2.3ある日の大川と歩田
文字数 2,655文字
植物園から水族館までは同じ自然エリアとはいえ距離があった。植物園が三階だとすると水族館は一階にある。階段を使うことはこの状況ではできない。エレベーターに乗って一階へと降りる。
「ロボットは、いないみたいだね」
エレベーターの中から外の様子を窺ったのだろう。腕が少し引っ張られた。
そして、それを調べたということは、まだ追ってくる可能性があるということだった。
僕は大川さんの情報からしか推察することができない。ロボットが尾行……。館と言えば秘密主義を一貫している。それがここにきて強硬手段に出てきた。そんなことはかつて一度も無かった。
「妙に思いませんか。これまで接触が一切なかった館がここにきて接触してくるなんて」
「満たされていたものが満たされなくなったからじゃないかな」
「大川さんはどこまで分かっているんですか?」
「だいたいは分かっているつもりだよ」
話すつもりはないらしい。アイマスクをしたこの状態がもう少し続くのだろうと予感させた。
大川さんからしてみればさらに情報を収集したいという狙いがあるのかもしれない。例えば植物園でロボットに尾行された。けれど、それが本当に尾行だったのかは確証が無いように思う。たまたまロボットが植物園を通過した可能性が消せないからだ。その偶然を消さない限り、このシチュエーションは終われない。
「やっぱりついてきているね」
実際は尾行がされていたらしい。
「また走りますか?」
「いや、水族館まではこのままでいこう。特に危害を与えてくることは無さそうだから」
言い換えれば、危害を与えてくる可能性もあったということ。
そうしてパズルのようにどんどんと空白が埋められていく。
目隠しをしてデートをすると危害を受ける可能性があった。どうして危害を与えてくるのか。一つの可能性として親密になることを館は嫌っているのかもしれないというのが考えられる。
では、なぜそれがいけないのか。人間の秩序は偏りが出始めると崩壊するから? そこにここの存在理由の糸口があるのかもしれない。
「もう少しで水族館だけれど、とりあえずこのままでいこう」
「分かりました。ただ、どうして水族館なんですか?」
「それは、だって、暗いからだよ」
暗いと都合のいいことがある。なるほど、ロボットはセンサーを頼りに館を徘徊する。暗闇の中なら……暗闇の中なら?
「どうなるんですか」
「考えてるね」
「事態は確実に一方向に向かっているはずなんですけど、どうしても霧が晴れないというか」
「先に言っておくけれど、自分で答えに辿りつくのは難しいと思うよ」
それはなんとなく分かっていた。ある程度の仮説は立てられても重要なピースが見つからない。
僕が今考えているのは、ロボットのセンサーについてだった。暗いと確かに写真を撮るのは難しくなる。だからといってロボットが人間と同じ波長で世界を見ているとは限らない。赤外線で動いている場合、暗さはあまり関係がない。つまり、大川さんは可視光が重要だと考えた。
どうしてなのか? 分からない。違和感が深まっていく。
もっとも、広い視野を持ってこの状況を考察することから、ある程度の推測は得られている。
例えば、昨日館の壁を壊した。そして今日、アイマスクをしてデートをした。アイマスクをした理由は、視界を遮断することで情報量を制限し、心を本能に近づかせるため。その結果、ロボットに尾行されることとなる。
では、なぜロボットに尾行するされなければならないのか。館の住民の間で親密な関係になることを嫌ったからだと僕は考える。
そうだった場合、どうなっているのか。問題を考えているとき、途中でつまずくことで最初から間違っているのではないかと不安になることがある。あと一つがどうしても繋がらない。
「ロボットはどうですか?」
振り返ったのだろう。髪が腕をくすぐる。
「いるね」
ロボットは暗闇の中でも付いてくるらしい。
「僕たちはロボットに尾行させるためにこのようなことをしました、これは合ってますか?」
「それは試したから分かったことだ。最初から確信していたわけじゃないよ」
試しに僕は分かっていること分からないことを分類してみることにする。やはり分からないことに属する問題が理解できなかった。
「降参です」
「うん、知ってた」
大川さんは微笑した。
「最初にヒントを出したと思うけれど、覚えているかな?」
「ええと、何も考えないこと、でしたっけ」
「そう、要するに頭を柔らかくしろって言ったんだね」
言うように僕はすべての情報を統合させようとして失敗していた。紙があるのならそこに情報をまとめたいのだけれど、今はできない。箱に荷物を押し込めば、別のところが箱に収まらなくなるように、永遠とそれを繰り返していた。
「事実が直感と反するとき、人は別の角度からの理解が要求されるんだ」
「つまり、僕たちが遭遇していることは常識の範疇に無いということですか?」
「当たり前だよ。この問題に対して常識の連続を続けているとどかで間違いなく失敗する。だって、そうじゃない。どうして、ここにロボットが来られるわけ?」
「そこなんです。それだけが……」
すると手を引っ張られた。一瞬、何をされたのか分からなかった。状況を理解したのは数秒後のこと。再び走り出したようだ。
「今度はなんですか」
「歩田くん。ちょっとまずいことになったかも」
走っているせいでその緊張した声が途切れ途切れになって聞こえてくる。
「まずいって、」
「ロボットが数十台になって追っかけてきてる」
自分のおかれた状況を想像してみる。確かに事態は悪い方向へ進んでいるように思えた。
「どうするんですか?」
「どうするって逃げるしかないよね」
そう言われたので無我夢中で走り出した。
「そこ右」
指示に従って曲がり角に備えた。そして
「止まって」
と静止を求められる。
「まさか前からも」
「いや、エレベーターがちょうど一階だった。乗り込んで上に逃げよう」
そう言って僕たちはエレベーター乗り込む。体感では長いこと乗っていたような気がした。心拍数が高い。恐らく三階に着いたのだろう。僕たちは恐る恐る下りて立ち止まる。
一階のロボットはこれでまいたのだろう。けれど、どうしようか、もたもたしいているとそのうち包囲されるに違いない。
すると、手が離されて
「ふう。疲れたね」
と大川さんは緊張を解いた声でそう言ってくるのだった。
僕は思わず「ええと」と曖昧なことを言う。
そして続いた言葉は「お腹がすいたね」だった。
「ロボットは、いないみたいだね」
エレベーターの中から外の様子を窺ったのだろう。腕が少し引っ張られた。
そして、それを調べたということは、まだ追ってくる可能性があるということだった。
僕は大川さんの情報からしか推察することができない。ロボットが尾行……。館と言えば秘密主義を一貫している。それがここにきて強硬手段に出てきた。そんなことはかつて一度も無かった。
「妙に思いませんか。これまで接触が一切なかった館がここにきて接触してくるなんて」
「満たされていたものが満たされなくなったからじゃないかな」
「大川さんはどこまで分かっているんですか?」
「だいたいは分かっているつもりだよ」
話すつもりはないらしい。アイマスクをしたこの状態がもう少し続くのだろうと予感させた。
大川さんからしてみればさらに情報を収集したいという狙いがあるのかもしれない。例えば植物園でロボットに尾行された。けれど、それが本当に尾行だったのかは確証が無いように思う。たまたまロボットが植物園を通過した可能性が消せないからだ。その偶然を消さない限り、このシチュエーションは終われない。
「やっぱりついてきているね」
実際は尾行がされていたらしい。
「また走りますか?」
「いや、水族館まではこのままでいこう。特に危害を与えてくることは無さそうだから」
言い換えれば、危害を与えてくる可能性もあったということ。
そうしてパズルのようにどんどんと空白が埋められていく。
目隠しをしてデートをすると危害を受ける可能性があった。どうして危害を与えてくるのか。一つの可能性として親密になることを館は嫌っているのかもしれないというのが考えられる。
では、なぜそれがいけないのか。人間の秩序は偏りが出始めると崩壊するから? そこにここの存在理由の糸口があるのかもしれない。
「もう少しで水族館だけれど、とりあえずこのままでいこう」
「分かりました。ただ、どうして水族館なんですか?」
「それは、だって、暗いからだよ」
暗いと都合のいいことがある。なるほど、ロボットはセンサーを頼りに館を徘徊する。暗闇の中なら……暗闇の中なら?
「どうなるんですか」
「考えてるね」
「事態は確実に一方向に向かっているはずなんですけど、どうしても霧が晴れないというか」
「先に言っておくけれど、自分で答えに辿りつくのは難しいと思うよ」
それはなんとなく分かっていた。ある程度の仮説は立てられても重要なピースが見つからない。
僕が今考えているのは、ロボットのセンサーについてだった。暗いと確かに写真を撮るのは難しくなる。だからといってロボットが人間と同じ波長で世界を見ているとは限らない。赤外線で動いている場合、暗さはあまり関係がない。つまり、大川さんは可視光が重要だと考えた。
どうしてなのか? 分からない。違和感が深まっていく。
もっとも、広い視野を持ってこの状況を考察することから、ある程度の推測は得られている。
例えば、昨日館の壁を壊した。そして今日、アイマスクをしてデートをした。アイマスクをした理由は、視界を遮断することで情報量を制限し、心を本能に近づかせるため。その結果、ロボットに尾行されることとなる。
では、なぜロボットに尾行するされなければならないのか。館の住民の間で親密な関係になることを嫌ったからだと僕は考える。
そうだった場合、どうなっているのか。問題を考えているとき、途中でつまずくことで最初から間違っているのではないかと不安になることがある。あと一つがどうしても繋がらない。
「ロボットはどうですか?」
振り返ったのだろう。髪が腕をくすぐる。
「いるね」
ロボットは暗闇の中でも付いてくるらしい。
「僕たちはロボットに尾行させるためにこのようなことをしました、これは合ってますか?」
「それは試したから分かったことだ。最初から確信していたわけじゃないよ」
試しに僕は分かっていること分からないことを分類してみることにする。やはり分からないことに属する問題が理解できなかった。
「降参です」
「うん、知ってた」
大川さんは微笑した。
「最初にヒントを出したと思うけれど、覚えているかな?」
「ええと、何も考えないこと、でしたっけ」
「そう、要するに頭を柔らかくしろって言ったんだね」
言うように僕はすべての情報を統合させようとして失敗していた。紙があるのならそこに情報をまとめたいのだけれど、今はできない。箱に荷物を押し込めば、別のところが箱に収まらなくなるように、永遠とそれを繰り返していた。
「事実が直感と反するとき、人は別の角度からの理解が要求されるんだ」
「つまり、僕たちが遭遇していることは常識の範疇に無いということですか?」
「当たり前だよ。この問題に対して常識の連続を続けているとどかで間違いなく失敗する。だって、そうじゃない。どうして、ここにロボットが来られるわけ?」
「そこなんです。それだけが……」
すると手を引っ張られた。一瞬、何をされたのか分からなかった。状況を理解したのは数秒後のこと。再び走り出したようだ。
「今度はなんですか」
「歩田くん。ちょっとまずいことになったかも」
走っているせいでその緊張した声が途切れ途切れになって聞こえてくる。
「まずいって、」
「ロボットが数十台になって追っかけてきてる」
自分のおかれた状況を想像してみる。確かに事態は悪い方向へ進んでいるように思えた。
「どうするんですか?」
「どうするって逃げるしかないよね」
そう言われたので無我夢中で走り出した。
「そこ右」
指示に従って曲がり角に備えた。そして
「止まって」
と静止を求められる。
「まさか前からも」
「いや、エレベーターがちょうど一階だった。乗り込んで上に逃げよう」
そう言って僕たちはエレベーター乗り込む。体感では長いこと乗っていたような気がした。心拍数が高い。恐らく三階に着いたのだろう。僕たちは恐る恐る下りて立ち止まる。
一階のロボットはこれでまいたのだろう。けれど、どうしようか、もたもたしいているとそのうち包囲されるに違いない。
すると、手が離されて
「ふう。疲れたね」
と大川さんは緊張を解いた声でそう言ってくるのだった。
僕は思わず「ええと」と曖昧なことを言う。
そして続いた言葉は「お腹がすいたね」だった。