第3話 ブルークーポン
文字数 1,275文字
「その話、これ以上続けるならクーポン欲しいんだけど?」
「あ……ごめん……ごめんなさい、こんな話ウザかったよね……」
謝罪しながら、その若い女性は財布の中から青い紙を取り出し、相手に渡した。
「まぁ、ちゃんとクーポンくれるならいいけど……時間は、遡 って10分前からのカウントでいい?」
「うん。あ……どこまで話したっけ。えーと、それで、その先輩の友達っていうのが……」
二人の会話は、若者でにぎわうカフェのざわめきに沈んでいった。
◇ ◇ ◇
20XX年、サブスク・コンテンツの充実は、時間のハイパーインフレをもたらした。誰も彼も、たくさんある娯楽をなるべく多く楽しみたい。時間はいくらあっても足りないのだ!
結果、「自分の娯楽を優先したいのに、面倒くさい人の鬱陶 しい話を聞いて、相手をしてあげる時間なんかない」という「ちょっと面倒くさい人」の持て余し状態が生まれた。
しかし、「誰かに相手をしてほしい人」というのは、どんな時代にも一定数いる。往々にして、そういう人ほど、他人からは好ましい話し相手としては認知されない。
重要と供給のアンバランスの結果、Noと言えない、気の弱い人が割を食うことになる。
「なんでクソつまんない話を延々聞かされなきゃいけないの?」
「友情搾取!」
「弱者しぐさで権利を振りかざすな!」
これらの不満が上がる一方、
「なんて冷たい、思いやりのない国だ!」
「助けあいの精神がないのか」
「人として如何なものか」
という声も上がり、メンタル強者とメンタル弱者の分断が進んでいった。
そこで政府は、公式クーポンを発行することで解決をはかった。
ブルーな気分を解消するための、青いクーポン券。名前はそのまま「ブルークーポン」。
クーポンを渡された相手は、一枚につき30分間、相手の話に付き合うことを義務付けられた。渡されたクーポンは
クーポンは、18歳以上の全国民に一か月当たり三枚の割合で支給され、それが足りなくなったら、国から一段階上の「メンタル・ケア」を勧められる。
平等に、みんなでみんなを支える社会。誰もがみんなに優しい社会。しかし――。
◇ ◇ ◇
「そろそろ時間だ!」
「あ……うん……そうだね。じゃあ……」
「じゃ、あたし、これから区役所行って、換金するし」
「うん……じゃあね」
立ち上がり、その場を離れようとした女性に、座ったままの女性が追いすがるように声をかけた。
「あの……ねぇ、ミキ。ミキはクーポン使ったりしないの?」
「え? 私はクーポン使う必要なんかないもの?」
ミキは、一瞬、珍しい植物を見つけたとでもいうようなびっくり顔でクーポンを渡した女性を見つめたが、すぐに「じゃね」と去って行った。
席に残された女性は、バッグに残ったクーポンを見つめて、溜め息をついた。
(終わり)
■あとがき
この話の「ブルークーポン」の元ネタは、『われら』(著:エヴゲーニイ・ザミャーチン)に出てくる「ピンククーポン」です。
「あ……ごめん……ごめんなさい、こんな話ウザかったよね……」
謝罪しながら、その若い女性は財布の中から青い紙を取り出し、相手に渡した。
「まぁ、ちゃんとクーポンくれるならいいけど……時間は、
「うん。あ……どこまで話したっけ。えーと、それで、その先輩の友達っていうのが……」
二人の会話は、若者でにぎわうカフェのざわめきに沈んでいった。
◇ ◇ ◇
20XX年、サブスク・コンテンツの充実は、時間のハイパーインフレをもたらした。誰も彼も、たくさんある娯楽をなるべく多く楽しみたい。時間はいくらあっても足りないのだ!
結果、「自分の娯楽を優先したいのに、面倒くさい人の
しかし、「誰かに相手をしてほしい人」というのは、どんな時代にも一定数いる。往々にして、そういう人ほど、他人からは好ましい話し相手としては認知されない。
重要と供給のアンバランスの結果、Noと言えない、気の弱い人が割を食うことになる。
「なんでクソつまんない話を延々聞かされなきゃいけないの?」
「友情搾取!」
「弱者しぐさで権利を振りかざすな!」
これらの不満が上がる一方、
「なんて冷たい、思いやりのない国だ!」
「助けあいの精神がないのか」
「人として如何なものか」
という声も上がり、メンタル強者とメンタル弱者の分断が進んでいった。
そこで政府は、公式クーポンを発行することで解決をはかった。
ブルーな気分を解消するための、青いクーポン券。名前はそのまま「ブルークーポン」。
クーポンを渡された相手は、一枚につき30分間、相手の話に付き合うことを義務付けられた。渡されたクーポンは
換金できる
ため、自分の時間を削って相手の話を聞いても、時間を搾取された感はなくなる。クーポンは、18歳以上の全国民に一か月当たり三枚の割合で支給され、それが足りなくなったら、国から一段階上の「メンタル・ケア」を勧められる。
平等に、みんなでみんなを支える社会。誰もがみんなに優しい社会。しかし――。
◇ ◇ ◇
「そろそろ時間だ!」
「あ……うん……そうだね。じゃあ……」
「じゃ、あたし、これから区役所行って、換金するし」
「うん……じゃあね」
立ち上がり、その場を離れようとした女性に、座ったままの女性が追いすがるように声をかけた。
「あの……ねぇ、ミキ。ミキはクーポン使ったりしないの?」
「え? 私はクーポン使う必要なんかないもの?」
ミキは、一瞬、珍しい植物を見つけたとでもいうようなびっくり顔でクーポンを渡した女性を見つめたが、すぐに「じゃね」と去って行った。
席に残された女性は、バッグに残ったクーポンを見つめて、溜め息をついた。
(終わり)
■あとがき
この話の「ブルークーポン」の元ネタは、『われら』(著:エヴゲーニイ・ザミャーチン)に出てくる「ピンククーポン」です。