2.1嬉野と歩田の画策

文字数 2,215文字

2.

 というわけで、この館にある開かずの扉を壊すことにした僕たちは、その一つである中央広場の扉の前へと来ていた。相変わらず静かな場所で二人の足音が館に響いていった。
「この扉であってるよな?」
「多分」
 僕たちは真っ白な扉の前に立っていた。恐らく開かずの扉。
 というのも、この部屋が誰の部屋なのか僕たちには識別する術がない。自動認証で扉が開かなかった、そのことだけが自分でも嬉野でもない部屋であることを示しているだけだった。
「なんでネームプレートを作っておかなかったんだろうな。これじゃ誰の部屋か分からない」
 嬉野の嘆きももっともだった。誰かを呼びに行くとき、これでは誰がどの部屋にいるのかさえ分からなかった。逆に誰かの部屋に行き来することもほとんどなかったということでもあるのだけれど。行ったことがあるといえば掃除をしに屋敷さんの部屋に行ったぐらいだろうか。屋敷さんの部屋は確か右の方の扉だった。
「下手するとこの扉、大川さんの部屋の可能性があるね」僕はそう曖昧に言う。
「うわ、それは避けたいな」
「必要なら通話して聞いてみるけど」
「それは後でいい。今は壊す方法が先だ」
「それなら、とりあえず広場の中央まで下がろう。この瞬間に大川さんが自室から出てきたりなんかしたら最悪だ」
「歩田、下がるぞ」
 僕たちは何事も無かったかのように、広場の中央へと移動した。天窓の陰った筒からは陽気な白い雲が見えている。
「あの扉どう壊すんだろうな」
 嬉野がそう問いかけてくる。
「そもそも扉が何製かじゃないかな。あのセキュリティをもってしてハリボテってわけじゃないだろうから。どうする? 予想を裏切ってぺらっぺらの板なんかだったりしたら」
「笑うしかないだろ。いや、笑い事じゃないんだが」
「恐らく金属板は入っているだろうね」
 となると、素手では開けられないのかもしれない。何か道具を使って開けることになるのだろうけど。
「チェーンソーで壊すのか?」
「さあ。専門じゃないから」
「この件について詳しい人間って言えば……」
 嬉野がそう何かを言おうとしたときだった。会話が反響するぐらい静かな中央広場に向かって、リラクゼーションエリアの方角から談笑する声が近づいてくる。
 僕たちは顔を合わせて、嬉野は頭を、僕は頬をかいた。
 僕たちからすれば気まずい邂逅(かいこう)。通路から現れたのは藤堂さんと椎名さんだった。
「お、何してんだ? こんなところで」
 案の定、藤堂さんに興味を持たれる。よりにもよって藤堂さんか。それは嬉野も感じているところだろう。この人が現れると渦のように中央へと引き込まれる。その渦からは決して逃れられない。
「なんだ? 微妙そうな顔だな。ははあん、さては悪だくみでも企んでいたな?」
 だから会いたくなかった。何も話さなくても手に取るように分かるのが藤堂さんだった。出会った瞬間ゲームオーバー。積み上げた積み木を倒されたとでも言うのだろうか。そしてバラバラになった先で何かが出来上がっているのだ。要するに、この先、何が起こるか分からない。
 対して、椎名さんはおろおろと視線を行ったり来たりさせていた。できれば僕も目を泳がせたい気分だった。実際はそんなことできないけれど。
「この際だから教えてやるが、あたし抜きで楽しもうなんて傲慢ってえもんだ。ジョーカーの無いババ抜きなんてつまらないだろ?なあ、何しようとしてたんだ? 話せよ。ほら」
 もう一度、嬉野と顔を向け合う。最初に折れたのは嬉野の方だった。僕としてはどう転んでも良かったのだけれど。隣からため息が聞こえてくる。
「あの扉だよ」
 そう言って嬉野は壊す予定だった扉を指さした。
「あの扉を俺達で壊そうとしたんだ」
 藤堂さんはそれを聞き、不満があるのか口をへの字に曲げていた。ひょっとすると面白くなかったのかもしれない。しかし、そうではなかったようで
「むしろ、なんで今まで壊さなかったんだ?」
と難しい顔を続けていた。そして、藤堂さんの喜怒哀楽は夏の天気のようで、それが反転したのはそれからすぐのこと。「よし、あたしも混ぜてくれ」と顔を輝かせた。
 このときにはすでに僕の中で藤堂さんと椎名さんを含めたプランが確立しつつあった。とはいえ、この場の決定権は嬉野だろう。僕は嬉野の様子を窺う。嬉野としても戸惑っているらしい。目線をこちらに向けてきた。ので、僕は肩を竦めて見せた。
「歩田……お前だけは味方だと思っていた」
「今も味方のつもりだけど。役に立たないだけで」
「どうすればいいんだ? 話すのか?」
「どうだろう。壊すことだけ説明すればいいんじゃないかな。細かいことはおいておいて」
 そう言うと藤堂さんは「何の話だ? あの扉を壊すんだろ?」と割り込んでくる。無邪気な問いかけだった。こうなったら誰もかなわない。流された嬉野は
「あ、ああ。あの扉を壊すんだ。藤堂、何かいい方法はないか?」
と聞き返していた。
 藤堂さんは満足げに「おし」と頷く。それから「椎名もいいよな?」と尋ねた。椎名さんは「え? あ、はい。よく分かりませんけど」と答える。
 こうして僕たち四人は扉を壊すこととなる。三人寄ればなんとやら。では、四人なら? もっとすごいことが起こるのだろう。
「んで、あの扉を壊せさえすりゃいいんだよな?」
 自信に満ちた言葉だった。
「最終的にはそうだ。案でもあるのか?」
「いや、そんなもん蹴とばせばいいだろ」
 僕はこの先が少し不安になった。
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登場人物紹介

歩田悟。館を徘徊する人。

嬉野祐介。館に閉じ込められた大学生。歩田と同じ歳。

猫飼可優。執事。いつも何かしている。

屋敷光明。引きこもり。特に何もしていない。

大川ひすい。マッサージチェアが好き。

佐伯叶枝。大川によく捕まる。

椎名盟里。藤堂にメガネを壊され、コンタクトに変えさせられた。

藤堂律。夕飯が楽しみ。

流田桂花。暇つぶし。

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