第16話 勧誘ループ

文字数 713文字

「現代社会はストレスに満ちています。不況による失職、失恋、上司からの叱責、炎上、いじめ、自己責任論、その他自己肯定感を削り取る様々な事案――それらのストレスに対する補償を提供するのが、メンタル保険です。月々たったの980円の掛け金で、カウンセリングが受け放題! いわば、カウンセリングのサブスクですね。
 事前に行ったアンケートの回答に基づいて算出した、あなたの人格・個性に合わせて、AIカウンセラーが最適なケアを提供します」

 モニターに映し出されたAIセールスマンのよどみなく流れるようなセールストークに、相談にやってきた客と思しき男が、ぼそりと言う。

「あのぅ……相手をしてくれるのは人間がいいんですが……」

 モニターの上に備え付けられたカメラが、「ジ――――ッ」と音を立てて男をスキャニングする。
 散髪に行ったのは一か月以上前と思しき頭髪、量販店で買ったらしい微妙にサイズの合っていないスーツ、だらしなく緩んだネクタイ、型の崩れかけたビジネス鞄――それらを次々と機械的な正確さでカメラは補足(ロックオン)していく。
 ややしばらくの沈黙の後、モニターに映し出されたAIセールスマンは笑顔のまま言った。

「人間のカウンセラーがケアするのは、高額保険料を払えるVIP会員様のみとなっております」

 コンピューターがはじき出した、冷厳なる扱いの格差。

「……。僕……今の、その扱いで傷ついたんですけど」

「そんなあなたにわが社の製品! 現代社会は、非情に強いストレスに満ちています。失職、失恋、上司からの叱責、いじめ、その他自己肯定感を削り取る様々な事案――それらに対して、AIカウンセラーがケアをするのが……」

「お前が一番ストレスなんだよ!」

(終わり)
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