2.2嬉野と歩田の画策

文字数 2,959文字

 四人で開かずの扉がどれなのかを話し合ったあと、僕と椎名さんは扉から離れたところに立っていた。実行するのは嬉野と藤堂さんだった。この二人は運動神経がいい。道具を使って壊そうとした話も藤堂さんが現れたのなら関係ない。蹴って壊すと言ったのなら蹴って壊すのだ。
「全力でやれよ、藤堂」
「あたりまえだろ」
 血の気の多い会話も聞こえてきた。
 最初に嬉野が蹴りを入れる。身体を横に向け、上半身の反発を使った蹴りだった。
 扉の方は、しかし一筋縄ではいかない音が響いてくる。無傷のようにも見えた。
「バカ、合わせろっつうの。合体技の方が強いのは常識だろ」
「藤堂が遅いだけだろ。合わせろよ」
「せーのぐらい言え」
「せーの」
 そう言ってまた嬉野だけが扉を蹴った。
 相性が悪いらしい。嬉野と藤堂さんの間で喧嘩が始まる。
「止めに行くべきかな」と僕。
「そのほうがいいと思いますけど……」
「巻き込まれ注意、か」
 僕は手足の争いになる前に止めに入ることにした。口論のうちなら巻き込まれても口論で済む。
「あの、いいかな」
「歩田か。ちょっと待ってろ。取り込み中なんだ」
「歩田、こいつに言ってやれ。強力プレイは配管工の親父以外、力を合わせるもんだってな」
「二人とも一旦落ち着いて」
「俺は冷静だ」
「あたしもびっくりするほど冷静だぜ?」
「じゃあ――」
「任せとけ、歩田」
「そうだ、任せとけ」
 そう言われたので椎名さんのところまで引き下がった。本当に大丈夫だろうか。僕はその後の展開をただ眺めていた。
「あたしがせーのって言ったら蹴るんだぞ?」
「いつでもオーケー」
 そして「せーの」の掛け声が聞こえると、二人はまったく同時のタイミングで扉を蹴った。中央広場に鈍い打撃音が響き渡る。扉の方は……無傷だった。
「この扉、耐久値いくつだ?」
「びくともしないな」
「次はタックルにしようぜ」
「ん、扉を破るならそっちじゃないか?」
「だから今から試すんだろ」
 二人は何歩か下がり扉に向かって肩をぶつけに走った。タイミングは、これまた同時だった。相性が良いのか悪いのか。息は合っているので相性はいいのだろうけど。扉は破られず、その後も二人の悪戦苦闘は続く。
 僕と椎名さんは後方からその様子を見守っていた。
「椎名さんは、平気なわけ?」
「なにがですか?」
「ほら、リラクゼーションエリアの方から来たから、何か予定があったんじゃないかと思って」
「この後、映画を見る予定だったんです」
 僕は頭を抱えたい気持ちになった。その予定を変更して扉壊しにいそしんでいるのだ。椎名さんからしてみれば退屈だろう。
「選択肢は二つかな……」
 一つはさっさと扉を壊す選択肢。もう一つはこのまま二人で映画を見に行ってしまう選択肢。もっとも後者はその後が怖かった。
「多分ですけど三つ目だと思いますよ」
「三つ目?」
「私がこのまま残る選択肢です」
 そう言われたので僕は思考のチャンネルを切り替えた。無用な心配だったらしい。
「それにしても壊れるんですか? あれ」
「さあ。外から見ると難しいそうではあるね」
「専用の道具じゃないと無理そうに見えますけど」
「さっきまではその予定だったんだ。どうしてこうなっているのかは知らないけど」
「ひょっとしてお邪魔しましたか?」
「いや、自然な流れじゃないかな」
 この時刻にこの場所で扉を壊そうとする。そうすると、その時刻に同じくして他の二人がやってくる。そんな未来は知る由も無いのだから、自然といえば自然だろう。
「あ、動きが悪くなってきましたね」
「さすがに疲れが出始めたかな」
「どうします? こうなったら藤堂さん意地でも壊そうとしますよ」
「猫飼さんに連絡しようか」
 このまま続けていても埒が明かない。それに扉を壊すのに熱くなった二人には恐らく他のやり方というのは思いつかない状態にあるのだろう。
 僕は腕時計の画面を操作して猫飼さんに通話をかけた。コールから間もなく接続される。
「やあ、歩田くん」
「おはようございます」
「どうしたの?」
「あの、お願いしたいことがあって。事情を説明しようとすると通話では難しいんですけど、とりあえず今、とある扉を壊そうと思ってます」
「へえ、どこの」
「中央広場の誰も使っていない部屋の扉です」
 猫飼さんの返答はすぐには返ってこなかった。
 通話だから、肯定か否定か、相手が何を考えているのかまでは分からない。
「またすごいことしてるね」
 肯定だった。
「つまり、手伝って欲しいわけだ」
「いえ、壊し方だけ教えて欲しくて。どうしたらあの扉壊せますか?」
「んーとりあえず電動カッターで無理やり切断すればいいんじゃないかな」
「カッターですか……」
 素人がそんな危険なもの上手く扱えるのだろうか。
 自分たちでやるつもりだったけれど、そうなったら猫飼さんの手も借りる必要があるのかもしれない。
「必要な道具のリストを送っていただければあとは自分たちでやります」
「いや、止めた方がいいよ。危険すぎるから。慣れている人がやったほうがいい」
「となると、猫飼さんしか」
「うん、だから、出てきた」
 そう言うと背後から扉が開く音が聞こえてきた。
 振り返ればそこには猫飼さんがいた。猫飼さんは作業着姿だった。これが普段着というわけではなく、自室で作業をしていたのだろう。自室の三階で、はんだ付けをしている姿が容易に想像できた。
「やあ。挨拶は二度目かな」
「おはようございます、二度目ですね」
「椎名さんも、おはよう」
「おはようございます」
 声が重なって聞こえてきたので通話を切断した。腕時計から切断したことを告げる効果音が鳴る。
「この扉か」
 猫飼さんはそう言って出てきた扉をノックした。
「多分できるとは思う。むしろどうして今まで壊さなかったのか、そっちのほうが不思議なぐらいだ」
「多分みんな同じこと思ってます」
「客観視か。空想と現実が曖昧になっているのかもしれないなあ」
「ここにおける現実ってロボットが管理する施設ですからね。現実だけを見ろなんて無理難題です」
「そっか。そうだね。そう言うならあの扉に辿り着くのも適切なタイミングだったのかもしれない」
 猫飼さんに釣られ、僕も開かずの扉の方を振り返った。そこにはバテて座り込んでいる二人の姿があった。
「ええと、どういう状況かな」
 猫飼さんの疑問ももっともだった。
「力技で壊そうとした結果です」
「無茶だ」
「あの二人なら可能性はあったと思いますけど」
「セキュリティの高さから簡単に壊れてくれるとは思わないけど」
「それは同意します」
 しかし、ときには納得というのも必要だった。やらなくてできなかった場合と、やってみてできなかった場合とでは雲泥の差がある。前者はいつまでも切り替えられないし、後者は次を考える権利が与えられる。
 だから素手で扉を壊そうとすることもまた必要なこととも言えた。もっとも猫飼さんの言うように、初めから道具で壊せば早かったのだけれど。
「それじゃ、カッターとか工具を持ってくるから、そのことあの二人にも伝えてくれないかな」
「どうでしょう。あまり得策とは言えませんが」
「……言われてみれば、そうだね。分かった。とりあえず工具を持ってくるから、少しの間待っててくれないかな」
「分かりました。待ってます」
「じゃ」そう言って猫飼さんは自室に戻って行った。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

歩田悟。館を徘徊する人。

嬉野祐介。館に閉じ込められた大学生。歩田と同じ歳。

猫飼可優。執事。いつも何かしている。

屋敷光明。引きこもり。特に何もしていない。

大川ひすい。マッサージチェアが好き。

佐伯叶枝。大川によく捕まる。

椎名盟里。藤堂にメガネを壊され、コンタクトに変えさせられた。

藤堂律。夕飯が楽しみ。

流田桂花。暇つぶし。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み