょうか」
「二対一ですよ」
「しょうがない」
というわけで十対五からゲームを再開した。そしてこのゲームの勝敗は呆気なくついて、十一対五で終了することとなった。
きょとんとする佐伯さんに「いいんですか?」と聞かれる。
「ええ、まあ。予定も無いので」と僕。
「でも、することはあるんですよね?」
「あって無いようなものですけどね」
「あって無いようなもの……」
佐伯さんの表情が曇るのが分かる。
「暇ってことです」
その一言で晴れた。
そして遠くから「あまり叶枝を困らせちゃダメだよ」と注意される。館内はいつも静かなので離れていても話している内容が聞こえるのだろう。次には「あ、ここか」と玉を見つけたらしい言葉が続いた。
大川さんが腕まくりをしながらオレンジのピンポン玉を持って戻ってきた。さっきの話はまだ続くらしい。
「そうは言うけどさ、君は好きでここに来ているんだよね?」
そう言って、そんなはずがないことに対して、同意を得ようとするかのように尋ねられる。
「……そうなんですか?」と佐伯さん。
「たまたまだと思います」
僕は目を細める大川さんに見つめられた。真実を見抜こうとするでもなく、面白がるわけでもなく、ただ真っすぐと。
そして興味を無くしたように大川さんは表情を緩ませて、視線だけを佐伯さんに向けた。
「……ああ言っているけど、歩田くんって結構理不尽が好きなんだよ」
口元にラケットで壁を作り、噂話のような小さな声で。
「隠す気ないですよね?」
僕はそう言って苦笑した。
耳打ちをするときは掌で壁を作って、今ならラケットで声をひそめるけれど、大川さんは耳から距離を取って、というか卓球台を挟んで、低音の残る声で囁いた。
佐伯さんは佐伯さんで面白がっているらしい。丸い眼で「ええと」と、僕と大川さんを交互に見ている。
「ここにいるってことが動かぬ証拠じゃないかな。人は学習する生き物だ。危険なことからは逃げるし、安全なところには行って離れない。君は私にリラクゼーションエリアで何回捕まったのかな? ……何回?」
そう脅すように問われたので、苦し紛れに「……数えきれないほどだと思います」と僕は答える。
欲しい回答が得られたのだろう。「叶枝、つまりそういうこと。これが学習なんだ」と大川さんは終止符を打った。
それを聞いた佐伯さんは、面白がってはいるけれど、流石に困惑しているらしい。「え、ええ」と言って横目でしかこっちを見てこない。
僕のほうも自分の行動を冷静に分析され、何とも言えなくなる。見れば、大川さんもどういうわけか口を曲げていた。微妙な空気。二人の視線が集まってくる。まるでその犯人が僕にあるかのうようだった。
……いや、この中に被害者のふりをする犯人がいるからなのだけれど。
ため息を隠すように肩で一つ大きな息をする。それを指摘しても仕方がない。僕はそう折れることにして「卓球しませんか?」と話を切り替えた。
佐伯さんも「そうですね、やりましょう」と乗ってくる。最後に大川さんも「そうだね」と賛同した。
さっきまでの白熱した試合はどうやら佐伯さんが優位にゲームを進めていたらしい。僕が来たことで中断されたゲームを、大川さんが「じゃゼロ対ゼロからだね」とさりげなく振り出しに戻そうとして、佐伯さんが「いくらひーちゃんだからって許しませんよ」と異を唱えた。
「でも、せっかく歩田くんが来てくれたんだから、最初から始めないとダメじゃないかな」
「いえ、僕はぜんぜん続行してくれて構いませんけど」
「知ってる? 卓球って十一点マッチなんだけど」
「それがどうかしましたか?」
そう聞くと佐伯さんが教えてくれた。
「私が十点で大川さんが五点なんです」
僕は大川さんを責めるつもりで見る。
「戯言だけどね、って言ってみる」
「便利ですよね、その言葉」
「謝罪の最高級品だからね」
「誠意なき、の注釈をつけてください」
まあ、これも一度は使ってみたい言葉ランキング、ミステリー編を募集すればトップテンには入ってくる言葉なのだろう。だから使いたくなるのは分かるけど。
「とりあえずゲームを再開という形で始めましょうか」
「二対一ですよ」
「しょうがない」
というわけで十対五からゲームを再開した。そしてこのゲームの勝敗は呆気なくついて、十一対五で終了することとなった。