4佐伯と歩田の試み
文字数 2,732文字
4.
それからまた数日後のこと。館を一人で散歩していると腕時計から着信音がなった。画面の表示を見ると佐伯さんからだった。
心電図のように左から右へパルス波が画面上を流れる。花火のように光の粒子が弾けて、接続がされた。
「あの歩田くんですか?」
虚空に問いかけるかのような不安げな声だった。
「はい、歩田です」
「先日はありがとうございました」
佐伯さんは画面の向こうで頭を下げながらそう言う。……想像だけれど。
僕は「いえ、全然、大丈夫ですよ」と答える。
「館のことを調べられていたんですよね。何か分かりましたか?」
「それが、その、まったく分からないんです」
「同じです。僕もまったく分かりません」
そう言うと声に反応して膨張していた画面上の光が止まった。
つまり信号無し。
大川さんの声が聞こえてきた気がして僕は振り返る。廊下には誰もいなかった。
話を変えて、「今日はどうされたんですか?」と僕。
佐伯さんのはっとする声が電波に乗って伝わってきた。
「またお願いしたいことがあるんです。……いいでしょうか?」
「ええ、構いません。ちょうど暇していたところです」
「……ええと、今日じゃなくてもいいんですけど」
「明日ですか?」
「明日は私が用事があるので」
「では、明後日とか」
「明後日なら大丈夫そうです」
僕は頭の中でスケジュール帳を開いて今のことをメモした。随分と空白だらけのスケジュール帳だなと思った。
「もう一つお願いしたいことがあって」佐伯さんは続ける。
「あと一人、どなたか誘ってもらえないでしょうか……?」
「何をするのかだけ先に教えてもらえると助かります」
「あ、そうですよね、忘れてました。実はボーリングがしたいなって思ってて」
「嬉野を呼んでみますね」
「私は盟ちゃんを誘おうって思ってるんですけど」
つまり四人でボーリングをするということだった。そういえばエンタメエリアにあるボーリングのスコア表は四人が最大だっただろうか。
僕は「次は五ですか?」と聞いてみる。
また沈黙が流れた。けれど、今度は反応が返ってきた。
「やっぱり気づきますよね」
「規則性っていえばこれぐらいですから」
「でも次は五にはならないと思います」
「どうしてですか?」
「その前に九がくるからです」それから「あ、その前って言っても五の前じゃないですよ」と補足した。
僕は「なるほど」と得心する。
なんとなくだけれど佐伯さんの考えていることが見えてきたような気がした。といっても正解に急接近したわけではないけれど。まだその答えはぼやけていて、ちょうど光があるらしいことが観測できたぐらいだろうか。
最後の壁は館について調べているという言葉だろう。卓球をすることで、猫カフェに行くことで、そしてボーリングをすることで、館の存在意義が明らかになる。
直感的にはそこに意味はないように思う。ならば数字から見えてくる動機を考えるしかない。一つだけ単純な可能性があるけれど、それは館とは関係が無かった。
「あの……」
腕時計の向こうからそんな恐る恐るといって佐伯さんの言葉が聞こえてきた。
もし対面していたなら肩を叩かれていたのかもしれない。
「なんでしょう」
「朝の十時からとかどうですか?」
「僕たちは大丈夫だと思います」
「分かりました。盟ちゃんにも聞いてみるので、了解がもらえたらまた歩田くんに連絡しますね」
その後も僕たちは何度か言葉を交わし、かなり遠回りをして通話が切れる。
そしてすぐに嬉野へと通話をかけた。
背景の音はゲームエリアだろうか。僕はさっきのことをそのまま嬉野に伝えた。「お、いいぜ」の快諾。しばらくして椎名さんからも約束できたことが知らされる。
僕はベッドで二度夜を明かした。
ボーリング当日。僕は服装に迷い、カジュアルな服装に決めて部屋を出る。そして現地で集合し、各々ボール選びや靴を履き替えに拡散した。
ボーリングが得意かと言われるとそうでもない。球を投げたとき、重くて速いほど衝撃は強くなるけれど、では、重さと速さの掛け算が最大値になるのはどこだろうか。そんなことを考え出すとゲームというよりも実験に近くなる。一人だけそんなことをしているわけにもいかないので、腕に負担のかからなさそうなボールを選んで僕はレーンに向かった。
すでに四人とも登録をしているので、いつでもゲームが始められる状態だった。待機場所に戻ってみると椎名さんだけがボールを持ってきて、待っていた。
「歩田さん、もしかしてガターってありですか……?」
「設定を変えればガードレールみたいなのは出せると思うけど。そうしようか?」
「私たちだけで決めていいならお願いしたいですけど」
「それなら他の人の了承も得てからにしよう」
「そうですね。嬉野さんとか本気でプレイしそうですし」
「そうかな?」
「え、違うんですか?」
「まあ、見ていれば分かると思う」
そんな会話をしていると佐伯さんと嬉野が戻ってきた。ボールは重さによって色分けされている。嬉野の持つボールの色に記憶がないということは、僕のよりも遥かに重いか、遥かに軽いのかの二択なのだろう。
僕は戻ってきた佐伯さんに「ガターの設定は無しでもいいですか?」と聞く。
「私からもそうお願いしたいぐらいです」
続けて離れて準備運動をしていた嬉野にも「嬉野もガター無くていいよね?」と聞く。久しぶりに大声を出し、喉が痛む。
「ああ。どっちでも」
そう返ってきたので、僕はパネルを操作してレーンの両サイドにガードが出るよう設定を変えた。
間もなくゲームが開始される。
一投目は嬉野からだった。かなり慣れているのだろう。フォームからすでに違っていて、球筋もピンへ吸い込まれるように、速度をもって、すべてのピンを倒した。
天井に吊るされているモニターにストライクの演出が流れ、拍手が起きる。
一投目で全てのピンを倒した嬉野に二投目はない。次は僕の番だった。それらしく投げて、それとなく帰ってくる。倒れたピンも五ピンと、自分からしてみれば上々なのかどうか微妙な本数だった。ただ運だけはあったらしい。二投目がたまたま良いところに転がって行って全てのピンが倒れた。
そうして椎名さん、佐伯さんと続く。
何回か嬉野の番が回ってきたとき、嬉野のフォームが変わった。投げたのは変化球だった。球筋は綺麗とは言えない。いや、それはボーリングとしてであって、線としてはジグザグと綺麗ではあるのだけれど。そこから順調に伸ばしていたスコアを低迷させる。
最終的なスコアは皆似たようなものになった。
僕たちは純粋にボーリングを楽しみ、その後解散する。
僕は自室へ帰りながら今日のことを振り返った。
やっぱり佐伯さんが見ていることが気になった。
それからまた数日後のこと。館を一人で散歩していると腕時計から着信音がなった。画面の表示を見ると佐伯さんからだった。
心電図のように左から右へパルス波が画面上を流れる。花火のように光の粒子が弾けて、接続がされた。
「あの歩田くんですか?」
虚空に問いかけるかのような不安げな声だった。
「はい、歩田です」
「先日はありがとうございました」
佐伯さんは画面の向こうで頭を下げながらそう言う。……想像だけれど。
僕は「いえ、全然、大丈夫ですよ」と答える。
「館のことを調べられていたんですよね。何か分かりましたか?」
「それが、その、まったく分からないんです」
「同じです。僕もまったく分かりません」
そう言うと声に反応して膨張していた画面上の光が止まった。
つまり信号無し。
大川さんの声が聞こえてきた気がして僕は振り返る。廊下には誰もいなかった。
話を変えて、「今日はどうされたんですか?」と僕。
佐伯さんのはっとする声が電波に乗って伝わってきた。
「またお願いしたいことがあるんです。……いいでしょうか?」
「ええ、構いません。ちょうど暇していたところです」
「……ええと、今日じゃなくてもいいんですけど」
「明日ですか?」
「明日は私が用事があるので」
「では、明後日とか」
「明後日なら大丈夫そうです」
僕は頭の中でスケジュール帳を開いて今のことをメモした。随分と空白だらけのスケジュール帳だなと思った。
「もう一つお願いしたいことがあって」佐伯さんは続ける。
「あと一人、どなたか誘ってもらえないでしょうか……?」
「何をするのかだけ先に教えてもらえると助かります」
「あ、そうですよね、忘れてました。実はボーリングがしたいなって思ってて」
「嬉野を呼んでみますね」
「私は盟ちゃんを誘おうって思ってるんですけど」
つまり四人でボーリングをするということだった。そういえばエンタメエリアにあるボーリングのスコア表は四人が最大だっただろうか。
僕は「次は五ですか?」と聞いてみる。
また沈黙が流れた。けれど、今度は反応が返ってきた。
「やっぱり気づきますよね」
「規則性っていえばこれぐらいですから」
「でも次は五にはならないと思います」
「どうしてですか?」
「その前に九がくるからです」それから「あ、その前って言っても五の前じゃないですよ」と補足した。
僕は「なるほど」と得心する。
なんとなくだけれど佐伯さんの考えていることが見えてきたような気がした。といっても正解に急接近したわけではないけれど。まだその答えはぼやけていて、ちょうど光があるらしいことが観測できたぐらいだろうか。
最後の壁は館について調べているという言葉だろう。卓球をすることで、猫カフェに行くことで、そしてボーリングをすることで、館の存在意義が明らかになる。
直感的にはそこに意味はないように思う。ならば数字から見えてくる動機を考えるしかない。一つだけ単純な可能性があるけれど、それは館とは関係が無かった。
「あの……」
腕時計の向こうからそんな恐る恐るといって佐伯さんの言葉が聞こえてきた。
もし対面していたなら肩を叩かれていたのかもしれない。
「なんでしょう」
「朝の十時からとかどうですか?」
「僕たちは大丈夫だと思います」
「分かりました。盟ちゃんにも聞いてみるので、了解がもらえたらまた歩田くんに連絡しますね」
その後も僕たちは何度か言葉を交わし、かなり遠回りをして通話が切れる。
そしてすぐに嬉野へと通話をかけた。
背景の音はゲームエリアだろうか。僕はさっきのことをそのまま嬉野に伝えた。「お、いいぜ」の快諾。しばらくして椎名さんからも約束できたことが知らされる。
僕はベッドで二度夜を明かした。
ボーリング当日。僕は服装に迷い、カジュアルな服装に決めて部屋を出る。そして現地で集合し、各々ボール選びや靴を履き替えに拡散した。
ボーリングが得意かと言われるとそうでもない。球を投げたとき、重くて速いほど衝撃は強くなるけれど、では、重さと速さの掛け算が最大値になるのはどこだろうか。そんなことを考え出すとゲームというよりも実験に近くなる。一人だけそんなことをしているわけにもいかないので、腕に負担のかからなさそうなボールを選んで僕はレーンに向かった。
すでに四人とも登録をしているので、いつでもゲームが始められる状態だった。待機場所に戻ってみると椎名さんだけがボールを持ってきて、待っていた。
「歩田さん、もしかしてガターってありですか……?」
「設定を変えればガードレールみたいなのは出せると思うけど。そうしようか?」
「私たちだけで決めていいならお願いしたいですけど」
「それなら他の人の了承も得てからにしよう」
「そうですね。嬉野さんとか本気でプレイしそうですし」
「そうかな?」
「え、違うんですか?」
「まあ、見ていれば分かると思う」
そんな会話をしていると佐伯さんと嬉野が戻ってきた。ボールは重さによって色分けされている。嬉野の持つボールの色に記憶がないということは、僕のよりも遥かに重いか、遥かに軽いのかの二択なのだろう。
僕は戻ってきた佐伯さんに「ガターの設定は無しでもいいですか?」と聞く。
「私からもそうお願いしたいぐらいです」
続けて離れて準備運動をしていた嬉野にも「嬉野もガター無くていいよね?」と聞く。久しぶりに大声を出し、喉が痛む。
「ああ。どっちでも」
そう返ってきたので、僕はパネルを操作してレーンの両サイドにガードが出るよう設定を変えた。
間もなくゲームが開始される。
一投目は嬉野からだった。かなり慣れているのだろう。フォームからすでに違っていて、球筋もピンへ吸い込まれるように、速度をもって、すべてのピンを倒した。
天井に吊るされているモニターにストライクの演出が流れ、拍手が起きる。
一投目で全てのピンを倒した嬉野に二投目はない。次は僕の番だった。それらしく投げて、それとなく帰ってくる。倒れたピンも五ピンと、自分からしてみれば上々なのかどうか微妙な本数だった。ただ運だけはあったらしい。二投目がたまたま良いところに転がって行って全てのピンが倒れた。
そうして椎名さん、佐伯さんと続く。
何回か嬉野の番が回ってきたとき、嬉野のフォームが変わった。投げたのは変化球だった。球筋は綺麗とは言えない。いや、それはボーリングとしてであって、線としてはジグザグと綺麗ではあるのだけれど。そこから順調に伸ばしていたスコアを低迷させる。
最終的なスコアは皆似たようなものになった。
僕たちは純粋にボーリングを楽しみ、その後解散する。
僕は自室へ帰りながら今日のことを振り返った。
やっぱり佐伯さんが見ていることが気になった。