第7話 蟻の盾

文字数 774文字

 抜けるように透明な蒼穹に、長い、真っ白な飛行機雲が見えた。まるで標識だ。
「こちらへどうぞ」
 その案内に従って、僕は歩を進める。

 数メートル離れたところに、以前に見かけた顔を見つける。なんとなく、歩調を合わせて一緒に歩き始める。

「この前も会ったよね?」
「ですね」

 おしゃべりはあまり好きじゃないので、短く返す。僕の返事に空気を察したのか、彼もそれ以上は話し掛けてこなかった。が、しばらく無言で歩いた後、彼は再び話し掛けてきた。

「髪が短くてさ、背が低くて、鼻の横に大きなイボがあるヤツ、見たことないかな?」

 ああ。そうか、人を探していたのか。
 僕は記憶の糸を手繰った。

「イボって結構目立つ奴?」
「うん。五ミリ近くあるような、パッと見ですぐわかるヤツ」

「……ひょっとしたら、中東で見たかも」
「生きてた?」
「いや……」
「そっか……ダメだったか」

 その言葉に、僕の足が止まりそうになる。
 今さら、何だ。
 そう思ってみても、足の重さは一歩ずつ増してくる。
 僕の歩調が遅くなったのを見て、

が言った。

「それでも金額と待遇がいいからなぁ」
「まったくだな」
「出張手当てと危険手当て付きだからな」
「そうだな。今日び、この仕事以外でそんな待遇はないからな」

 僕の歩みは、元の早さに戻っていた。

 そうだ。この

に生まれて、まともな生活なんかできるわけないのだ。諦めるしかないのだ。

「どっちにしても飢えて死ぬしかないンだから、死ぬ前に腹一杯喰って、遊べるだけの給料を貰えるだけ、ありがたいもンだ」

 単純労働の単価が下がって、まともな金額を稼げる仕事が扮装地の「人の盾」となることくらいしかない世界では、死の直前の満腹感ぐらいしか、幸福を感じられるものなどない。僕と

は、飛行機雲の指し示す先へと歩を進めた。

 空爆の音が遠くから聞こえてきた。

(終わり)
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み