4.2ある日の大川と歩田
文字数 2,063文字
大川さんが部屋に来てから数日が経つ。それで生活が特別変わったかと言われると案外そういうわけではなく、食事を運ぶことを除けばいつもの日常だった。
さて。僕は、何が起きているのだろう、と考えることが度々ある。
最初は館を壊すところから始まった。そして次の日、僕たちはアイマスクをしてデートをした。どうしてそんなことをしたのか。世界に感情が無くなったことを確認するためだった。
結果は成果なし。
だからこの話はここで終わるはずだった。けれど、どういうわけか続きがあった。大川さんが三階に転がり込んできたのだ。
もっとも、あのとき、あの瞬間、僕が何も言わなければ、自然な流れのまま解散していた未来もあったのかもしれない。
……変なのは大川のほうか。
この言葉が、どうしても引っかかった。
正直、何がおかしいのかまでは分からなかった。ただ、確実に違和感を覚えることはあった。ここの住民の館に対する態度として能動的か受動的かという違いがある。そして大川さんは受動的なタイプだった。
要するに自分から行動して館について調べるなんて行動は今までに無かったということ。それがここに来て館について調べ始めた。
ただ、最近の様子を見るに館について何かを探っているような行動を見受けられなかった。朝になると散歩をしているようだし、昼になると帰ってきて、食事をしたらまたどこかへ行く。別に監視しているというわけではなく、出入り口の開閉に呼び出されるので、嫌でも分かるのだ。不自然な行動が無いと言えば無い。そこも違和感のある点だった。
三階で暮らすことで何かが解決した?
そうかもしれないし、違うのかもしれない。
もし解決していた場合、何が解決したのだろうか。特に思い当たることは無かった。
そしてそんなことを考えていた夜のこと。ベッドで本を読んでいたら突然着信音が響いた。
出てみると佐伯さんからだった。
「どうされました?」
「夜遅くにごめんなさい。ちょっとお尋ねしたいことがあって」
佐伯さんからの着信が珍しくて目が覚めるのが分かる。
「大川さんのことなんですけど」
僕はその言葉尻から嫌な予感を覚えた。
「どうしても歩田くんの部屋に行きたいって言うんです」
そういうことか、とその言葉でだいたいの事情を察する。要するにどこかで飲んでいたのだろう。酔いつぶれて戻って来られないのかもしれない。
「もしかして大川さん、酔ってますか?」
「え、ああ、はい。そうですよね……実はかなり酔ってて。迷惑だってことは分かっているんですけど」
「いえ、構いません。今どちらにいますか? 手伝います」
そういうわけで僕は部屋を出て、リラクゼーションエリアに向かった。ソファがあってテーブルがあるようだけれど、大川さんはその間に挟まって机に伏せていた。
「ひーちゃん、起きてください」
そう言って佐伯さんは大川さんを揺すった。佐伯さんは会議以外では大川さんのことをそう呼ぶことがある。
大川さんが曖昧に
「え、もう、朝? その割には結構酔ってると思うんだけど」
と答えた。
「歩田くんが来ました」
「歩田くん? 今から飲んでももうお開きだよ」
「いえ、帰りましょう。大川さん」
「帰る? 帰る、ね。そうそう帰るんだ」
そう言って大川さんは立とうとする。当然、動きは怪しい。そこを佐伯さんが支えた。そして僕と佐伯さんは両サイドから大川さんを挟むようにして立たせる。
僕たちは大川さんを連れて自室へと向かう。それから三階に連れていき、ベッドへと寝かせた。
中央広場。佐伯さんと二人になったときのこと。
「あの……どうして大川さんが歩田くんの部屋で生活しているんですか……?」と当然の疑問を小声で聞かれる。
「さあ。僕にもよく分かりません。大川さんが泊めて欲しいと言うので泊めているんですけど」
「……いつから」
「多分、一週間ぐらいだと思います」
佐伯さんは難しい顔をした。きっと鏡を見れば自分も同じ表情をしているのだろう。それほどよく分からないことだった。
それから間もなくのこと佐伯さんの表情が弛緩した。まるで状況を受け入れたかのように。
「でも、歩田くんのところに来られたってことですよね」
その言葉で頭に疑問符が浮かぶ。
「ええと、それって、どういう……」
「そのままの意味ですけど」
「もしかして、頼られたってことですか?」
「私はそう思います」
まさか。そんなことは一言も言われていないけれど。
過去の記憶が次々と蘇 る。
主観と客観。もしかして、客観視すればそれは誰から見ても明らかなことだったのかもしれない。大川さんは何かに困っている。その困っていることとは……?
分からなくても、この問題は、考え続けなければいけなかった。きっと今までのどこかにヒントが隠されているはずだ。
だから僕は
「……分かりました。僕にできることはやってみます」
「それでいいと思います。では、大川さんのことはお願いしました」
そう言って佐伯さんは自分の部屋へと戻って行った。僕は考える。考えることだけが自分にできることだった。
さて。僕は、何が起きているのだろう、と考えることが度々ある。
最初は館を壊すところから始まった。そして次の日、僕たちはアイマスクをしてデートをした。どうしてそんなことをしたのか。世界に感情が無くなったことを確認するためだった。
結果は成果なし。
だからこの話はここで終わるはずだった。けれど、どういうわけか続きがあった。大川さんが三階に転がり込んできたのだ。
もっとも、あのとき、あの瞬間、僕が何も言わなければ、自然な流れのまま解散していた未来もあったのかもしれない。
……変なのは大川のほうか。
この言葉が、どうしても引っかかった。
正直、何がおかしいのかまでは分からなかった。ただ、確実に違和感を覚えることはあった。ここの住民の館に対する態度として能動的か受動的かという違いがある。そして大川さんは受動的なタイプだった。
要するに自分から行動して館について調べるなんて行動は今までに無かったということ。それがここに来て館について調べ始めた。
ただ、最近の様子を見るに館について何かを探っているような行動を見受けられなかった。朝になると散歩をしているようだし、昼になると帰ってきて、食事をしたらまたどこかへ行く。別に監視しているというわけではなく、出入り口の開閉に呼び出されるので、嫌でも分かるのだ。不自然な行動が無いと言えば無い。そこも違和感のある点だった。
三階で暮らすことで何かが解決した?
そうかもしれないし、違うのかもしれない。
もし解決していた場合、何が解決したのだろうか。特に思い当たることは無かった。
そしてそんなことを考えていた夜のこと。ベッドで本を読んでいたら突然着信音が響いた。
出てみると佐伯さんからだった。
「どうされました?」
「夜遅くにごめんなさい。ちょっとお尋ねしたいことがあって」
佐伯さんからの着信が珍しくて目が覚めるのが分かる。
「大川さんのことなんですけど」
僕はその言葉尻から嫌な予感を覚えた。
「どうしても歩田くんの部屋に行きたいって言うんです」
そういうことか、とその言葉でだいたいの事情を察する。要するにどこかで飲んでいたのだろう。酔いつぶれて戻って来られないのかもしれない。
「もしかして大川さん、酔ってますか?」
「え、ああ、はい。そうですよね……実はかなり酔ってて。迷惑だってことは分かっているんですけど」
「いえ、構いません。今どちらにいますか? 手伝います」
そういうわけで僕は部屋を出て、リラクゼーションエリアに向かった。ソファがあってテーブルがあるようだけれど、大川さんはその間に挟まって机に伏せていた。
「ひーちゃん、起きてください」
そう言って佐伯さんは大川さんを揺すった。佐伯さんは会議以外では大川さんのことをそう呼ぶことがある。
大川さんが曖昧に
「え、もう、朝? その割には結構酔ってると思うんだけど」
と答えた。
「歩田くんが来ました」
「歩田くん? 今から飲んでももうお開きだよ」
「いえ、帰りましょう。大川さん」
「帰る? 帰る、ね。そうそう帰るんだ」
そう言って大川さんは立とうとする。当然、動きは怪しい。そこを佐伯さんが支えた。そして僕と佐伯さんは両サイドから大川さんを挟むようにして立たせる。
僕たちは大川さんを連れて自室へと向かう。それから三階に連れていき、ベッドへと寝かせた。
中央広場。佐伯さんと二人になったときのこと。
「あの……どうして大川さんが歩田くんの部屋で生活しているんですか……?」と当然の疑問を小声で聞かれる。
「さあ。僕にもよく分かりません。大川さんが泊めて欲しいと言うので泊めているんですけど」
「……いつから」
「多分、一週間ぐらいだと思います」
佐伯さんは難しい顔をした。きっと鏡を見れば自分も同じ表情をしているのだろう。それほどよく分からないことだった。
それから間もなくのこと佐伯さんの表情が弛緩した。まるで状況を受け入れたかのように。
「でも、歩田くんのところに来られたってことですよね」
その言葉で頭に疑問符が浮かぶ。
「ええと、それって、どういう……」
「そのままの意味ですけど」
「もしかして、頼られたってことですか?」
「私はそう思います」
まさか。そんなことは一言も言われていないけれど。
過去の記憶が次々と
主観と客観。もしかして、客観視すればそれは誰から見ても明らかなことだったのかもしれない。大川さんは何かに困っている。その困っていることとは……?
分からなくても、この問題は、考え続けなければいけなかった。きっと今までのどこかにヒントが隠されているはずだ。
だから僕は
「……分かりました。僕にできることはやってみます」
「それでいいと思います。では、大川さんのことはお願いしました」
そう言って佐伯さんは自分の部屋へと戻って行った。僕は考える。考えることだけが自分にできることだった。