6.2嬉野と歩田の画策
文字数 3,017文字
螺旋階段ではこの階段がどこまで続いているのかが分からない。息が切れてくると足も重くなってきた。そう言えば荷物が無かった。ここまで来て取りに帰るのも億劫だ。
珍しく先導していた僕は嬉野が付いてきているのか振り返る。付いてきているようで、息は切れているものの、嬉野はぼんやりとしながら階段を上ってきていた。
ライブが終わってから嬉野の様子がおかしい。特に階段を上がり始めてから、愚痴の一つもこぼさなかった。
すると、「なあ、歩田」と声をかけてくる。
「なに?」
「さっきのバンド、何歳ぐらいなんだろうな」
「同じ歳ぐらいだと思うけど。かなり若かったと思う」
「だよな」と嬉野は言った。何か感じたことがあったのだろう。「実はな」と続ける。
「俺も昔はバンドがしたいって思ってた時期があったんだ」
「実はもなにも、そのままの印象だけど」
そう思ったことを話すと、嬉野は「そうか?」と言った。雰囲気はギターとかが向いているんじゃないだろうか。かなり似合っていると思う。
「それも気が付けば忘れてたらしい」
迷いのある一言だった。
僕はただ黙って聞いていた。
「今思うと言い訳だったのかもしれないなって思ってな。金銭的にはありがたいことに面倒を見てくれる人がいて、進学はできたんだ。ただバンドを始めて家を空けるとなると妹が一人になるだろ?」
そういえばベルトコンベアで小さい妹がいるということを聞いたような気がする。
「それが逃げだったんだ」
「逃げ?」
僕は話しが嚙み合わないような感覚に陥る。逃げもなにも正しい選択のように思えるけど。
「多分、あのボーカル俺たちよりも年下だぜ」
「どっちかっていうとそうだろうね」
「妹がいるから分かるんだよ。同じ歳ぐらいだろうな」
「えっ?」
僕は混乱した。年下と言っても二つや三つぐらいの差でしかない。高校生かと言われるともう少し上のような気がするので、きっと大学一年生ぐらいだろう。二つ下ということになる。ということは。
「そうだよ、恥ずかしい話だが、過保護だったってことなんだろうな」
「過保護の過って最上級だっけ」
「いいだろ。蒸し返すなよ。即刻デリートってやつか? 案外便利だな」
東堂さんの得意技だった。
「それよりも歌詞は聞いたか? 親へのメッセージを歌った曲があっただろ」
「あったかもしれない」
「あの曲が相当くらってな。そうだよな、あの年齢になれば一人でも生きていけるよなってクリティカルヒット。その次にだから心配しないで自分らしく生きることを忘れるなって言ったんだ。あのとき自分に言われてるような気がしたんだ」
正直、そこまで歌詞は覚えていなかった。覚えているということはそれほど衝撃を受けたのだろう。
自分らしく生きる、か。
「で、どうするの」
すると、荷が下りたかのように嬉野は決心した表情を見せた。
「決まってるだろ。今からギターの練習を始めるんだよ」
「やっぱり」
楽器はそれだけ性格が出る。やはり嬉野の色はギターだった。
そして「館に戻ったらさっそく練習するぞ」と続ける。なぜか言葉に同意を求められているような気がした。僕は恐る恐る確認してみる。
「ええと、もしかして付き合わされるとか?」
「歩田は何するんだ?」
決定事項らしい。嬉野は話を聞いていなかった。僕はしぶしぶ「じゃベースで」と答える。
そうこうしていると螺旋階段の終わりが見えてきた。次は何が待っているのだろうか。辿り着いたのはいかにも強度のありそうな金属の扉だった。
目の前まで来ると自動的に開かれる。そして聞き馴染みのある音が聞こえてきた。
「あれ、ここって」
「まさか」
そこは館のゲームセンターだった。となると出てきた扉は、もしかして、開かずの扉ということになる。
……なるほど、今までのトラップは脱出ゲームという意味だったのかもしれない。だからゲームセンターに出てきた。
嬉野も気が付いたようで「そういうことか」と言った。
「ん? そうなると、あれはなんだったんだ?」
そして嬉野が疑問を口にした。
僕はなんのことかと考えを巡らせる。そういえば一つだけあった。
「ああ、そういえば藤堂さんのあれ……」
噂をすればなんとやら。藤堂さんと椎名さんがちょうど通りかかる。
「ああ、そういうこと」と僕は独り言をいう。
僕が納得したのは椎名さんのほうだった。見れば黒髪のインナーにピンクが入っている。かなりのイメチェンだった。恐らくコンタクトと同じく無理やり変えさせられたのだろう。大方、おそろいとか言って東堂さんの方が乗り気だったのかもしれない。藤堂さんは黒に赤のインナーが入っていた。改めて見れば二人はかなり仲がいい。もめたという話も嘘のようだった。
そして変だといえば頭を抱えている人が一人。何が起きているのかは分からない。爆発前の収縮かのように身体が震えている。起爆剤なんて必要ない。それは勝手に爆発した。
「おい、歩田、嬉野」
いわれのない怒号が飛んできた。
僕たちは逃げることも隠れることもできず閉口する。
「なんてことをしてくれたんだ? なんてことをしてくれやがったんだ? タイミングってものがあるだろ。あーもう、よりにもよってなぜ今出てきた? 馬鹿じゃないか? 馬鹿じゃなかったらアホだ。いや、その両方だからこんなことになるんだ。そうだ、そうに違いない」
そう言ってまた頭を抱えだす。
「どうしたんだ?」
「さあ」
藤堂さんの情緒不安定さは尋常ではなかった。どうしようもなくなって、僕は椎名さんに助けを求めようとする。けれど、椎名さんの視線は僕の頭上に固定されていた。
何を見ているのだろうか。僕は振り返る。
「嬉野、あれ」
そう言って扉の上にあった掲示板を指さした。
二位、嬉野祐介。三位、歩田悟、そして一位、藤堂律。
「なんだ? これ」
「多分、脱出ゲームのリザルト画面」
「それだと、藤堂の名前があるのはおかしいだろ」
「だから藤堂さんもこの脱出ゲームをクリアしたってことなんじゃないかな」
「それはない」嬉野は緊張感もなく笑った。
「俺たちゴミ箱からステージに入ったんだぜ?」
そして見事に地雷の中を激走してみせる。
「嬉野、その言葉は……」
案の定、藤堂さんの逆鱗に触れた。
「おい、お前らいいかよく聞け。死ねとは言わないが、今すぐその記憶だけは消せ。さもなければ一生あたしの前に現れるな。いや、やっぱり生かしちゃおけねえ。おい、歩田」
そう言って僕は目だけで捕らえられる。
「嬉野を捕まえろ」
命令されたので僕は嬉野の腕を捕まえた。
「歩田、あいつの言うことを聞いてどうするんだ。ここは逃げるべきだろ」
「だったら嬉野が逃げてくれないかな。命令は捕まえることだけから嬉野が逃げれば逃げられる」
「あーもう分かったよ。逃げりゃいいんだろ」
そう言って嬉野は走り出した。それに付属するような形で僕も走り出す。それを見た藤堂さんは「てめえら」と言って追いかけてこようとしてきた。
けれどそこは「ナイス椎名」ということで、椎名さんが藤堂さんの動きをいち早く止めにかかる。本気でまずいと思ったのだろう。椎名さんは藤堂さんの足にしがみついていた。それでも追いかけてこようとするのが藤堂さんだった。そのせいで盛大にこけることとなる。
僕たちはそれを見てから全力で走り出した。どこに逃げるのがいいのだろう? とにかく遠くへ行かなければならない。
僕は必死だったけれど、嬉野は楽しそうだった。
珍しく先導していた僕は嬉野が付いてきているのか振り返る。付いてきているようで、息は切れているものの、嬉野はぼんやりとしながら階段を上ってきていた。
ライブが終わってから嬉野の様子がおかしい。特に階段を上がり始めてから、愚痴の一つもこぼさなかった。
すると、「なあ、歩田」と声をかけてくる。
「なに?」
「さっきのバンド、何歳ぐらいなんだろうな」
「同じ歳ぐらいだと思うけど。かなり若かったと思う」
「だよな」と嬉野は言った。何か感じたことがあったのだろう。「実はな」と続ける。
「俺も昔はバンドがしたいって思ってた時期があったんだ」
「実はもなにも、そのままの印象だけど」
そう思ったことを話すと、嬉野は「そうか?」と言った。雰囲気はギターとかが向いているんじゃないだろうか。かなり似合っていると思う。
「それも気が付けば忘れてたらしい」
迷いのある一言だった。
僕はただ黙って聞いていた。
「今思うと言い訳だったのかもしれないなって思ってな。金銭的にはありがたいことに面倒を見てくれる人がいて、進学はできたんだ。ただバンドを始めて家を空けるとなると妹が一人になるだろ?」
そういえばベルトコンベアで小さい妹がいるということを聞いたような気がする。
「それが逃げだったんだ」
「逃げ?」
僕は話しが嚙み合わないような感覚に陥る。逃げもなにも正しい選択のように思えるけど。
「多分、あのボーカル俺たちよりも年下だぜ」
「どっちかっていうとそうだろうね」
「妹がいるから分かるんだよ。同じ歳ぐらいだろうな」
「えっ?」
僕は混乱した。年下と言っても二つや三つぐらいの差でしかない。高校生かと言われるともう少し上のような気がするので、きっと大学一年生ぐらいだろう。二つ下ということになる。ということは。
「そうだよ、恥ずかしい話だが、過保護だったってことなんだろうな」
「過保護の過って最上級だっけ」
「いいだろ。蒸し返すなよ。即刻デリートってやつか? 案外便利だな」
東堂さんの得意技だった。
「それよりも歌詞は聞いたか? 親へのメッセージを歌った曲があっただろ」
「あったかもしれない」
「あの曲が相当くらってな。そうだよな、あの年齢になれば一人でも生きていけるよなってクリティカルヒット。その次にだから心配しないで自分らしく生きることを忘れるなって言ったんだ。あのとき自分に言われてるような気がしたんだ」
正直、そこまで歌詞は覚えていなかった。覚えているということはそれほど衝撃を受けたのだろう。
自分らしく生きる、か。
「で、どうするの」
すると、荷が下りたかのように嬉野は決心した表情を見せた。
「決まってるだろ。今からギターの練習を始めるんだよ」
「やっぱり」
楽器はそれだけ性格が出る。やはり嬉野の色はギターだった。
そして「館に戻ったらさっそく練習するぞ」と続ける。なぜか言葉に同意を求められているような気がした。僕は恐る恐る確認してみる。
「ええと、もしかして付き合わされるとか?」
「歩田は何するんだ?」
決定事項らしい。嬉野は話を聞いていなかった。僕はしぶしぶ「じゃベースで」と答える。
そうこうしていると螺旋階段の終わりが見えてきた。次は何が待っているのだろうか。辿り着いたのはいかにも強度のありそうな金属の扉だった。
目の前まで来ると自動的に開かれる。そして聞き馴染みのある音が聞こえてきた。
「あれ、ここって」
「まさか」
そこは館のゲームセンターだった。となると出てきた扉は、もしかして、開かずの扉ということになる。
……なるほど、今までのトラップは脱出ゲームという意味だったのかもしれない。だからゲームセンターに出てきた。
嬉野も気が付いたようで「そういうことか」と言った。
「ん? そうなると、あれはなんだったんだ?」
そして嬉野が疑問を口にした。
僕はなんのことかと考えを巡らせる。そういえば一つだけあった。
「ああ、そういえば藤堂さんのあれ……」
噂をすればなんとやら。藤堂さんと椎名さんがちょうど通りかかる。
「ああ、そういうこと」と僕は独り言をいう。
僕が納得したのは椎名さんのほうだった。見れば黒髪のインナーにピンクが入っている。かなりのイメチェンだった。恐らくコンタクトと同じく無理やり変えさせられたのだろう。大方、おそろいとか言って東堂さんの方が乗り気だったのかもしれない。藤堂さんは黒に赤のインナーが入っていた。改めて見れば二人はかなり仲がいい。もめたという話も嘘のようだった。
そして変だといえば頭を抱えている人が一人。何が起きているのかは分からない。爆発前の収縮かのように身体が震えている。起爆剤なんて必要ない。それは勝手に爆発した。
「おい、歩田、嬉野」
いわれのない怒号が飛んできた。
僕たちは逃げることも隠れることもできず閉口する。
「なんてことをしてくれたんだ? なんてことをしてくれやがったんだ? タイミングってものがあるだろ。あーもう、よりにもよってなぜ今出てきた? 馬鹿じゃないか? 馬鹿じゃなかったらアホだ。いや、その両方だからこんなことになるんだ。そうだ、そうに違いない」
そう言ってまた頭を抱えだす。
「どうしたんだ?」
「さあ」
藤堂さんの情緒不安定さは尋常ではなかった。どうしようもなくなって、僕は椎名さんに助けを求めようとする。けれど、椎名さんの視線は僕の頭上に固定されていた。
何を見ているのだろうか。僕は振り返る。
「嬉野、あれ」
そう言って扉の上にあった掲示板を指さした。
二位、嬉野祐介。三位、歩田悟、そして一位、藤堂律。
「なんだ? これ」
「多分、脱出ゲームのリザルト画面」
「それだと、藤堂の名前があるのはおかしいだろ」
「だから藤堂さんもこの脱出ゲームをクリアしたってことなんじゃないかな」
「それはない」嬉野は緊張感もなく笑った。
「俺たちゴミ箱からステージに入ったんだぜ?」
そして見事に地雷の中を激走してみせる。
「嬉野、その言葉は……」
案の定、藤堂さんの逆鱗に触れた。
「おい、お前らいいかよく聞け。死ねとは言わないが、今すぐその記憶だけは消せ。さもなければ一生あたしの前に現れるな。いや、やっぱり生かしちゃおけねえ。おい、歩田」
そう言って僕は目だけで捕らえられる。
「嬉野を捕まえろ」
命令されたので僕は嬉野の腕を捕まえた。
「歩田、あいつの言うことを聞いてどうするんだ。ここは逃げるべきだろ」
「だったら嬉野が逃げてくれないかな。命令は捕まえることだけから嬉野が逃げれば逃げられる」
「あーもう分かったよ。逃げりゃいいんだろ」
そう言って嬉野は走り出した。それに付属するような形で僕も走り出す。それを見た藤堂さんは「てめえら」と言って追いかけてこようとしてきた。
けれどそこは「ナイス椎名」ということで、椎名さんが藤堂さんの動きをいち早く止めにかかる。本気でまずいと思ったのだろう。椎名さんは藤堂さんの足にしがみついていた。それでも追いかけてこようとするのが藤堂さんだった。そのせいで盛大にこけることとなる。
僕たちはそれを見てから全力で走り出した。どこに逃げるのがいいのだろう? とにかく遠くへ行かなければならない。
僕は必死だったけれど、嬉野は楽しそうだった。