1.3嬉野と歩田の画策

文字数 2,259文字

 嬉野が戻ってきたときにはコーヒーは飲める熱さになっていた。といっても嬉野の戻りが遅かったわけではなく、案外即答だったらしい。持ってきたのはお茶だった。
「ん? アイスティー」
 そう言って嬉野は縦長のコップを横に揺らす。
 僕は「うん」とだけ答えた。
 嬉野は頭に両手を回し、椅子の前足を浮かせて座った。それから「本題だよな」と誰に向けるわけでもなく呟いた。
 カタンと音がする。
 椅子の前足が地面についた音だろう。
「ああ、難しいな。なあ、ある程度は予想がついているんじゃないか?」
「まあ、ある程度は。可能性は二つかな」
「上等。俺は説明が下手だから状況整理なんて器用なことは話せないが、要するにだ、この館について、話したいことがある」
「何かを思いついて呼び出されたわけだ」
 嬉野は「まあな」と言った。それを聞き、僕は二つあった可能性のうち一つに絞って話を追うことにした。もう一つは今日一日の有意義な過ごし方について考える、なんて平和な話だったのだけれど。
 氷を鳴らしながら嬉野はアイスティーを飲む。
「ところで俺たちの目的ってなんだ?」
「この館にいる理由を明らかにすることだね」
「そう。俺たちは理由も知らされずにこの場所に閉じ込められた。だから僕たちこの館を探ってその理由を明らかにしようとしているんだ。だが、情報があるのかないのか、分かりやすい証拠が出てこないときた」
 それが会議の進行を妨げる最たる要因だった。前回の会議もここから先に進めずに終わった。
「そこで俺たちは仮説を立てて検証することにした」
「それが与えられた自由だからね」
 そう、僕たちは考える自由だけは与えられていた。自由は拘束と相反する位置にある。常識がなければ非常識が存在しないように、拘束あってこその自由であり、ここでの生活の自由は何でも与えられ拘束なき自由なのだから、本当の自由とは言えない。僕たちの不自由はここに閉じ込められた理由であり、僕たちの自由はそれを考えることだった。
「脱出ゲーム」
 そう嬉野は一言だけ呟いた。
 何を言いたいのかはその一言だけで十分だった。
 つまり、この館は脱出ゲームの会場として存在していると言ったのだ。
「脱出ゲーム、か。確かにそれなら説明がなくても自発的に行動させられるのかもしれない」
「どれぐらい妥当だと考える?」
「それなりにってところじゃないかな。ゲームなら賞金が出るはずだから、賞金のためって動機ならここに閉じ込められているのにも納得がいく」
「そう、そこだ。賞金があるから俺たちは参加した」
 もっとも、賞金のために誰がどんな理由で参加したのかは分からない。しかし、お金が貰えるといって受け取らない人はいないだろう。これならここに九人の人間が集まったのにも納得はできる。
「ところで歩田、脱出ゲームはやったことあるか?」
「少しだけなら」
「なら、ルール説明はいらないよな。何をすべきかはだいたい分かるだろ?」
「まあ、うん。とりあえず落ちいてるものを片っ端から拾っていくんだっけ」
「そっちかあ……。そういやああいったゲームってなんでもかんでも拾っていくイメージがあるよな。で、たまに意味の分からないところに意味の分からないものとか落ちてたりするんだ」
「そんなものは――」
「無い。少なくとも聞いたことはない。そもそもインベントリがないだろ」
「インベントリ?」
「拾った道具をしまえる場所のことだよ。現実の俺達にはそれがない。それどころか拾いたい放題だ」
「そうだ、持っていこうと思えばこの机だって持っていける」
「脱出の道具としても、武器としても三流だな。お鍋の蓋のほうがまだ使えるだろう」
 おなべのふた……そういえば盾としてそんなものがあっただろうか。そっち方面の知識は疎かった。
「まだ気づかないか? なあ、ほら、引っかかるものがあるだろ。まだ開けていない箱が」
 僕は考え「……十番目の扉」と独り言のように言った。
「そう、それだ。この館の不自然なものの一つだ」
 この館には九人の人が閉じ込められている。そしてそれぞれに個室が与えられ、それらは中心に位置する正五角形の棟にあった。一辺に二つの扉があるあの広場のことだ。扉は合計して十ある。これは閉じ込められた人間よりも一つ多い数字だった。不自然と言えば不自然。開かずの扉。
 ただこのフードコートの席数のように意味が無いと言えば意味はない。ただ、気にはなっていた。あの扉の向こうにいったい何があるのか。それを知りたい気持ちはあった。
「ということは、まだ他にも不思議が?」
「ああ。このエリアにあるんだよ。もう一つ扉が」
「へえ、初耳だけど」
「景品交換所の隣にあるからな。きっと景品の一つだろうと思って報告はしていない」
「そういえば景品交換を調べてなかった」
 ゲームは正直得意ではない。そっち方面は出来る人に任せていた。しかし一度は見ておいた方が良かったことも事実だった。扉があるなんて今まで知らなかった。
「もしこの扉が景品交換じゃなかった場合、ただただ謎の扉になるわけだ」
「もしそうならね」
 僕はコーヒーを飲みながら本当に未知の扉の場合を考える。
 これといって案は浮かんでこなかった。ゲームエリアにあるならそれに関係するものだろうけど。
「脱出ゲームとゲームエリアの相性か」
「怪しいだろ?」
「どうするつもり?」
「ん? 壊せばいいだろ」
「なるほど」
 強硬突破に出るわけだ。
「というわけで、だ。今日はこの二つの扉を破壊する。歩田には悪いが付き合ってくれ」
「話は分かった。興味もあるし、付き合うよ」
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登場人物紹介

歩田悟。館を徘徊する人。

嬉野祐介。館に閉じ込められた大学生。歩田と同じ歳。

猫飼可優。執事。いつも何かしている。

屋敷光明。引きこもり。特に何もしていない。

大川ひすい。マッサージチェアが好き。

佐伯叶枝。大川によく捕まる。

椎名盟里。藤堂にメガネを壊され、コンタクトに変えさせられた。

藤堂律。夕飯が楽しみ。

流田桂花。暇つぶし。

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