第37話 注意喚起

文字数 1,865文字

 コロナが猛威を振るい始めると、反科学主義の人々がネット上で反ワクチン、反マスクなどのデマをばらまき、先鋭化した一部の人々による現実世界でのトラブルまでもが起きた。
 対策として、一部Webサービスは「コロナ(COVID-19)に関しては、専門家の知見を参考にすることを強く推奨します」という文言をブラウザ上部に表示するようにした。そうして、このような注意喚起表示が、Webサービス業界において、社会的責任として当前のものと目されるようになった。
 結果、全てのWebコンテンツにおいて、何らかの注意喚起文が表示されるようになった。

「妊娠中や授乳期の飲酒は、胎児・乳児の発育に悪影響を与えるおそれがあります」
「この3Dプリンターで拳銃を自作することは法令に反します」

 といった企業HPに従来通り掲載されていた文言以外にも、通販サイトには、

「こちらの商品は、正しい使い方をしないと火傷、切り傷、打撲などの怪我や、住宅内の汚損を招く恐れがあります」

 といったPL法対策として広く多くの商品に用いられる文言が全ての商品ページに付け加えらえられた。

 さらに、それまではなかった、
「現代の社会状況に鑑みて不適切な表現がありますが、作品が制作された時代背景を伝える意図のもと修正を加えずにお送りしておりますが、制作者には差別を助長する意図はありません」
「現実世界で未成年の女性を自宅に連れ込んで泊めたりしてはいけません」
「この作品は暴力による物事の解決を推奨する意図はありません」
「異世界転生ライトノベルばかり読んで現実逃避しても、現実世界でのあなたの立ち位置は変わりません。むしろ現実世界への不満を変な形でこじらせる畏れがあります」

 等の、コンテンツが与える影響について言及するものまで、ありとあらゆる商品やサービスに注意喚起がなされた。
 
 しかし、今度はその注意喚起表示自体が<思想の押し付け>であり、ひいては差別につながると言う声が上がった、しかし、「認知の歪み対策」として一定の効果があるという声もあったため、二元論的な結論づけを行うのではなくグレーなものとして扱うこと、注意喚起ではなく<カウンター意見の表示>をすることが推奨されるようになった。

 それらは、街中にまで溢れた。

 自動販売機に描かれた可愛いらしい女の子のイラストには、「このようなイラストについては、性別のステレオタイプな見方の助長と性的役割の押し付け、さらには拒食症や性犯罪の誘因などの問題があると問題提起されており……云々」という文章が添えられ、自己啓発本の帯には「効率至上主義が社会にもたらす悪影響として……云々」の文言が添えられ、さらにそのカウンター意見を補填する内容の本が隣に並べられた。

 世の中はカウンター情報で溢れた。

 その結論を出さない玉虫色の表現故に、誰も彼もが混乱しながらも、結論を求めて議論を止められなくなっていった。あちらで炎上し、こちらで火の粉があがったと思ったら、そちらでは討論から罵声の浴びせあいになった。

 メディアでは「という意見もありますが、同時に……」と歯切れの悪いコメントばかりが続き、番組自体が意味をなさないものとなり、最終的に情報番組はほとんどお花畑とイメージ音楽を流すものとなった。

 学校では、何を教えても生徒側から反対意見が出てきたため、教師のノイローゼが多発した。

 病院では、副作用のリスク、手術のリスク、手術をしないリスク、全てについて完全な検討とインフォームドコンセントを目指したために治療が手遅れになるケースが頻発した。

 どの企業においても、リスクや反対意見を考えすぎて判断が遅くなり、革新的なモノやサービスが発明されなくなり、経済が停滞した。

 全てにおいて、カウンターのカウンターのカウンターのカウンターのカウンターの……円環(ループ)し続け、情報と議論ばかりが無駄に肥大化し続け、人によっては日常生活における判断すら、処理能力を超え、過情報廃人と呼ばれる状態に陥った。

 みなが思考停止状態になり、また、そうならなかった者は、そもそも論理的思考を拒否して感情で判断する人間だったので、結局のところ全ての知的活動が停滞した。

 そんな中、唯一通常運転が続いたのは、本来議論の場であるはずだったのに、最初から思い込みの強いロートルが、数の力に物を言わせて、有無を言わせず<強行採決>という形で物事を決定してきた

だった。

(終わり)



■あとがき
 この作品は議論をすっ飛ばして決定を出すことを推奨するものではありません。念のため。(笑)
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