1.3プロローグ

文字数 2,901文字

「じゃあ、次は報告になるけれど、この一か月間、変わったことは無かった?」
 その質問に嬉野が「いいか?」と聞く。嬉野が敬語を話さないのは、敬語を話させると壊れた機械のようになるからだった。僕と同じ歳でも、目上の人にはフランクな言葉遣いをした。
「ゲームエリアの話になるんだが、景品交換ってやつがあるんだ」
 僕はゲームエリアを思い出す。あまり通うことはなかったので、そんなものがあるのは初耳だった。
「景品交換……」大川さんはそう呟いて「もう少し詳しく話してもらってもいいかな」と言った。
「仕組みは単純。ゲームをしてポイントを稼ぐ。そのポイントで景品と交換する」
「ちなみに景品はどうなっているの?」
「シークレット。なんにも教えてくれないみたいだ」
「この館らしいね」
 大川さんは苦笑いを浮かべた。確かに館の性質は秘密主義という点で一貫している。
「それは簡単に達成できそうなの?」
「いや、何年かかるかは分からない」
「そっか。その話は一旦保留しようか。優先順位は低そうだから」
 その一言で僕も景品交換については頭の片隅に追いやることにした。藤堂さんが明後日を見て思案しているのはゲーマーだからだろうか。確か藤堂さんのここにくる以前の職業はゲーム実況者だった。何か裏技を考えているのかもしれない。
「他に気が付いたことは?」
「いいかしら」
 流田さんが泰然と声を上げる。
「どうぞ、桂ちゃん」
「……その呼び方はやめて欲しいって言ったはずだけれど」
「まあ、そのうち慣れるんじゃない?」
「……慣れたくはないわね」
 流田さんは無表情でそう言った。こういうときでも感情を表に出さないのは流田さんらしいところだった。
「気になった点で一つ。いろんな書籍を見ていたのだけれど、2018年以降の書籍が見つからなかった。まだ全部を確認したわけではないにしても不自然ね」
「あー、そういや、漫画も新刊が出てこねえな」
「え、そうなんですか? 私ずっと続きを待っていたんですけど」
 椎名さんがこの事実にかなりのダメージを受けたらしい。開いた口が塞がっていない。
「2018年、ね」
 大川さんが顎に手をあて考え込む。
「何か意味があるのかな?」
「意味があるにしては中途半端ですよね」と僕。
「じゃ、2018年が閉じ込められた年ってことですか……?」佐伯さんはツッコんだ。
「どうかしら。2018年と館のシステムは同年代には見えないけれど」
「僕も同意する。ここまでハイテクな装置は見たことが無い。あまりにもちぐはぐだ」
「そうするとどうなっているんでしょう?」
 会議室に沈黙が流れる。誰もこの矛盾は考察できないのだろう。もっともこれが糸口であることには間違いない。この綻びをついていけば何か出てくるかもしれない。
 ただ、あまりにも話に現実味が無くて、まともな答えが出せないのもまた事実だった。ロボット、完璧なシステム。これらはいったい何なのだろう。
「しょうがない。この話も保留にしようか。今すぐどうにかなりそうにも無いから」
 会議室の緊張感が抜けていくのを感じる。このテーマはあまりにも難しすぎた。そういえばと流田さんの言葉を思い出す。難しい物事はふとしたときに解決を思いつくという話だ。この矛盾はそっちに回した方が良いのだろう。
「では、最後に。この館の存在について意見を出し合おうと思うんだけど」
 嬉野が待ってましたと言わんばかりに「この館が宇宙船説はないか?」と突飛なことを言い出す。
「地球には住めなくなった。だから俺たちは宇宙で生存する道を選んだ」
「ありか無しかで言えばありえそうだけれど、嬉野、この館からは太陽が見える」
「ああ、そうか。なら、外の大気汚染だ。人類は外の環境では生存することができなくなった。だから館に閉じこもる」
「……その場合どうなっているんだろう」
「2018年がポイントになってくる」
 その一言で一同が屋敷さんを見た。驚きと期待を込めて。
「いや、俺が発言しちゃまずいことでもあるのかい」
 その一言でどこからか小さな笑い声が聞こえてくる。そして屋敷さんは「2018年、2018年」と呟いて自分の世界へと戻って行った。
「そういえば太陽の周期を観察するのを忘れていたね」
 猫飼さんが言う。
「四季があるのか、どうか。これは充分手がかりになると思う」
「大川さんは何か知ってますか?」と僕は尋ねる。
 この半年で気づいたけれど、どこでどんな過ごし方をするのかは人によって偏りがあるらしい。比較的日光が入ってくるリラクゼーションエリア、自然エリアといえば大川さんというイメージがあった。
「え? 知らないけど。どうして日光浴するのに時間を気にするわけ?」
「周期は日本に近いと思うわ」
 流田さんが訂正するようにそう言った。
「らしいよ、歩田くん」
「ええ、ああ、はい」
 だからと言ってここから何かが発展するわけではなかったのでしどろもどろになる。
「太陽に周期がある、か」猫飼さんも考え始めた。
 しかし大川さんからしてみれば、それはあまり良くないことだったらしい。
「猫飼さん、今日はここまでにしておいたほうがいいんじゃないかな。あまりにも新しい情報を出しすぎるとまとめられなくなるから」
 猫飼さんは照れ笑いを隠すかのように「あ、うん、そうだね」と頭をかく。
 これで今日の会議は終わる。そんな予感がやってきた。そして「というわけで――」と終了を告げようとしたとき。
「ちょっと待った」唐突に藤堂さんが声を張り上げた。その声に僕の意識の半分がそちらに持っていかれる。
「大川、一つ聞きたいことがある」
 挑むかのような姿勢。
「なに?」大川さんは毅然とした態度をとっていた。
「どうしてこの場所を館って呼ぶのかについてだ」
 その一言で少なくとも僕と大川さんは警戒を解いたようだった。いさかいが始まると思っていただけに、気の緩みの落差は激しい。
「歩田に聞いたぜ。どうしてこの場所を正五角館と呼ぶのか。とある小説がモチーフになっているらしいじぇねか」
「そうだけど、それが?」
「こういうのはクローズドサークルって言うらしいな。つまり密室空間における殺人事件だ。この状況と一緒だろ? 本当に殺人が始まったらどうするんだよ。それって随分と不謹慎じゃないか?」
「……まあ、そうだね。確かに不謹慎だ。でも私が言っているのは正五角館までで、じゃその先を変えればいいと思わない? そうだね、例えば正五角館の日常、とかどう? まだ不満がある?」
「……いや、それなら不満はないが。正五角館の日常ねえ。つまんなそうなタイトルだな」
「いいじゃない平和そうで」
「私もそう思います。平和が一番ですよ」
 他の人も同意見らしい。これ以上反論する者は現れなかった。
「というわけで六回目の会議を終了します。お疲れさまでした」
 そう言うと続々と参加者が退出していった。僕も流れに合わせて退出する。
 さて、今日はどう過ごそうか。今回の議論で数々の疑問点が指摘された。きっとしばらくはそのことを考え続けるだろう。自室にこもっているより自然エリアに行った方がいいのかもしれない。
 僕は天窓から太陽でも観察していようと思った。
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登場人物紹介

歩田悟。館を徘徊する人。

嬉野祐介。館に閉じ込められた大学生。歩田と同じ歳。

猫飼可優。執事。いつも何かしている。

屋敷光明。引きこもり。特に何もしていない。

大川ひすい。マッサージチェアが好き。

佐伯叶枝。大川によく捕まる。

椎名盟里。藤堂にメガネを壊され、コンタクトに変えさせられた。

藤堂律。夕飯が楽しみ。

流田桂花。暇つぶし。

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