6.1佐伯と歩田の試み

文字数 2,093文字

6.

 会議当日。正午前。時間が迫っていたので準備を始める。
 モデルルームで話したあの日以来、佐伯さんと会うことは無かった。定期的に会うのは大川さんに捕まるからであって、それが無ければほとんど会うことはない。
 ただ一通のメールだけは届いていた。リラクゼーションエリアの一階、自然エリアと学術エリアを北としたときの南西方向に宴会場があること。そして次回の会議をそこで開催すること。その準備として各自、事前に予約登録をして欲しいこと。などなど。そのような旨を知らせるメールだった。
 部屋を出ると正五角形をした中央広場で嬉野と出会う。天窓の先にある正五角形の筒を覗いてみれば、澄んだ空が見えた。
「よお」
「嬉野、今日は晴れてる」
「みたいだな」
 嬉野も筒を覗き込んでそう言った。
「お腹の方は?」僕はそう尋ねる。
「まあまあ。歩田は?」
「朝食は食べなかった」
 というよりもほとんど食べないことのほうが多い。
 嬉野は「準備万端だな」と言った。
 僕たちはリラクゼーションエリアに向かって歩き出す。
「しっかし、まさか宴会場まであるなんてな。どんな場所だろうな。歩田はどう思った?」
「変な場所かな」
「変、か」
「人数制限をかける理由が分からない」
「確か九人そろわないと入れないんだっけか?」
「意味はあると思う?」
「俺にはさっぱり」
 だから意味は無いのかもしれない。それに。
「館ってイメージがかなり優先されているところがあるから」
 ピンと来ていないのだろう。嬉野から反応が返ってこない。
「要するに僕たちに必ずしも都合よくできているわけじゃないってこと。例えばエンタメエリアにある映画館とかはそう。館にいる人間は全員で九人。それに対して映画館の席数は概算百近くある。仮に寝転がってシートを使ったとしても、どうしても百には届かない。だから人数に対して過剰な数が存在するものを、イメージで説明をつけてみる」
「言われてみりゃそうか。なんで気づかなかったんだ。そういや、この前行ったボーリング場もそうだったよな。なるほどな、確かにイメージだ」
 今回の宴会だってそうだ。まさか一人、あるいは二人だけで宴会場に入るわけにはいかない。では、何人だったら宴会が成立するのか。ここにいる九人全員と何も考えずに決めてしまうのが早いのだろう。
 前から僕たち九人が館に入ることが計画されていた?
 どうして中央広場の部屋の数は十個なのか?
 九と十。
 何に意味があって、何に意味がないのか。どれがイメージで、どれがイメージでないのか。その区別はかなり難しいように思った。
 エンタメエリアの一階は迷路のようになっている。一度来たことがあるとはいえ、正五角形上の大通りから外れると、すぐに方向感覚が狂う。
 そして二人の人間がいれば、そこへの行き方も二通りとなる。道を覚えるアルゴリズムに信頼が無かった僕は嬉野について行くことにした。そうして恐らく最短で宴会場へと到着する。
 宴会場の前には猫飼さんと屋敷さんの姿があった。
「弱みでも握られたのか?」嬉野は屋敷さんを揶揄った。
 屋敷さんは気だるそうな表情のまま僕を見て、猫飼さんを見る。
「遅刻せずに十分前からいることを珍しがってるんじゃないかな」猫飼さんが説明した。
「あ、そう。奇異な考え方だな」
 屋敷さんは嬉野に向き直して言葉を続ける。
「そうだろう? 異常が正常になったことを異常視するのは、また異常になることを望んでいるみたいじゃないか。第一、どうすれば弱みが握られるのか、一度考えると良い。人は簡単には情報を表に出さない。それでも握られたのなら、それは自分から差し出したと言うんだ」
「悪かったよ。遅刻の常習犯が十分前に来ているんだから、誰だって不思議に思うだろ?」
「多分、それが勘違いなんだと思う」
 そう言うと屋敷さんはあくびをした。
「この場合、遅刻することが異常なんだ。何かあったとするなら遅刻したほうにこそあるんだと思う。何も無かったから、つまり、遅刻する原因が無かったから屋敷さんは遅刻しなかった。ですよね?」
「惜しいとだけ言っておくよ」
 すると猫飼さんが笑い出した。
「時間だよ、時間。いつもなら集まりが十時だけど、今日は十二時だった。今日も起こしに行ったんだけどね、比較的、起きやすい時間だったんだよ。なんせいつもより二時間も眠れているんだからね」
「あ、そうか。そう言えよ、屋敷」
「無駄なことは嫌いなんだ」
 そう言って屋敷さんは身体ごと背けた。
 無駄なことが嫌いだと伝えることは無駄でない。言葉の意味と言葉の価値が等しくならないことも珍しいのではないかと、僕は関係のないことを考えていた。
 時間が正午に近づくにつれ人が集まってくる。佐伯さんが現れ、椎名さんが現れ、大川さんが現れる。そして道に迷ってようやく辿り着いたらしい藤堂さんが到着し、屋敷さんを揶揄って喧嘩した。
「面倒だ。歩田くん、君に発言の自由をすべて渡すよ」
「え、いりませんけど」
「屋敷じゃ話にならねえ」
「猫飼さんはどこいきました?」
 そうこうしていると最後の一人が現れる。
「賑やかね」
 腕時計を見た。時刻は正午ぴったりだった。
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登場人物紹介

歩田悟。館を徘徊する人。

嬉野祐介。館に閉じ込められた大学生。歩田と同じ歳。

猫飼可優。執事。いつも何かしている。

屋敷光明。引きこもり。特に何もしていない。

大川ひすい。マッサージチェアが好き。

佐伯叶枝。大川によく捕まる。

椎名盟里。藤堂にメガネを壊され、コンタクトに変えさせられた。

藤堂律。夕飯が楽しみ。

流田桂花。暇つぶし。

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