第39話 人工肉プロデューサー
文字数 2,094文字
★★★グロ注意です★★★
照明が煌々 と輝くスタジオの中で、女性司会者が鼻の穴を膨らませ、セットしたての髪を揺らしながら声を張り上げた。
「本日ご紹介する商品は、なんとっ! 人工肉製造メーカーの老舗『黒丸フーズ』さんから、オーガニック素材使用、添加物不使用のっ、国産高級黒毛和牛風人工肉のご紹介でぇ―――――す!」
スタジオ内を緩 い拍手が満たす。
「皆さま、こちらの商品は一般の、スーパーなどで販売されている人工肉とは素材から違います! 国際機関からオーガニック認定を受けた丸大豆とエンドウ豆を100パーセント使用した人工肉です。しかも、赤身部分の筋繊維の細さ、脂肪の厚み、赤身と脂肪の割合、サシの入り具合にもこだわって、天然モノとそん色のない美味しさを実現した商品なんですぅー!」
環境に配慮した人工肉が一般化すると、各メーカーは、他社商品との差別化のため、赤身部分の繊維の細さや脂肪部分の融解温度、赤身部分と脂肪部分のバランスなどをミリ単位で調整し、味へのこまかい拘 りで高価格帯の商品を開発し始めた。
その流れの中で、「オーダーメイド合成肉」という、客からの注文通りの肉を作ろうとしたメーカーがあった。が、赤身部分の繊維の細さや脂肪部分の融解温度を数値で指定するというプロセスは、一部の理系オタク以外からは極めて不評で、特に有望な潜在顧客たるシニアたちからは「そんなものわからん」と一蹴された。
そんな中、颯爽と現れたのが、<人工肉プロデューサー>なる人々だった。
彼らは、もともとは人工肉を製造する技術者だったが、大豆やエンドウ豆のたんぱく質とココナッツ脂、ひまわり油などを使い、どのような割合で素材を組み合わせ、どのような温度で制作すればどういう食感の肉が出来上がるかに精通していた。
<人工肉プロデューサー>たちはたたき台になる商品を開発し、グルメタレントやグルメ雑誌の編集長、あるいは星を獲得したレストラン・シェフなどの有名な美食家たちに試食をさせて改良したものを、商品に彼らの顔写真を付けて値段を上乗せし、高級合成肉として発売した。「●●さんがプロデュースした肉」という触れ込みで。
そうして、あちらの会社からは三ツ星レストランのオーナーシェフがプロデュースした肉、こちらのメーカーからは大御所俳優が広告塔となった肉、有名女優がプロデュースした肉にαブロガーが……と各種人工肉による群雄割拠の時代がやってきた。食肉業界の競争は苛烈になっていった。
消費者がだんだん、「どのメーカーの肉も似たような味じゃない?」と思い始めた頃、雉 、サル、蝙蝠 など、さまざまな動物の味を模したとされる人工肉が販売された。
このブームは、大いに盛り上がった。そうして、海亀の肉がブームになったとき、誰かが禁断の扉を開けるひと言を放った。
「そう言えばさ……人間の肉って旨いっていう都市伝説、昔、あったよね」
人々の好奇心から生まれるニーズは、とどまるところを知らない。
「人工であれば問題ない。私が造ろう」と、あるプロデューサーが豪語した。
そうして出来上がった製品はメディア向け発表会の試食で非常に好意的に受け入れられたが、とある雑誌記者が「これ、本当に人の肉の味なんですか? 誰も食べたことないと思って、適当に作っているんじゃないですか?」と質問したところ、プロデューサーが「事故で足を切断した患者と病院に了承を貰って、実際の人肉で味を比較した」と答えたため、ネットで大炎上した。
「本当に人の肉を喰うなんて!」
が、同時にそのプロデューサーが造った肉は爆売れした。
実際、苛烈な炎上から「人工
しかし、人間の欲望にはキリがない。男女差、人種、年齢差……どんな属性の人間の肉が一番美味しいのか? 食べたい、というのみならず、そこに<知りたい>欲望が加わり、美容整形で脂肪吸引した残骸や、事故や病気により切断した四肢の細胞などをベースに、各種の人工人肉が制作された。
そうして、ついに……最も美味しく感じられる究極の肉が、先鞭 をつけた人工肉プロデューサーから発表された。
それは、そもそも食べる行為とは栄養補給にほかならず、自分の身体にとって栄養価が高く、吸収が良く、飢餓から遠ざかるのに有利な食べ物ほど<美味しい>と感じるのだと。
つまりは、自分の身体を維持するのに有利な肉――つまり自分自身の細胞を培養して作った肉を食べるのが最も効率が良く、つまりは美味しいということだった。
人工肉プロデューサーのこの発言を受けて、植物由来の原材料を使って自分の筋肉の組成そっくりの肉を作って食べるという行為がブームになり、肥満の人は過脂肪で早期死亡、筋肉質の人はどんどん健康的に、と健康の二極化が進み、最終的に世界はマッチョだらけになった。
(終わり)
照明が
「本日ご紹介する商品は、なんとっ! 人工肉製造メーカーの老舗『黒丸フーズ』さんから、オーガニック素材使用、添加物不使用のっ、国産高級黒毛和牛風人工肉のご紹介でぇ―――――す!」
スタジオ内を
「皆さま、こちらの商品は一般の、スーパーなどで販売されている人工肉とは素材から違います! 国際機関からオーガニック認定を受けた丸大豆とエンドウ豆を100パーセント使用した人工肉です。しかも、赤身部分の筋繊維の細さ、脂肪の厚み、赤身と脂肪の割合、サシの入り具合にもこだわって、天然モノとそん色のない美味しさを実現した商品なんですぅー!」
環境に配慮した人工肉が一般化すると、各メーカーは、他社商品との差別化のため、赤身部分の繊維の細さや脂肪部分の融解温度、赤身部分と脂肪部分のバランスなどをミリ単位で調整し、味へのこまかい
その流れの中で、「オーダーメイド合成肉」という、客からの注文通りの肉を作ろうとしたメーカーがあった。が、赤身部分の繊維の細さや脂肪部分の融解温度を数値で指定するというプロセスは、一部の理系オタク以外からは極めて不評で、特に有望な潜在顧客たるシニアたちからは「そんなものわからん」と一蹴された。
そんな中、颯爽と現れたのが、<人工肉プロデューサー>なる人々だった。
彼らは、もともとは人工肉を製造する技術者だったが、大豆やエンドウ豆のたんぱく質とココナッツ脂、ひまわり油などを使い、どのような割合で素材を組み合わせ、どのような温度で制作すればどういう食感の肉が出来上がるかに精通していた。
<人工肉プロデューサー>たちはたたき台になる商品を開発し、グルメタレントやグルメ雑誌の編集長、あるいは星を獲得したレストラン・シェフなどの有名な美食家たちに試食をさせて改良したものを、商品に彼らの顔写真を付けて値段を上乗せし、高級合成肉として発売した。「●●さんがプロデュースした肉」という触れ込みで。
そうして、あちらの会社からは三ツ星レストランのオーナーシェフがプロデュースした肉、こちらのメーカーからは大御所俳優が広告塔となった肉、有名女優がプロデュースした肉にαブロガーが……と各種人工肉による群雄割拠の時代がやってきた。食肉業界の競争は苛烈になっていった。
消費者がだんだん、「どのメーカーの肉も似たような味じゃない?」と思い始めた頃、
珍しい肉
が流行しはじめた。アヒル、ワニ、このブームは、大いに盛り上がった。そうして、海亀の肉がブームになったとき、誰かが禁断の扉を開けるひと言を放った。
「そう言えばさ……人間の肉って旨いっていう都市伝説、昔、あったよね」
人々の好奇心から生まれるニーズは、とどまるところを知らない。
技術的には作ることが可能
な人間の肉と同じ組成の人工肉――倫理的な是非が世論を二分した。「人工であれば問題ない。私が造ろう」と、あるプロデューサーが豪語した。
そうして出来上がった製品はメディア向け発表会の試食で非常に好意的に受け入れられたが、とある雑誌記者が「これ、本当に人の肉の味なんですか? 誰も食べたことないと思って、適当に作っているんじゃないですか?」と質問したところ、プロデューサーが「事故で足を切断した患者と病院に了承を貰って、実際の人肉で味を比較した」と答えたため、ネットで大炎上した。
「本当に人の肉を喰うなんて!」
が、同時にそのプロデューサーが造った肉は爆売れした。
実際、苛烈な炎上から「人工
焼
肉プロデューサー」の称号をネット民たちにより授けられたそのプロデューサーが造った人肉は、その美味しさから人工肉のスタンダードとなった。しかし、人間の欲望にはキリがない。男女差、人種、年齢差……どんな属性の人間の肉が一番美味しいのか? 食べたい、というのみならず、そこに<知りたい>欲望が加わり、美容整形で脂肪吸引した残骸や、事故や病気により切断した四肢の細胞などをベースに、各種の人工人肉が制作された。
そうして、ついに……最も美味しく感じられる究極の肉が、
それは、そもそも食べる行為とは栄養補給にほかならず、自分の身体にとって栄養価が高く、吸収が良く、飢餓から遠ざかるのに有利な食べ物ほど<美味しい>と感じるのだと。
つまりは、自分の身体を維持するのに有利な肉――つまり自分自身の細胞を培養して作った肉を食べるのが最も効率が良く、つまりは美味しいということだった。
人工肉プロデューサーのこの発言を受けて、植物由来の原材料を使って自分の筋肉の組成そっくりの肉を作って食べるという行為がブームになり、肥満の人は過脂肪で早期死亡、筋肉質の人はどんどん健康的に、と健康の二極化が進み、最終的に世界はマッチョだらけになった。
(終わり)