第8話 脳力デザインとブルシット・ジョブ

文字数 802文字

 脳力デザイナーとして働き始めて五年になるが、こんな依頼は初めてだった。

「ええと……すいません、ちょっと意味がわからないんですが」
「だから、脳を性能減衰(ディグレード)したいんです」
「……」

 20XX年、専門の脳力デザイナーによる、脳の特定機能の性能向上(アップグレード)、つまり脳力デザインは当たり前のものになっていた。

 いわゆる非創造的なクソ仕事(ブルシット・ジョブ)は機械にやらせて、人間はもっと高尚な仕事を行うべき――そのための脳力が足りない人への福祉として考案され、研究開発されたテクノロジーは、人々に本当の意味での職業選択の自由をもたらした。

 この技術のおかげで、ひと昔前なら頭がいい人じゃないとなれないと言われていた、弁護士、医者、パイロットなどの職業も、誰でも就くことができる職業となった。いまや、仕事に必要な脳力をインプラントで補うことで、どんな人でも、希望するどんな仕事にでも就くことができる。

 私の仕事は、仕事に必要な脳力を個人に合わせてカスタマイズする脳力デザイナーだ。私自身も、脳力デザインのおかげで、今の仕事に就くことができるようになり、順調にキャリアを積み上げてきた。

 しかし、目の前のこの男は、敢えて脳を性能減衰(ディグレード)したいと言っているのだ! そんなの聞いたことがない!
 私は困惑しながらも、目の前の相手に聞いてみた。

性能減衰(ディグレード)とは……何のためにですか?」
「私は、非創造的なクソ仕事(ブルシット・ジョブ)をやりたいんです」
「!」

 あえて非創造的なクソ仕事(ブルシット・ジョブ)をやりたいだって! 私は、驚きのあまり問診用のタブレットを落っことしてしまった。

「……なぜ、そんなことを?」

「競争が嫌だからですよ。いまや、非創造的なクソ仕事(ブルシット・ジョブ)をやっている人間なんていないでしょう? だから、その仕事を選べば、私はオンリーワンの存在になり、他人と競争しなくていいということになります。
 いくら脳力デザインで脳を性能向上(アップグレード)しても、それだけじゃ、競争がなくなるわけではないですからね」

(終わり)
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