2.1佐伯と歩田の試み
文字数 2,399文字
2.
ベッドの上で本を読んでいると、ふと佐伯さんのことを思い出す。先日の、大川さんと卓球をしていた日のことだけれど、佐伯さんは館について調べていると言っていた。
もっとも、その詳細については卓球という手がかりしか得られてなく、そこからは特に考えることはない。ただ、動機を考えたときに繋がってくるものがあった。
というのも月に一度開催される会議、その次の司会が佐伯さんなのだ。
これまで佐伯さんから館についてどう考えているのかという話を聞いたことはなかった。それが今回の行動を突飛にさせているのだけれど、佐伯さんのその慎重な性格を考えれば、理由があっての行動に思う。
要するに佐伯さんは次の会議のために館について調べているのだろう。
そうなると卓球に対する解釈も若干変わってくるのかもしれない。今までは特に調べてはいなかった。それが司会をすることになって調べる必要が出てきた。そのことと卓球。
関係は?
まあ、その辺りのことは、佐伯さんのことをよく知っていないと分からないところではあるのだろう。心理状態と行動を追うにしても、推測が必ずしも事実と合致するわけではない。情報が少ないうちは推測される可能性が増え、どの可能性も正解のように見えてくる。それは分からないことと同じだった。
僕はそこで考えるのを止め、また空想の世界に沈んでいく。すると、部屋に着信の音が響き渡った。
通話で佐伯さんと会う約束をした僕はプライベートルームが密集する正五角形の中央広場へ急いで出てきた。
佐伯さんは先に広場へ出てきていたらしい。「突然ごめんなさい」と言われる。
「全然いいですけど、どうしました?」と僕。
「あの実は……歩田くんにお願いしたいことがあって。いえ、協力して欲しいと言った方が正しいのでしょうか。とにかく手伝って欲しいことがあって」
佐伯さんは切り出し辛そうにそう言った。
それから決心したような表情をして。
「この館に人数制限がある場所を知ってますか?」と聞かれる。
僕は正直に「いえ、初めて聞きました……」と答えた。
人数制限のある場所……?
館を徘徊しているとはいえ全体を把握しているわけではない。もしかすると近くを通ったことはあるのかもしれないけど、そのときは気にも留めなかった。
ほとんどの部屋は自由に出入りをすることができる。どうして人数が制限されているのか。変わった場所だなと僕は考えた。
「それに付き合って欲しいんです」
そうお願いされ僕は反射的に「いいですよ」と答えた。
「ありがとうございます」とおじぎをする佐伯さん。「その場所っていうのは猫カフェのことなんですけど」と続ける。
「え、猫カフェですか?」
「やっぱりダメですか? 大川さんにも言われたんです。猫アレルギーだからごめんなさいって。もしかして歩田くんも猫アレルギーとかだったりしますか?」
「アレルギーとかじゃないですけど、ただ」
「ただ……?」
「いや、具体的にどうってわけじゃなくて、なんとなく変だなって思って」
そう言うと佐伯さんは困惑した表情を浮かべる。
僕としても何に違和感を覚えているのかが言語化できなかったので、これ以上は言えなかった。
生き物がいることが不思議なのだろうか? とはいえ、水族館は認めている。哺乳類だから? そこに特別ひっかかる理由も無かった。だからよく分からない。
「あ、もちろん行きましょう。猫カフェ」
「本当ですか?」
そう言って佐伯さんは喜びを見せる。
仮面みたいにころころと表情が変わるなと思った。
「あと一人ですね」と佐伯さんは困ったように言う。
「あと一人?」
僕は疑問をそのまま口にした。
「そうなんです。猫カフェの入る条件って三人以上みたいで、事前に予約をして入るみたいなんです」
「ああ。それはなんとなく分かる気がしますね」
そう言いながらどうして人数制限と予約が必要なのかを考えた。
例えばいつでも解放されている場合、猫はそこに住んでいることになる。つまり館に住んでいるということ。そうなると、この館には複数のコミュニティが形成されていることになる。人間のコミュニティと猫のコミュニティ。この場合は人間だけに都合の良い館という固定観念が崩され、生物にとって都合の良い館ということになる。
そうなると、館の存在意義はなんだろうか。この話は今は追えない。それはそうで、実際には常時解放されているというわけではないのだから。
そして定期的な解放となると、まず考えつくのが外部の人間が猫を管理している可能性だった。普段は館に猫が存在せず、必要なときに存在する。
途端、館の存在意義について接近できたような錯覚がした。館で過ごしていて、外部の人間の影は見たことが無い。それどころかロボットに管理されているために、完全に外界と切り離されているとさえ思っていた。
猫カフェ……。何かあるかもしれない、と僕はそう思った。
そんなことを考えていると僕は佐伯さんに肩を二回ほど叩かれる。
「あ、おかえりなさい」
「ええと、ただいま?」
「本当だったんですね」と佐伯さんは驚いた。
僕は不思議に思って「なんのことですか?」と聞く。
「大川さんに教えてもらったんですけど、歩田くんってときどき動かなくなるときがありますよね?」
「あるかもしれませんね」
「そんなときは叩けば戻ってくるって教えてくれたんです」
「すみません。ぼうっとしてましたか?」
「いいんです。考え事をされていたんですよね。むしろ邪魔しませんでした?」
「いや、もう、そんな失礼なやつはおもいっきり叩いてください」
佐伯さんは口元に手をやって笑った。
「それであと一人なんですけど……」
そう言われ真っ先に嬉野の顔を思い浮かべる。けれど、なんとなく違うような気がした。誰を誘えばいいのだろう。そう考えていると佐伯さんはこう提案してくるのだった。
「流田さんとかどうでしょうか」
ベッドの上で本を読んでいると、ふと佐伯さんのことを思い出す。先日の、大川さんと卓球をしていた日のことだけれど、佐伯さんは館について調べていると言っていた。
もっとも、その詳細については卓球という手がかりしか得られてなく、そこからは特に考えることはない。ただ、動機を考えたときに繋がってくるものがあった。
というのも月に一度開催される会議、その次の司会が佐伯さんなのだ。
これまで佐伯さんから館についてどう考えているのかという話を聞いたことはなかった。それが今回の行動を突飛にさせているのだけれど、佐伯さんのその慎重な性格を考えれば、理由があっての行動に思う。
要するに佐伯さんは次の会議のために館について調べているのだろう。
そうなると卓球に対する解釈も若干変わってくるのかもしれない。今までは特に調べてはいなかった。それが司会をすることになって調べる必要が出てきた。そのことと卓球。
関係は?
まあ、その辺りのことは、佐伯さんのことをよく知っていないと分からないところではあるのだろう。心理状態と行動を追うにしても、推測が必ずしも事実と合致するわけではない。情報が少ないうちは推測される可能性が増え、どの可能性も正解のように見えてくる。それは分からないことと同じだった。
僕はそこで考えるのを止め、また空想の世界に沈んでいく。すると、部屋に着信の音が響き渡った。
通話で佐伯さんと会う約束をした僕はプライベートルームが密集する正五角形の中央広場へ急いで出てきた。
佐伯さんは先に広場へ出てきていたらしい。「突然ごめんなさい」と言われる。
「全然いいですけど、どうしました?」と僕。
「あの実は……歩田くんにお願いしたいことがあって。いえ、協力して欲しいと言った方が正しいのでしょうか。とにかく手伝って欲しいことがあって」
佐伯さんは切り出し辛そうにそう言った。
それから決心したような表情をして。
「この館に人数制限がある場所を知ってますか?」と聞かれる。
僕は正直に「いえ、初めて聞きました……」と答えた。
人数制限のある場所……?
館を徘徊しているとはいえ全体を把握しているわけではない。もしかすると近くを通ったことはあるのかもしれないけど、そのときは気にも留めなかった。
ほとんどの部屋は自由に出入りをすることができる。どうして人数が制限されているのか。変わった場所だなと僕は考えた。
「それに付き合って欲しいんです」
そうお願いされ僕は反射的に「いいですよ」と答えた。
「ありがとうございます」とおじぎをする佐伯さん。「その場所っていうのは猫カフェのことなんですけど」と続ける。
「え、猫カフェですか?」
「やっぱりダメですか? 大川さんにも言われたんです。猫アレルギーだからごめんなさいって。もしかして歩田くんも猫アレルギーとかだったりしますか?」
「アレルギーとかじゃないですけど、ただ」
「ただ……?」
「いや、具体的にどうってわけじゃなくて、なんとなく変だなって思って」
そう言うと佐伯さんは困惑した表情を浮かべる。
僕としても何に違和感を覚えているのかが言語化できなかったので、これ以上は言えなかった。
生き物がいることが不思議なのだろうか? とはいえ、水族館は認めている。哺乳類だから? そこに特別ひっかかる理由も無かった。だからよく分からない。
「あ、もちろん行きましょう。猫カフェ」
「本当ですか?」
そう言って佐伯さんは喜びを見せる。
仮面みたいにころころと表情が変わるなと思った。
「あと一人ですね」と佐伯さんは困ったように言う。
「あと一人?」
僕は疑問をそのまま口にした。
「そうなんです。猫カフェの入る条件って三人以上みたいで、事前に予約をして入るみたいなんです」
「ああ。それはなんとなく分かる気がしますね」
そう言いながらどうして人数制限と予約が必要なのかを考えた。
例えばいつでも解放されている場合、猫はそこに住んでいることになる。つまり館に住んでいるということ。そうなると、この館には複数のコミュニティが形成されていることになる。人間のコミュニティと猫のコミュニティ。この場合は人間だけに都合の良い館という固定観念が崩され、生物にとって都合の良い館ということになる。
そうなると、館の存在意義はなんだろうか。この話は今は追えない。それはそうで、実際には常時解放されているというわけではないのだから。
そして定期的な解放となると、まず考えつくのが外部の人間が猫を管理している可能性だった。普段は館に猫が存在せず、必要なときに存在する。
途端、館の存在意義について接近できたような錯覚がした。館で過ごしていて、外部の人間の影は見たことが無い。それどころかロボットに管理されているために、完全に外界と切り離されているとさえ思っていた。
猫カフェ……。何かあるかもしれない、と僕はそう思った。
そんなことを考えていると僕は佐伯さんに肩を二回ほど叩かれる。
「あ、おかえりなさい」
「ええと、ただいま?」
「本当だったんですね」と佐伯さんは驚いた。
僕は不思議に思って「なんのことですか?」と聞く。
「大川さんに教えてもらったんですけど、歩田くんってときどき動かなくなるときがありますよね?」
「あるかもしれませんね」
「そんなときは叩けば戻ってくるって教えてくれたんです」
「すみません。ぼうっとしてましたか?」
「いいんです。考え事をされていたんですよね。むしろ邪魔しませんでした?」
「いや、もう、そんな失礼なやつはおもいっきり叩いてください」
佐伯さんは口元に手をやって笑った。
「それであと一人なんですけど……」
そう言われ真っ先に嬉野の顔を思い浮かべる。けれど、なんとなく違うような気がした。誰を誘えばいいのだろう。そう考えていると佐伯さんはこう提案してくるのだった。
「流田さんとかどうでしょうか」