3.1佐伯と歩田の試み

文字数 2,071文字

3.

 佐伯さんと最後に会ってから六日後の朝、当たり前だけれど僕はベッドで目を覚ました。アラームを止めるためにタッチパネルを操作すると今日の予定が表示される。
 猫カフェ、十時から。
 この日を楽しみにしていなかったのかと言われると嘘になる。エンタメエリアの雑誌のコーナーで猫カフェの特集を探したぐらいには楽しみにしていた。期待半分、不安半分かもしれない。
 十時前になったのでリラクゼーションエリアへと向かった。特に他の場所で合流することはなく、猫カフェの前が待ち合わせ場所だった。
 遠くから猫カフェあたりで二人の人が立っているのが分かる。僕は時計を見て時刻を確認した。十時にはなっていないけれど、佐伯さんと流田さんを待たせてしまったらしい。
 僕は「すみません、お待たせしました」と一言いった。
「思い込みね」
「私たちが早かっただけですから」
 そう言って流田さんは踵を返し、扉に向かって歩き出す。
「行きましょう」
 猫カフェの扉を開くと狭い空間があった。すぐにカフェに入られるというわけではなく、まるで防音室の入り口のようで二つ目の扉が現れる。
 流田さんはその扉を開けようとして手を引っ込めた。それを見て、僕もこの場所が何のためにあるのだろうかと考えた。猫の脱走防止あたりだろうか。
 すると、扉の上方にある掲示板に『確認中』と表示される。それを見た佐伯さんが「楽しみですね」と言った。流田さんは振り返る。
「ええ。久しぶりね。昔、猫を飼っていたことがあるのよ」
「え、そうなんですか? 私も昔、飼っていました」
 それから「歩田くんはどうですか?」と聞かれる。
「僕は無いですね。ただ、好きですよ。ほら、友達に家に行ったりすると猫っていたりしますよね。そのときはよく遊んでいました」
「あ、イメージできます」
「そうかしら」
「きっと歩田くんのことだから、両手をついて猫よりも目線を低くしようとするんですよ」
 そんな話をしていると掲示板の表示が切り替わった。『施錠』の二文字。佐伯さんは「桂ちゃん、変わりました」と指を差した。
 流田さんはまたドアの方を向いて、掲示板の文字を見上げる。
「それじゃ開くけれど」とそう言って流田さんはドアを開いた。
 猫カフェに入るとそこには猫の楽園というか、猫独特の世界が広がっていた。柔らかそうなソファ、キャットタワー、猫の形が切り抜かれた箱。そして走り回る猫、のんびり座っている猫、あくびをする猫。まるでお菓子の家みたいな雰囲気で、別世界に足を踏み入れたみたいだった。
「本物の猫がいますよ」
 そう佐伯さんは興奮を抑えるように囁いた。
「そうね」
 流田さんの返事は淡白だけれど、よく辺りを観察している。
 佐伯さんが一人飛び出して、正五角形の台の上で座っていた一番近くの猫へと近づいていった。後を追うように流田さんは付いて行く。僕も付いて行ったほうがいいだろうか、と思った。けれど、付いて行ったところで後ろで見ているだけになるだろうと、だからこのあたりで別行動をすることにした。
 猫カフェっていうのは改めて見ると面白いところだった。猫が部屋を支配していながら、漫画の本など人にしか楽しめないものが平気で存在している。背の高い丸い机もそうだった。一匹の猫がその上に座っているけど、本来は人が使うために置かれているのだろう。
 なんていうか、もともとは人間が住んでいた場所を猫に占拠されたみたいで、実際立場が猫の方が上にあるように感じるのだから、主従の関係がそこに成り立っているように思えた。
 僕は猫カフェにタッチパネルがあることに気が付く。近づいてみるとオーダー画面が表示されていた。
 カテゴリーはドリンク、軽食、猫のおやつのようだった。試しにドリンクの画面を開いてみた。するとメロンソーダーのフロートなどが表示されて、次にはそれを注文していた。
 タッチパネルの横にある猫型の箱からチャイムが鳴る。オーブンのように取っ手を引くと中からストローとスプーンの刺さったフロートが現れた。
 猫カフェに来て真っ先にすることがお腹を満たすことなんて冷静になってみるとおかしいのかもしれない。けれど、そうは思うものの、糖分を前にしてすぐにその考えもどこかへ行く。フロートを持って僕は食べる場所を探した。
 こうして観察していると猫の中にも性格があることが分かる。隅の方でのんびりしている猫がいたのだ。ちょうど椅子と机もあったので最初は近くに行こうかと考えた。けれど、猫って近づいて喜ぶ生き物だったかなと思うとそれも違うような気がして、僕は猫のいない席を探した。
 何しに来たんだろう。
 メロンソーダーに浮かんだフロートを崩しながらそう考える。まあ、こうして甘いものを食べるのも楽しみ方の一つなのかもしれない、そう思いながら僕は店員がいないことを心底ありがたく思った。
 間違いなく元の世界で猫カフェに行けば、僕は食事だけをして帰るのだろう。冷やかしと言うかなんというか。だからこんな機会にしか猫カフェに来られないことを思うと、一生に一度の経験なのかもしれなかった。

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登場人物紹介

歩田悟。館を徘徊する人。

嬉野祐介。館に閉じ込められた大学生。歩田と同じ歳。

猫飼可優。執事。いつも何かしている。

屋敷光明。引きこもり。特に何もしていない。

大川ひすい。マッサージチェアが好き。

佐伯叶枝。大川によく捕まる。

椎名盟里。藤堂にメガネを壊され、コンタクトに変えさせられた。

藤堂律。夕飯が楽しみ。

流田桂花。暇つぶし。

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