第36話 報酬はリレーション

文字数 1,994文字

「俺なんかが若い頃はねぇ、もっとアレよ? こんなメタバースなんかで人と会うんじゃなく現実世界でねぇ、会社の為に身を粉にして働いていたもんなんだよ。だいたいベーシック・インカムなんていう制度は人を堕落させて……」

 ――ああ、嫌だなぁ、マンスプおじさんかよ。自分もしっかり利用している癖に、よくメタバースやベーシック・インカムの悪口を言えるなぁ。

 俺は一瞬ログアウトのボタンを見た。が、報酬のことを考えて我慢することにした。

 2XXX、経済の二極化対策として各国政府がベーシック・インカムを導入すると、懸念されていた通り、文明は停滞し始めた。人々が驚くような発明も、技術革新も、優れた芸術も、やはり

が無ければ難しい。人間には

が必要なのだ。

 そのため一部の国では、そのモチベーションを維持するために<リレーション報酬システム>を実装した。
 <リレーション報酬システム>とは、報酬としてより好ましい人物と時間と空間を共有することができるシステムだ。つまり、

のだ。

 一般評価の低い人――要は他人から嫌われがちな人からのリクエストを承認して時間を共有すると、それは労働とみなされて対価を得ることができ、その収入をもって、自分が時間を共有したい相手にリクエストをすることができる。

 もちろん、性犯罪やストーカー防止のために、時間を共有するのはメタバース上に限定される。望まない性的な行為や暴力行為をされそうになったら、即座にログアウトできる。さらに二度と時間を共有したくないと思えば、ブロックもできた。

 しかし、一般評価の低い人――つまり相手をするのが苦痛なひとほど高い報酬が得られる。それは魅力なのだが、いかんせん、ストレスも高くなる。ごくごく稀に「評価の低い人でも気が合って楽しい時間を過ごせた」という声もあったが、そんなものは宝くじ並みの低い確率だった。
 結局、

。なんのことはない、結局はひと時代前の社畜と同じなのだ。

 そんなわけで、俺はマンスプおじさんの相手をして地獄のような時間を過ごした後、残高を確認した。かなりの報酬を得たが、まだ足りない。

 俺は来たリクエストを片っ端から承認した。

 マンスプおじさんの次に現れたのは若い女の子のアバターで、一瞬喜んだのもつかの間、「ねぇ、見て、見て。コレ」と、いきなりリストカットの跡を見せてきた。っていうか、アバターにまでそれ付けるのか? メンヘラリスカちゃん、キツいなぁ。
 俺は、見えない地雷を踏まないよう、ビクビクしながらノルマ時間をこなして報酬を得た。

 しかし、まだ足りない。俺にはどうしても時間を共有したい人がいる。もうひと仕事しよう。

 次に会ったのは、地味で平凡な感じの男アバターで、俺はちょっとホッとした。が……

「どうせ、僕なんかの相手していてもつまらないと思っているんでしょう? あなたも。いいんです。僕なんて、そういう評価しかもらえない人間だから。どうせ、リアルだけでなくこの世界でも……」

 うわぁ。ネガティブ愚痴男、萎えるなぁ。しかし、我慢だ。俺は心を石にして耐えた。

 しかしまだ足りない。

 次に飛び出してきたのは、なんか武将みたいなアバターだ。

「わ、わ、わ、儂が、儂ら世代が今のこの日本の繁栄を作り上げてきたのに、最近の若いモンは……」

 キタ――――――、上から目線老人。ストレートにゴリゴリとHPを削ってくる奴だ。しかし、この人はかなり評価が低かったから、これさえこなせば、目標額に達するはずだ。

 こうして俺は、ストレスの溜まる相手との時間を過ごし、やっと望んでいた相手と時間を共有することができた。
 しかし――夢のような時間が終わる瞬間、彼は気になることを言った。

「ありがとう、君のおかげで有名なハリウッドスターと時間を共有できる報酬が得られたよ!」
「……」

 それって、俺の相手をするとものすごい報酬が得られるってことだよな。
 どういうことだ?
 俺の評価って、そんなに低いってことか? いや、そんな……

 ふと気づくと、あの<ネガティブ愚痴男>からまたリクエストが来ていた。俺は承認し、会話の中でそれとなく聞いてみた。
 彼が、言葉を選びながら気を使いながら教えてくれたところによると、俺は<他人への共感性のに欠けた、面白くもなんともない、薄っぺらで自分をわきまえない勘違いした退屈な男>という評価のようだった。

「なんで、そんな評価なのに俺を選んだ?」

「だって、評価の高い人は、そもそもこんなシステムなんて使わずに、システムの外側で人間関係を構築しているんですよ。例えここで知り合ったとしても、その後はシステムの外で付き合うんです。ここには、それができない人間しか残っていないのだから、その中でまだマシな人を選ぶしかないでしょう?」

(終わり)
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