1.2嬉野と歩田の画策
文字数 2,237文字
自室を出るにはセキュリティを解除しなければならない。今では慣れたけれど、自室内のエレベーターを降りた先にそれはある。
セキュリティといっても特別操作する必要はなかった。カメラで勝手に認証して開く仕組みになっていて、だから被認証者の労力は自動ドアと変わらなかった。
部屋を出れば正五角形の広場へ出る。一辺に二つのドアで計十のドア。僕は今、そのうちの一つから出てきた。要するに十人分の部屋があるということだ。
正五角形の頂点を見れば通路になっている。これは外側の五角形の棟を繋ぐ橋だった。
天井は天窓。正五角形の筒からは雲はなく青空が見えていた。
正五角形の広場は静寂に包まれていた。さすがに目隠しをして十回転もすればその対称性に方向感覚は狂うけれど、半年も同じ景色を見ているのだ、自分の部屋を基準にすればどの方角にどのエリアがあるのかは把握していた。フードコートのあるエンタメエリアは右方向の通路だった。
通路を行くと一階は展示場のようになっており、端から端まで広大な面積に店舗のようなものが連なっていた。
ここではオーダーで注文できる商品が展示されている。特に服なんかは国によって規格が違うので、試着するには便利だった。小腹が空いたときなんかには食料品も勝手に持っていっていい。空いたところはロボットが補充してくれる。
そして通路を抜けたすぐ左にあるエレベーターへ乗り、二階へと上がった。
二階はゲームセンターになっていた。アーケードゲームからVRゲーム、カジノもあり、とにかくほとんどのゲームがこの場所にあった。
右に行けばカジノエリア、左に行けばボーリングエリア。フードコートは左側。
雑多に重なった電子音をくぐり抜け、フードコートに嬉野の後ろ姿を見つける。
僕は背後から近づいて、嬉野のいる机を人差し指で二、三回つついた。
「おはよう」
「よお」
腕時計で時刻を確認する。九時になる十分前。
「何か食べるもの取ってきていいかな」
「いいぜ。ただしあんまり食べ過ぎるなよ」
含みのある物言いだった。
僕は少し考えて「朝は食べられないものだけどね」と答えた。
このフードコートには壁一面に飲食店の設備とオーダー用のパネルがある。この館の完璧なシステムでキッチンがどう役に立つのかは分からないけれど、そういった意味のない設備は館の至るところにあった。例えばフードコートの座席数。この館には九人しかいないのに、ここの座席数は五十はある。だから、雰囲気だと考えれば、特に深い意味があるとは思えなかった。
僕はコーヒー店へと向った。コーヒーを注文し、大きめのクッキーもオーダーした。パネル横の壁が開く。中から注文した品がコーヒーカップと皿に乗って出てきた。
席に戻ると嬉野は中身の透けたカップでバナナオレを飲んでいた。見れば、バナナオレを苦労して飲んでいるようだった。それを見て、一瞬ストローが何かで詰まっているのかと思った。けれど、そうではなく、きっとあれはバナナシェイクの方なのだろう。今度ここに来たら注文してみようと心にメモしておく。
「お待たせ」
「お、クッキーか」
そう言って嬉野はバナナシェイクを見つめた。
「よかったら少しあげるけど」
「いや、こいつとの相性は最悪だろ」
「じゃまた今度」
もっともそのときは、僕がバナナシェイクを飲んで嬉野がクッキーを食べているかもしれない。
僕はクッキーをいくつかに割った。生地はしっとりめだった。一かれらを口に運ぶ。美味しくないわけがない。
コーヒーには口をつけなかった。どうせ舌が火傷するだけだから。
「それで、今日は何のよう?」
すると、嬉野からむせるような変な音が聞こえてくる。
「直球も直球だな」
「そうかな。……別に天気の話をしたっていいんだけど、変化球を投げたって仕方がない。そういえばこの前、珍しく屋敷さんが部屋から出てきたって話があるんだけど」
「それは気になる。確かに気になる。だからって剛速球もどうかと思うぜ。振り遅れからファールにする身にもなってくれ」
「指示を出したキャッチャーに言うべきだね」
「ピッチャーもキャッチャーもお前だろ」
「野球盤か」
そう言ってクッキーをもう一かけら食べた。さすがに口の中が甘くなってコーヒーが飲みたくなった。試しに飲んでみる。顔を近づけたときから分かっていた。やはり熱かった。
「ヒントは食べ過ぎないこと、か」
そう嬉野に問いかけた。
「そっから攻めようってわけか」
「気になっただけ」
僕は今日、ここに来た理由を知らない。
意識したつもりはないけれど、無意識に今日の要件について情報を集めていたのだろう。
「例えば朝から用があった、待ち合わせ場所がフードコートだった、食べ過ぎないように注意された。嬉野とは用もなく会うことがほとんどだけれど、それにしては意味深だった」
「だから覚えていた、か。用も告げずに呼び出したんだ。そう考えるのも当然か」
「本題は?」
そう言うと嬉野はバナナシェイクを飲み始める。もともと無くなりそうだったということもあり、最後まで飲み切った。空になったカップを机へと置く。
「その前に飲み物とってきてもいいか?」
つまり長い話がある。
僕はそう推理して「いいけど」と答えた。
嬉野は「よし」と言って立ち上がった。そうしてパネルの方へ行ったので、その間嬉野が何を持ってくるのかを考えて待つことにした。
しかし何を持ってくるのだろう。バナナシェイクの後に飲む物。かなり難問のような気がした。
セキュリティといっても特別操作する必要はなかった。カメラで勝手に認証して開く仕組みになっていて、だから被認証者の労力は自動ドアと変わらなかった。
部屋を出れば正五角形の広場へ出る。一辺に二つのドアで計十のドア。僕は今、そのうちの一つから出てきた。要するに十人分の部屋があるということだ。
正五角形の頂点を見れば通路になっている。これは外側の五角形の棟を繋ぐ橋だった。
天井は天窓。正五角形の筒からは雲はなく青空が見えていた。
正五角形の広場は静寂に包まれていた。さすがに目隠しをして十回転もすればその対称性に方向感覚は狂うけれど、半年も同じ景色を見ているのだ、自分の部屋を基準にすればどの方角にどのエリアがあるのかは把握していた。フードコートのあるエンタメエリアは右方向の通路だった。
通路を行くと一階は展示場のようになっており、端から端まで広大な面積に店舗のようなものが連なっていた。
ここではオーダーで注文できる商品が展示されている。特に服なんかは国によって規格が違うので、試着するには便利だった。小腹が空いたときなんかには食料品も勝手に持っていっていい。空いたところはロボットが補充してくれる。
そして通路を抜けたすぐ左にあるエレベーターへ乗り、二階へと上がった。
二階はゲームセンターになっていた。アーケードゲームからVRゲーム、カジノもあり、とにかくほとんどのゲームがこの場所にあった。
右に行けばカジノエリア、左に行けばボーリングエリア。フードコートは左側。
雑多に重なった電子音をくぐり抜け、フードコートに嬉野の後ろ姿を見つける。
僕は背後から近づいて、嬉野のいる机を人差し指で二、三回つついた。
「おはよう」
「よお」
腕時計で時刻を確認する。九時になる十分前。
「何か食べるもの取ってきていいかな」
「いいぜ。ただしあんまり食べ過ぎるなよ」
含みのある物言いだった。
僕は少し考えて「朝は食べられないものだけどね」と答えた。
このフードコートには壁一面に飲食店の設備とオーダー用のパネルがある。この館の完璧なシステムでキッチンがどう役に立つのかは分からないけれど、そういった意味のない設備は館の至るところにあった。例えばフードコートの座席数。この館には九人しかいないのに、ここの座席数は五十はある。だから、雰囲気だと考えれば、特に深い意味があるとは思えなかった。
僕はコーヒー店へと向った。コーヒーを注文し、大きめのクッキーもオーダーした。パネル横の壁が開く。中から注文した品がコーヒーカップと皿に乗って出てきた。
席に戻ると嬉野は中身の透けたカップでバナナオレを飲んでいた。見れば、バナナオレを苦労して飲んでいるようだった。それを見て、一瞬ストローが何かで詰まっているのかと思った。けれど、そうではなく、きっとあれはバナナシェイクの方なのだろう。今度ここに来たら注文してみようと心にメモしておく。
「お待たせ」
「お、クッキーか」
そう言って嬉野はバナナシェイクを見つめた。
「よかったら少しあげるけど」
「いや、こいつとの相性は最悪だろ」
「じゃまた今度」
もっともそのときは、僕がバナナシェイクを飲んで嬉野がクッキーを食べているかもしれない。
僕はクッキーをいくつかに割った。生地はしっとりめだった。一かれらを口に運ぶ。美味しくないわけがない。
コーヒーには口をつけなかった。どうせ舌が火傷するだけだから。
「それで、今日は何のよう?」
すると、嬉野からむせるような変な音が聞こえてくる。
「直球も直球だな」
「そうかな。……別に天気の話をしたっていいんだけど、変化球を投げたって仕方がない。そういえばこの前、珍しく屋敷さんが部屋から出てきたって話があるんだけど」
「それは気になる。確かに気になる。だからって剛速球もどうかと思うぜ。振り遅れからファールにする身にもなってくれ」
「指示を出したキャッチャーに言うべきだね」
「ピッチャーもキャッチャーもお前だろ」
「野球盤か」
そう言ってクッキーをもう一かけら食べた。さすがに口の中が甘くなってコーヒーが飲みたくなった。試しに飲んでみる。顔を近づけたときから分かっていた。やはり熱かった。
「ヒントは食べ過ぎないこと、か」
そう嬉野に問いかけた。
「そっから攻めようってわけか」
「気になっただけ」
僕は今日、ここに来た理由を知らない。
意識したつもりはないけれど、無意識に今日の要件について情報を集めていたのだろう。
「例えば朝から用があった、待ち合わせ場所がフードコートだった、食べ過ぎないように注意された。嬉野とは用もなく会うことがほとんどだけれど、それにしては意味深だった」
「だから覚えていた、か。用も告げずに呼び出したんだ。そう考えるのも当然か」
「本題は?」
そう言うと嬉野はバナナシェイクを飲み始める。もともと無くなりそうだったということもあり、最後まで飲み切った。空になったカップを机へと置く。
「その前に飲み物とってきてもいいか?」
つまり長い話がある。
僕はそう推理して「いいけど」と答えた。
嬉野は「よし」と言って立ち上がった。そうしてパネルの方へ行ったので、その間嬉野が何を持ってくるのかを考えて待つことにした。
しかし何を持ってくるのだろう。バナナシェイクの後に飲む物。かなり難問のような気がした。