5.1嬉野と歩田の画策

文字数 2,828文字

5.

 正五角形の空間からは一本だけ通路が伸びている。ベルトコンベアが回り続けているものの、その先の退路は絶たれている。つまり、選択肢は一通りということだった。
 嬉野は唇を噛み、険しい表情を見せた。
「歩田はどう解釈する」
「どうって。館のどこかに戻されたんじゃないかな」
「やっぱりそうだよな」
 簡単な話だった。僕たちはゴミに紛れようとしてベルトコンベアに乗ってきた。結果はこの通り、ルートを外され館内にいる。
 もし、無差別に経路を振り分けられたのなら、この場所がゴミの終着であり、一つでもゴミが落ちていないとおかしい。そこから分かることは、選択的に振り分けられた。人間がベルトコンベアを通過した場合、この場所に辿り着くようになっているのだろう。きっと目の前の通路を行けば館の知っている場所に出るはずだ。
 すべてが対策されている。すべてを見透かされている。
 嬉野が大きく息をした。
「しかたない。行くか」
「そうだね。ここにいても何も無い」
 とはいえ荷物を置いて行くことはしなかった。これだけ重いのなら、運んだって疲れるだけだ。そうしないのはまだ心のどこかで期待をしているからなのだろう。砂一粒ほどの期待。まだ完全に答えが出たわけではない。
 僕たちは通路を行く。左に折れているようで、それに従い左へ曲がる。その先を行くと別の通路と合流する。通路に出れば右と左を行く選択肢があるようだった。左はすぐに壁となる。特に相談することもなく右の方へと歩き出すことにした。
 この通路は長そうだ。流されてきたベルトコンベア分の長さだろうか。先の方は途中から照明が落とされているようで、あるところから暗闇になっていた。そうはいってもかなり行ったところだ。僕たちはその暗闇に向かって歩いていく。
 どれほど歩いただろう。十分弱は歩いたかもしれない。
「なにかおかしいよな」
「うん、考えてた」
 いくら歩いても目指していた暗闇に辿り着けないのだ。暗闇はせいぜい百メートルほど先だ。その距離ぐらいなら数分ほど歩けば辿り着くはず。
「どうして暗闇に辿り着けないのか」
「その意味を考えろってことか」
「そうかもしれないし、そうじゃないのかもしれない」
 本当は何キロも通路があって節電のために消えている可能性もある。とはいえ、人がいなくても明かりがついているのが館だった。使用されていない部屋の電気までついているのだ。それを踏まえれば矛盾する。
「意味がある可能性のほうが高い」
 では、どんな可能性が? そこまで分かる手がかりはなかった。だから試してみる。
「嬉野、百メートル走は何秒?」
「いきなりどうした。覚えてねえよ」
「じゃ、少し走ってきてくれない?」
「いいが、なんで覚えてないとそうなるんだ?」
「覚えていても、覚えていなくても走ってもらうつもりだった。枕言葉ってやつ」
 嬉野は「あ、そう。いつもの歩田らしくて心強いよ」と言った。
それから荷物を下ろして、軽く準備運動を始めた。「できれば全速力で」と言うと、準備運動も念入りになった。
「んじゃ、行ってくるわ」
 そう言うとすぐに走り出し、軽快な音をたててみるみると遠ざかって行く。遠ざかって行ったのは嬉野だけではなかった。明らかに暗闇の方も遠ざかって行く。これが確認したかったことだった。
 そして、そういえば、と僕は失態を犯していることに気が付く。嬉野にどこまで走ってもらうのかを伝えていなかった。放っておけばいつまでも走って行くかもしれない。ただ、全速力のはずなので、そう長くは走り続けられないだろうとも思った。百メートルの話も効いてくるだろう。多分、嬉野は百メートルほどで帰ってくる。
 嬉野が帰ってきた。帰ってくるときも軽く走ってきたので肩で息をしていた。
「これで何が分かったんだ」途切れ途切れの質問。
「ありがとう。結果だけど、嬉野と連動して電気も遠ざかっていった」
「そんなことになってたのか。俺からはさっぱりだった」
 嬉野は息を整えようとしていた。深呼吸をして息を落ち着かせる。
「で、どうするんだ? 電気が俺たちと連動していることは分かったが、言ってもそれまでだろ? ここから状況を打破できるとは思えない。案でもあるのか?」
「少なくとも選択肢は二択になったとは思う。進むか戻るか。この通路の性格が見えないけど、あの暗闇には明らか節電以外の解釈がある。だからいったん戻って考えたほうがいい。進むか戻るかの二択なら早いうちに戻る選択肢を潰すべき」
「なるほどな。それなら戻ってみるか」
 僕たちは引き返す。進んできたときと違い、戻るときの体感はあっという間だった。左側に別の通路が現れる。この先を行けばベルトコンベアに行きつくだろう。そして今までと違うのが
「お、壁がなくなってるな」
 この通路に合流したとき左側を行き止まりにしていた壁が無くなっていたのだ。
 僕は立ち止まる。
「どうしたんだ? 行こうぜ」
「いや、変だと思って」
「まさか。この先が危険だって言ってるのか? そうはいったってどう考えてもこっちが正解っぽいぜ」
「そうじゃない。どうして最初からこの通路が無かったのかって点だよ」
「それは……」
 嬉野はそう言葉に詰まり、肩を竦めた。
「ずっと考えていたんだけど、例えばこんな解釈がある。僕たちは暗闇に向かって歩いていった。暗闇って言ったらお先真っ暗なんて言葉があるみたいに、あまり良い意味を持っていない。このまま進めば不幸へと落ちていく。それを防ぎたかったら暗闇から遠ざかればいい。光に向かって歩いていけば状況は良くなっていく」
「……それで道が開かれたってわけか」
 嬉野は振り返って暗闇を眺めていた。満足したのか前を向いて
「確かに納得したくはなるが、上手くできてるのか、偶然なのか微妙なところだな」
と言う。
「結局は空想でしかないから。石橋を叩いて渡っても、そのまま走り抜けても、石橋が崩れさえしなければ結果は変わらないんだ。本来はこの空間に意味は無いのかもしれない。だから現象を目の前にした人の性格の問題になる」
 たまたま自分がこの場所にいたから石橋を叩いているのであって、本来は不要なことなのかもしれない。
「ただ、今の解釈で分かることといえば、芸術に近い空間になってるんじゃないかな。芸術家って隠したがるから」
「そうなのか? 隠したがるねえ。なかなか理解し難い話だな。俺なら露骨に書いて伝えるけどな。告白するのに隠してどうするんだよ。伝わらなきゃ意味が無い」
「理解しようとする人が世の中にはいるから。それに理解されなくてもいいって人も中にはいるのかもしれない。本当に理解して欲しかったら、この辺で解説書きがあるんじゃないかな」
 嬉野はぽかんとしていた。
 確かに、今する話ではなかった。考えると前へ進めなくなる。
「要するに、正解は無い。だから何も考えずに進むことも正解の一つかもしれない。行こうか」
 だからそう言って僕は強引に嬉野を引っ張っていくことにした。
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登場人物紹介

歩田悟。館を徘徊する人。

嬉野祐介。館に閉じ込められた大学生。歩田と同じ歳。

猫飼可優。執事。いつも何かしている。

屋敷光明。引きこもり。特に何もしていない。

大川ひすい。マッサージチェアが好き。

佐伯叶枝。大川によく捕まる。

椎名盟里。藤堂にメガネを壊され、コンタクトに変えさせられた。

藤堂律。夕飯が楽しみ。

流田桂花。暇つぶし。

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