1.1嬉野と歩田の画策

文字数 1,981文字

1.

 部屋に窓が無ければ朝が来たことは分からない。目覚ましのアラームを聞き分けて初めて朝だと知る。
 機械音は一定のリズムで部屋に響いている。手の届く場所にアラームを止める機械はない。そこは昨日の自分に先手を打たれていた。少し歩いたところにその装置はあった。
 僕は仕方なくベッドから降り、アラームを止めに行くことにする。
 真っ白な部屋。茶のフローリング。部屋にはベッド以外の家具は無い。唯一あるのは床を徘徊する掃除ロボットぐらいだった。それがちょうどベッドを降りたときに足元へとやってきた。
 掃除ロボットがつま先へゆっくりと衝突してくる。ロボットはそのまま方向転換し、また自分の仕事へと戻っていた。その方向は偶然にも目覚ましのアラームを止める方向だった。だから僕は後を付いて行くことにした。
 アラームを止めるにはタッチパネルを操作するしかない。壁に埋め込まれたタッチパネルへと到着する。パネルを見れば停止の表示が点滅していた。それを押すとすぐさまアラームが停止された。
 続いて今日の予定が表示される。九時から嬉野祐介とフードコートで待ち合わせ。今日の予定はこの一件だった。
 パネルのホームに戻るとメッセージが届いていることが分かる。僕はアプリを起動してメッセージを確認した。
「起きたか?」
 嬉野からだった。
「今起きたところ」
「お、ちゃんと起きたんだな」
 すぐさまメッセージが返ってくる。恐らく携帯端末に通知を入れているのだろう。ちなみに僕はこの端末を持っていなかった。用があるなら通話可能な腕時計で充分だし、他のことにしたってそう頻度があるわけではないので、持ち歩く必要が無かった。
「予定をすっぽかしたことなんてあったかな」と返信する。
「いや、お前が遅刻するなんてことは無いと思うぜ。前みたいにクマだらけで来ることはあるかもしれないが」
「ああ、そういえばそんなことがあったね」
 あの日は確か大川さんに一晩中付き合わされたのだ。大川さんといえば酒好きのイメージがある。ただ、飲むとすぐに眠るタイプで、長いこと付き合わされることはない。あの日は特別だった。なぜか一晩中元気で溢れていたのだ。今思うと大川さんの飲んでいたあれは水だったのかもしれない。多分違うだろうけど。
「予定通り九時に待ち合わせでいい?」と僕は送信する。
「んー今は七時か。八時でも充分間に合うだろうが、特に早める理由もないしな。九時でいいんじゃないか?」
「了解。それじゃ九時にフードコートで」
「おう」そう返信されるのを見てメッセージアプリを閉じた。
 タッチパネルのホーム画面が表示されたので、オーダーの画面を開く。
 オーダーでは基本的になんでも望むものを注文することができた。これはさすがに無いはず、と思っても探してみると案外あるもので、それで時間が勝手に過ぎていくこともあるのだけれど……とりあえず飲食、衣類、家具などいろんなカテゴリーを無視して、右上に表示されたテンプレートの項目を押した。
 ここでは以前に登録したセットが一度で注文することができる。
 今日はどんな服装にしようか? 嬉野に呼び出された理由は知らない。
 もっとも寝間着のまま行ったって究極には問題は無かった。ただ、そこから始まる堕落も危ないような気がして、一応は服装を整えていた。
 メッセージで嬉野に今日の要件を尋ねようか? いや、嬉野と会うならばジャージでいいだろう。だいたいのところ結局はスポーツをすることになるのだから、それでいいはずだ。
 テンプレートからスポーツの項目を押す。ジャージ一式が表示され、気分で黒と白のジャージを選んだ。
 オーダーして間もなく、壁の一面に筋のような亀裂が走る。長方形に切り取られた壁は奥へと窪み、スライドした。そして中からカゴを持ったロボットが現れた。車輪のついた円形の土台、ポールのような棒とカゴを持つためのアーム、顔のような位置にはパネルがあって、生き物のような姿をしている。
 待っているとロボットはパネルの横までやってきた。カゴを受け取ると、用は無くなったと言わんばかりに回れ右をして帰って行く。スライドした壁が閉じ、また静かな部屋が返ってきた。
 カゴから衣類を取り出すと洗面所へと向かった。残されたカゴはその辺に放置していればいい。恐らくカゴの底にバネが仕込まれているのだろう。空っぽになったカゴはロボットによっていつの間にか回収されているものだった。
 洗面所は三角形をしている。これは絵に描いてみると分かるのだけれど、五角形から台形を切り取ると十個の台形ができる。そして部屋の形に四角形を切り取ると、どうしても三角形が余るのだ。それがこの場所だった。
 そのあとのことはいつもと変わりない。ルーティンというやつで、九時前に到着するように適当に時間を潰して僕はフードコートへと向うことにした。
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登場人物紹介

歩田悟。館を徘徊する人。

嬉野祐介。館に閉じ込められた大学生。歩田と同じ歳。

猫飼可優。執事。いつも何かしている。

屋敷光明。引きこもり。特に何もしていない。

大川ひすい。マッサージチェアが好き。

佐伯叶枝。大川によく捕まる。

椎名盟里。藤堂にメガネを壊され、コンタクトに変えさせられた。

藤堂律。夕飯が楽しみ。

流田桂花。暇つぶし。

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