6.2佐伯と歩田の試み

文字数 2,389文字

 宴会場に入るといくつもの円卓が会場を占めていた。白と黒のタイリング絨毯、照明も黄みがかかり薄暗く調節され、シックな雰囲気がある。
 料理はバイキング形式のようだった。メインとあって、部屋の中央に揃えられている。
 先陣を切ったのは嬉野と藤堂さんだった。第一陣というかなんというか、何か一言二言交して、二人は飛び出した。
 そして残された僕たちにも追随する者と待機する者、どこかへ行く者に別れ、僕は佐伯さんと後方から皆の様子を眺めていた。
「花より団子、みたいですね」僕は言う。
「腹が減っては戦はできぬ、かもしれませんよ?」
「会議の方は大丈夫そうですか?」
「あまりお腹がすいてるって感じではなさそうです」
「それなら食べるといいかもしれません」
「無理してでもですか?」
「すみません、適当なことを言いました」
 直感というのは科学的ではないから、失言だったかもしれないと反省する。
 要するに、緊張や不安でお腹がすかないのなら、お腹を満たせばそれらもほぐれるんじゃないかと思っただけだった。不安になったら安心できる理由を無理やりにでも与えてみる。たまに自分でもすることだけれど、役に立っている感じはしなかった。
「でも、甘いものはいいかもしれません。あれは理屈じゃありませんから」
 すると皿を持った藤堂さんがやってくる。見れば知らない料理が乗せられていた。
 そして「食え」とスプーンが向けられる。持ち手を掴もうとうすると「落ちるだろ」と手が引っ込められた。口から迎えにいかなければならないらしい。僕は一回目の壁はどこに行ったのかと不思議に思いながら、それを食べる。
「美味いか?」
「おいしいですね」
「だよな?」
 そう言って藤堂さんはまた宴会場の中央へと戻って行った。
 そのやりとりを隣でじっと見られていたらしい。僕は佐伯さんに苦笑を向ける。
「藤堂さんって歩田くんのこと好きですよね」
「藤堂さんは世界そのものが好きなんですよ。それぐらい寛大なんだと思います」
「他の人にはあんなことしないと思いますけど?」
「佐伯さんもお願いしてみますか?」
「遠慮しておきます」
 そう微笑しながら佐伯さんは断った。
 思い詰めてはないみたいだ。それが分かったので、チャンネルを切り替えることにした。
 料理の周囲に人がいなくなったので、佐伯さんと別れて、そろそろ僕も料理を取りに行くことにする。
 こうして宴会場を眺めていると自由な場所だと思った。藤堂さんは椎名さんの前にあった皿から料理を盗んで、椎名さんから盗み返されるという形で報復を受けているし、大川さんは料理そっちのけで指をたて、嬉野に何かを説明している。流田さんは考え事をしているのか端の方でコーヒーカップを手にしていて、屋敷さんは面倒くさそうに最初からデザートを食べていた。もっとも屋敷さんがそうしているのも正面にいる猫飼さんが話しかけているからかもしれないけれど。よく見れば猫飼さんの前には折り鶴が置かれている。話しながら自然と折ったのだろう。
 僕は誰もいないテーブルで料理を食べた。自分が今口にしているのが何の料理なのかは分からなかったけれど、味は間違いない。そうしてお腹を早々に満たして、ケーキをいくつか大皿にとる。それからフォークと取り皿を二つ持って「ここ、いいですか?」と聞いた。
 流田さんは「どうぞ」と言い、了承する。
 僕はコーヒーを忘れていたことに気が付いて取り行った。戻ってくると二つに重ねた皿を二つに分け、流田さんはケーキを食べていた。
「チョコレートが好きなんですか?」
「どうかしら。糖分を取るのに馴染みがあるからかもしれないわ。そういうあなたは定番なものが好きなのね」
「味に癖がない物を好むのかもしれません」
 そう言って僕は酸味のあるいちごを口にする。きっと生クリームの方が好きなのだろう。そう思った。
「さっき佐伯さんと話していたようだけれど」
 流田さんはそう聞いてくる。
 やっぱり気になっていたのだろう。佐伯さんは館を調べるために流田さんを猫カフェに誘った。その結果を流田さんは知らない。僕はどこまで話そうかと頭を回転させる。
「心配ないと思います」
「そう言い切れる根拠があるのね」流田さんはそう言ってチョコレートケーキをフォークで切り分けた。
「どうでしょう。実は僕もよく分かっていません。ただ考えはあるみたいです。具体的なことまでは言ってませんけど、言わないことが自信の表れだと、そう言えなくもないかなって」
「それは観察の結果?」
「ええ、まあ」
「そう。それならいいわ」
 一応の納得はしてくれたみたいだった。もっとも、流田さんも僕が情報を制限していることを察してはいるのかもしれない。それは猫カフェのときに流田さんの振る舞いで修正されたイメージだった。
 グラスへ水を注ぎ続ければ溢れるように、宴会場もまた空腹が満たされ別の方へ流れようとしていた。そんな空気感の中、僕たちは一つの長方形のテーブルに召集される。
 そしてどこから持ってきたのかホワイトボードを前に、佐伯さんが立っていた。
「あの、今日はお集まりいただきありがとうございます」
 誰もが黙って佐伯さんの話を聞いていた。僕もこの先がどうなるのかは知らない。
「それでは会議の方を始めさせていただきます」
 その言葉に僕は何度か無言で頷く。どうなるのだろうか。何を話すのだろうか。
 佐伯さんは「ただ、今日はちょっとやり方を変えさせていただきます」と続ける。
 僕は興味が湧いて佐伯さんへ意識をすべて向けた。
 当然「具体的には?」と言う声があがった。
 それに対して佐伯さんは毅然と答える。
「はい。そのことなんですけど、今回のテーマは特殊な世界に閉じ込められた場合についてです。皆さんにはこのテーマで話し合ってもらいたいと思います」
 僕はそれを聞いて、そっか、その話はまだしたことが無かった、と思った。
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登場人物紹介

歩田悟。館を徘徊する人。

嬉野祐介。館に閉じ込められた大学生。歩田と同じ歳。

猫飼可優。執事。いつも何かしている。

屋敷光明。引きこもり。特に何もしていない。

大川ひすい。マッサージチェアが好き。

佐伯叶枝。大川によく捕まる。

椎名盟里。藤堂にメガネを壊され、コンタクトに変えさせられた。

藤堂律。夕飯が楽しみ。

流田桂花。暇つぶし。

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