第34話 理想のペットたち
文字数 2,193文字
「この前ペット・グラス、買っちゃった」
「えー、ペット・グラスにしたんだー」
「サユリはペット・ペンだっけ?」
「うん、あたしは仕事で使うことが多いからペット・ペンにしたんだよね」
「ミカはこの前ペット眼鏡を買ったって」
「へぇー」
70年代に大流行した<ペット・ロック>。
要はただの石ころだが、名前と出自のストーリーを付けて「餌を食べず、排せつもせず、毛が抜けることも、イタズラして物を壊すことも、家を汚すことも、急に出産して数を増やすこともない、お 手 軽 な ペ ッ ト 」として人気を得たアイテムにヒントを得て、とあるIT企業が、大量生産の雑貨に名前とストーリーを付けて売り出したのだ。
70年代のペット・ロックとの大きな違いは、AI搭載で、自分の出自について物語を語ったり、簡単な受け答えもできる点だ。現代人の孤独に寄り添い、ストレスを緩和する理 想 の ペ ッ ト として、マーケティング理論にのっとった宣伝により大々的に売り出され、瞬く間に大人気となった。
小物入れとしても働いてくれるペット・ディッシュ、癒しの力で勉強も仕事もはかどるペット・ペン、安心してあなたの安全を預けられる番犬代わりのペット防犯ブザーやペット・キーホルダー、一緒にお酒を飲んでくれるペット・グラス……etc。
冒頭のサユリが購入した<もとは中世風の異世界で女戦士として戦いに明け暮れる毎日だったが魔法によりその姿を変えられ現代に転生した三色ペン>は、滔滔とその出自を所有者であるサユリに語って聞かせた。
サユリは、時折、その話に突っ込みを入れつつも、ファンタジーの世界を楽しんでいた。
「前世では、どんな家に住んでいたの?」
「子どもの頃は木造の粗末な小さな家に住んでいたのだけれど、勇者として活躍するようになってからは、王から立派なレンガ作りの家を貰いうけて、住んでいた」
「一人で暮らしていたの?」
「……」
「使用人とかいた?」
「……」
ツッコミを入れ続けると困ったように黙り込むのも、「ご愛敬」として、ユーザーたちは喜んでいた。
しかし、定型文だけではすぐにユーザーは飽きる。中には、さらに人間的なやりとりをしたいとリクエストするユーザーもいた。
そのため、販売会社は大規模なシステム改修を行い、長期的にユーザーとの関係を築くという触れ込みで、月額使用料を徴収する<継続使用料ビジネス>に舵を切った。
そして数か月後――。
<もとは中世風の異世界で女戦士として戦いに明け暮れる毎日だったが魔法によりその姿を変えられ現代に転生した三色ペン>という設定のペット・ペンのパイロット版は、社内のラボで進化を遂げていた。
「前世では、どんな家に住んでいたの?」
「子どもの頃は木造の粗末な小さな家に住んでいたのだけれど、勇者として活躍するようになってからは、王から立派なレンガ作りの家を貰いうけて、住んでいた」
「一人で暮らしていたの?」
「いや。メイドと暮らしていたんんだ」
「女性? 男性?」
「五歳年下の女性だ。妹のような存在だった」
その頃、社内の一角では、各部署のトップと経営を担う重役たちが会議を開いていた。
「それを公表することが本当に利益につながるのかね?」
社長の声に、参加メンバーたちの意見は割れた。
実は、ラボにある進化版ペット・ペンの複雑な会話を成り立たせているのは、販売会社と契約をしているニートたち。つまり、ある意味、リ ア ル に 飼 わ れ て い る 状態なのだ。
その事実を、ユーザーに公開するか否か、運営会社の会議で議論がなされた。
――人気が無くなるんじゃないか。
――いや、経済的に、社会的に困窮している人を助けることは社会的に正しいことだから、逆に人気が出るはずだ。
二つの意見がぶつかり合った結果、バージョンアップの詳細な内容とともに中の人の存在を公表することになった。
――新バージョンのペットは、音楽を奏でたり、歌を歌ったりといった芸をするようになりました。コロナ禍で仕事がなくなった興行関連の人が中の人をやっています。
――新バージョンのペットは、ペットがあなたの心を癒すような、ひたすら優しい言葉を繰りだすようになります。いじめやパワハラなどを経験して心に傷を負った人が中の人をやっています。
――新バージョンのペットは……etc。
が、しかし。
「夢が壊れた」
「これじゃあユーチューバーの投げ銭と変わらない」
「私が欲しかったのは、こんなものじゃない! 金返せ」
多くの顧客たちは罵詈雑言を浴びせて、契約を解除した。
客は自分の都合を満たしてくれるもののために金を払う。他人のためにペットを飼ったりしない――ペット・アイテムを制作・販売する会社は、大幅な売り上げ減という痛い勉強料を支払って重要なことを学び、方針転換をした。
そして――。
「みなさん、こんにちは。今日は妖精さんがバカンスに行っていてお留守なので、18時~翌6時まで、みなさんのペットのバージョン・アップはお休みさせていただき……」
今日もバカバカしくファンシーなメッセージが会社のHPに掲示されるのだった。
(終わり)
あとがき
実際には、ChatGPTみたいなのが出来ちゃって、AIの方が人間らしい受け答えができちゃったりしますね。うちのお向かいのクリーニング屋のおじいちゃんよりも、ChatGPT氏の方がコミュ力が高かったりします。
「えー、ペット・グラスにしたんだー」
「サユリはペット・ペンだっけ?」
「うん、あたしは仕事で使うことが多いからペット・ペンにしたんだよね」
「ミカはこの前ペット眼鏡を買ったって」
「へぇー」
70年代に大流行した<ペット・ロック>。
要はただの石ころだが、名前と出自のストーリーを付けて「餌を食べず、排せつもせず、毛が抜けることも、イタズラして物を壊すことも、家を汚すことも、急に出産して数を増やすこともない、
70年代のペット・ロックとの大きな違いは、AI搭載で、自分の出自について物語を語ったり、簡単な受け答えもできる点だ。現代人の孤独に寄り添い、ストレスを緩和する
小物入れとしても働いてくれるペット・ディッシュ、癒しの力で勉強も仕事もはかどるペット・ペン、安心してあなたの安全を預けられる番犬代わりのペット防犯ブザーやペット・キーホルダー、一緒にお酒を飲んでくれるペット・グラス……etc。
冒頭のサユリが購入した<もとは中世風の異世界で女戦士として戦いに明け暮れる毎日だったが魔法によりその姿を変えられ現代に転生した三色ペン>は、滔滔とその出自を所有者であるサユリに語って聞かせた。
サユリは、時折、その話に突っ込みを入れつつも、ファンタジーの世界を楽しんでいた。
「前世では、どんな家に住んでいたの?」
「子どもの頃は木造の粗末な小さな家に住んでいたのだけれど、勇者として活躍するようになってからは、王から立派なレンガ作りの家を貰いうけて、住んでいた」
「一人で暮らしていたの?」
「……」
「使用人とかいた?」
「……」
ツッコミを入れ続けると困ったように黙り込むのも、「ご愛敬」として、ユーザーたちは喜んでいた。
しかし、定型文だけではすぐにユーザーは飽きる。中には、さらに人間的なやりとりをしたいとリクエストするユーザーもいた。
そのため、販売会社は大規模なシステム改修を行い、長期的にユーザーとの関係を築くという触れ込みで、月額使用料を徴収する<継続使用料ビジネス>に舵を切った。
そして数か月後――。
<もとは中世風の異世界で女戦士として戦いに明け暮れる毎日だったが魔法によりその姿を変えられ現代に転生した三色ペン>という設定のペット・ペンのパイロット版は、社内のラボで進化を遂げていた。
「前世では、どんな家に住んでいたの?」
「子どもの頃は木造の粗末な小さな家に住んでいたのだけれど、勇者として活躍するようになってからは、王から立派なレンガ作りの家を貰いうけて、住んでいた」
「一人で暮らしていたの?」
「いや。メイドと暮らしていたんんだ」
「女性? 男性?」
「五歳年下の女性だ。妹のような存在だった」
その頃、社内の一角では、各部署のトップと経営を担う重役たちが会議を開いていた。
「それを公表することが本当に利益につながるのかね?」
社長の声に、参加メンバーたちの意見は割れた。
実は、ラボにある進化版ペット・ペンの複雑な会話を成り立たせているのは、販売会社と契約をしているニートたち。つまり、ある意味、
その事実を、ユーザーに公開するか否か、運営会社の会議で議論がなされた。
――人気が無くなるんじゃないか。
――いや、経済的に、社会的に困窮している人を助けることは社会的に正しいことだから、逆に人気が出るはずだ。
二つの意見がぶつかり合った結果、バージョンアップの詳細な内容とともに中の人の存在を公表することになった。
――新バージョンのペットは、音楽を奏でたり、歌を歌ったりといった芸をするようになりました。コロナ禍で仕事がなくなった興行関連の人が中の人をやっています。
――新バージョンのペットは、ペットがあなたの心を癒すような、ひたすら優しい言葉を繰りだすようになります。いじめやパワハラなどを経験して心に傷を負った人が中の人をやっています。
――新バージョンのペットは……etc。
が、しかし。
「夢が壊れた」
「これじゃあユーチューバーの投げ銭と変わらない」
「私が欲しかったのは、こんなものじゃない! 金返せ」
多くの顧客たちは罵詈雑言を浴びせて、契約を解除した。
客は自分の都合を満たしてくれるもののために金を払う。他人のためにペットを飼ったりしない――ペット・アイテムを制作・販売する会社は、大幅な売り上げ減という痛い勉強料を支払って重要なことを学び、方針転換をした。
そして――。
「みなさん、こんにちは。今日は妖精さんがバカンスに行っていてお留守なので、18時~翌6時まで、みなさんのペットのバージョン・アップはお休みさせていただき……」
今日もバカバカしくファンシーなメッセージが会社のHPに掲示されるのだった。
(終わり)
あとがき
実際には、ChatGPTみたいなのが出来ちゃって、AIの方が人間らしい受け答えができちゃったりしますね。うちのお向かいのクリーニング屋のおじいちゃんよりも、ChatGPT氏の方がコミュ力が高かったりします。