4.2嬉野と歩田の画策

文字数 1,936文字

 僕たちはエンタメエリアの一階、展示場に来ていた。このエリアを隅々まで把握しているわけではないので、脱出の準備をしなければならないのだけれど、広大で、アウトドアが集中している場所を見つけるだけでも一苦労だった。
「まずはカバンだろ」
 嬉野はそう言って棚に展示された大きめのリュックを手に取った。
「他に必要なものはあるか?」
「さあ。問題はこの館がどこにあるのかって点だけど」
「ん、ここって山の中だろ?」
「そういう先入観はあるね」
 だからアウトドアの展示場に来たのだ。山の中なら下山のグッズが必要になるかもしれない。
「最悪の場合を想定するのは正解だと思う。ただどこまで想定するのかが分からない」
「なるほどな。吹雪く雪山も想定しろってことか」
「それは、無いと思う。自然エリアから外が見えるけど、豪雪地帯ってことはないはず。流田さんのお墨付きだから」
 流田さんは日本に近い気候と言った。極端に寒い地域ではないことは分かっている。
 僕はゴムボートを見つけたので、そちらへ向かった。
「他には孤島って可能性もあるんだけど」
「孤島? 孤島って海に囲まれてる島だろ? てことは……これも持っていくのか? さすがにそれは」
「無理だね。無理だから持っていかない」
「そう言って孤島だったらどうするんだよ」
「そのときは救助を待つしかないと思う。ゴミと一緒に外に出られるなら、定期的に回収に来るはず。だからこの場合は食料だけで良いことになる」
 嬉野は顔をしかめた。
「結局、何の対策をすればいいんだ?」
「分からない。外に出られた場合、定期的に誰かがここに訪れることは確定する。究極には何の対策も必要ないんだけど」
「俺達を閉じ込めた側の人間に助けを求めるってわけか」
 それは避けたいことだった。出会った人間が敵か味方か分からないのだから。
 敵か、味方か。そういえば。
「脱出ゲームか」僕は思い出したことをつぶやいた。
「忘れてたけど、そもそも脱出ゲームって解釈はどこまで考慮すべきなのかな。もしそうなら対策は必要ないことになるけど」
「正直、微妙ではあるな。俺から言い出しておいて悪いが、ゲームにしては親切心がない。飽くまで理想論ってところか。現実的な話はすべきだと思うぜ」
 嬉野がそう言うので脱出後の行動についてもう少し考えてみる。
 脱出して一番最悪な展開は館側の人間に保護される可能性だ。この場合はまた館に戻される可能性がある。相手は記憶を操作できる人間だ。本当にそんなことができるのか疑いはあるけれど、事実なのだから仕方ない。
 だからどうしても保護されなければならない場合、これは検討から除外できた。そのときは諦めるしない。孤島、人里離れた平地のど真ん中などがあるだろう。
「誰かが来るってことは、誰かが近くに住んでいる可能性がある、か」
 そうアウトプットして整理し、その先を考える。
 必ずしもすぐ近くというわけではないだろうけど、歩ける距離に人里のある可能性が高い。そしてゴミを運搬するということは運搬車が通れるぐらいには道も整備されているはずだ。悪路を進む想定はしなくてもいいのだろう。
「嬉野、たぶん必要なのは食料と翻訳機だと思う」
「翻訳機?」
「もしこの館が日本以外の国にあったら話が通じない可能性がある」
「そういえば誰もこの場所が日本とは言ってないな」
「館内の言語は日本語だけどね」
 そう言って他に必要なものは無いだろうか、と考えた。
 考えてみればまだまだある。例えば外の寒さは館からでは分からない。気候のことも考えると脱ぎ捨てられるように重ね着をしていくのがいいのだろう。山道の場合もやはり考慮が必要だ。服装は下山用にしておくのがいい。
 そして脱出経路のこと。きっと視界は真っ暗になる。懐中電灯も必要だった。
 そうこうしていると大きめのリュックはすぐにいっぱいになった。これで長距離を移動できるのかという重さだけれど、そのときは状況に合わせて捨てていけばいい。
「これで準備万端かな」
「結構な量になったな」
「まあ、こんなに準備しておいて、出た先が山一つない都会のど真ん中って可能性もあるんだけど」
「そうか。その可能性もあるんだな。嬉しい誤算だが、拍子抜けするな」
「本当はあまり考えたくないんだけどね。この館の存在が世界に認められていることになるから」
 そういうわけで僕たちはリュックを背負い脱出を決行する。時刻は十一時。この先、時計は必要にならないだろうからこの場で外していくことにした。他にも機械は持っていくけれど、なんとなくGPSから位置が特定されるような気がした。
 僕たちはアウトドアエリアを後にする。向かう先は決まっていた。エンタメエリアにあるゴミ箱。
 鞄は歩く度に揺れる。やはり少し重かった。
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登場人物紹介

歩田悟。館を徘徊する人。

嬉野祐介。館に閉じ込められた大学生。歩田と同じ歳。

猫飼可優。執事。いつも何かしている。

屋敷光明。引きこもり。特に何もしていない。

大川ひすい。マッサージチェアが好き。

佐伯叶枝。大川によく捕まる。

椎名盟里。藤堂にメガネを壊され、コンタクトに変えさせられた。

藤堂律。夕飯が楽しみ。

流田桂花。暇つぶし。

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