第6話 未成人

文字数 1,305文字

 もともとは、高学歴を誇る大卒お笑い芸人コメンテーターが、無責任に放ったひと言だった。

 コロナなのにマスクをしない、煽り運転をする、子供を性対象として描くマンガやイラストについて『表現の自由』を声高に叫ぶ……等々の節度ある行動をとることが出来ない一部の人たちについて番組内でこう言い放ったのだ。

「大人としての責任ある言動を出来ない人は、権利をはく奪したらいいんですよ。『大人になったんだから、社会に対して責任を持ちなさい。大人には社会を作る責任があるんですよ。それができないなら、大人じゃないでしょ』という意味でね」

 この社会で年を取る=無事に生きながらえ、成人まで迎えることができたのなら、その分を次の世代へと還元しなければならない。一見、理屈の通った彼の話は、瞬く間にネットでバズった。
 そうして、精神年齢が低くて成人と認められない人たちを括る『未成人』という名称がネット民によって命名された。

生物学的年齢が成年に未達=未成年
生物学的年齢が成年、精神年齢が低くて大人として当然の倫理が足りない人=未成人

 この概念が定着すると、ネット上の教祖型アカウントに煽られて、自らを未成人と定義し、「未成人として生きる権利」を主張する者が出始めた。その言い分は、俺達は酒もたばこも選挙権もいらない。その分、好き勝手にさせてもらう、というものだ。

 すると世論は「本人が望んでいないなら、本当に権利も与えなくていいのでは?」という考えに傾き、「未成人」の概念は、社会の幸福を考慮せずに個人の幸福だけを追求するタイプの人間への

として機能しはじめた。

 子どもを育てられるような倫理を持ち合わせていないのなら、そもそも子供を作る権利を取り上げた方がいいだろうと、科学的去勢と不妊手術が行われた。

 ならば、そもそも結婚する権利も取り上げようと、法改正が行われた。

 家族を養う義務を負わないなら、安定した仕事に就く権利なんていらないよね、と労働基準法の外へと追いやられた。

 納税しないなら社会保障も必要ないね、と年金番号が削除された。

 どうせ各種行政サービスの外側にいるなら、管理の必要ないだろうと、戸籍やマイナンバーは削除され、戸籍法の外側の存在となった。

 当然、これらが段階的に進むなかで、本人が望まないなら選挙権を取り上げても問題なかろうという声に押されて、選挙権もはく奪された。

 一度、正当化する理由を与えられた差別には、歯止めが効かない。

 この人たちって、どうせ自己管理もできないし食料も残飯でいいんじゃない? 廃棄食糧の処理要員でいいよね? 都市の真ん中に居場所なんかいらないでしょ? くさいし、汚いし、目ざわりだわ。いない方いいんじゃないの?

 未成人たちが、社会の構成員として認められることの重要さと、その外側へ追い出されることが何を意味するのかを理解した時には、彼らの生活はもう、立て直しのきかないものになっていた。

 自分で自分の幸福を定義する権利も取り上げられて自分の中に引きこもった未成人たちは、狭く不衛生なスラム街でひたすら残飯を漁り、街の再開発に伴い、美観を損なうゴミとして処分されたのだった。

(終わり)
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