第4話 桜狩り

文字数 1,566文字

 友人のエスからの電話で、僕は目を覚ました。

「おい、10分後に迎えに行くぞ。支度できてるか?」
「ああ……今日だったっけか。うん、支度する」

 嫌な気分が声に出ないように気をつけながら言った。

「おい、忘れてたのか? まったく……研究が忙しいのはわかるが、こっちだって大事な用件だぞ」
「ああ……そうだよな」
「楽しみだなぁ、桜狩り。お前の分の弁当も用意してやったんだぞ」
「ああ……ありがとう」

 僕は感情を殺してエスに返事をして、電話を切るとすぐに支度を始めた。

   ◇     ◇     ◇

 時間通りに現れたエスが運転するオートに数時間ほど揺られた後、僕達は多摩丘陵の奥地の適当な場所に車を停めた。
 そこから獣道のような細い道を、エスが先に立って歩き出す。辺りは静かで、時々、聞こえる小鳥の声と僕たち自身の足音と息遣い以外には何も聞こえない。
 早春の森にはまだ新緑も見えず、空気もひんやりしている。が、エスの歩みが早いため、僕は歩くほどに背中や首筋が湿ってくるのを感じた。エスは大荷物を持っているにもかかわらず、僕を引き離す勢いで歩を進める。

 かなり奥の方まで歩を進めたとき、目の前に淡いピンク色の霞が見えた。
 見事な桜だった。
 ほのかに赤みを帯びた白い花弁が風に飛ばされ、ひらひらと舞い踊る。その美しさに見とれていると、エスが言った。

「あれなんか、いいだろう」

 エスは、荷物を紐解いてチェーンソーを組み立てた。
 そしてバリバリと見事な桜の大木を切り始めた。
 仕方ない。
 これは桜狩りなのだから。

 十年前、日本も参加した第三次世界大戦の戦後処理で、戦時に日本軍の象徴とされた桜は、その図案を使用したり、庭木として育てることが禁止された。山野に自生している桜の木は狩られるようになった。
 かつて、第二次世界大戦の後に、日の丸、旭日旗と君が代が忌み嫌われるようになったのと同じように。

 桜を伐採した後には、代わりに遺伝子操作された樹木が植栽される。牡丹を小型化したような綺麗な花をつける新植物だ。本質ではなく、上っ面の見た目だけ求めるなら、それで構わないのだ。

()った後、頼むぞ」

 エスの言葉に従い、僕は研究所がそれ用に配布している、新植物の苗木を植えていく。僕が木を植えている間にも、エスの手で、辺りの桜の木はどんどんなぎ倒されていく。

 樹木研究所の一研究員として、植物を愛する者として、僕はその光景を悲しく思う。
 しかし、エスの行為は許容どころか、国家により奨励されているのだ。今や人々は正しい行いとして、彼と同様の行為に勤しんでいる。たとえ、それが戦時中と同じ全体主義の発露だとわかっていても、僕にはこの大きな流れを止める力はないのだ!

 何十年か経った後、きっとまた、愚かな誰かが何かをシンボルにして自分達の正当性と団結を訴えて、戦争を始めて、終わった後には全ての責任を何かに擦り付けるのだろう。きっとそのサイクルは止められないのだ。

 人間は戦争と責任転嫁が大好きだから。

(終わり)



■あとがき
 最後までお読みいただきありがとうございます。
 センシティブな内容を含んでおり、ちょっとわかりにくい部分もあるかと思うので、敢えて補足します。
 日の丸、旭日旗と君が代をどう思うかは個人の自由だと思います。
 でも、日教組が「日の丸と君が代が悪い」的なことを言うのはオカシイと思うのです。「いやいやいや、そうじゃなくてさ、学校側の『とにかく大人の言うことを聞け。考えるな。従え』っていう教育方針が戦争に反対する意見を封殺したんじゃないの? それは今もあんまり変わっていないんじゃなの? 学校って、冷静に論理的に考えることを教える場じゃないの? それをやんなかったのが問題なんだよね? 旗と歌のせいにするのっておかしくない?」と筆者は考えております。
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