第42話 知能の相転移プロジェクト

文字数 2,174文字

 技術立国ニッポンの衰退――GDPがダダ下がりに下がり、ノーベル化学賞や物理学賞は取れず、特許申請数は競り負け、世界の大学ランキングでも圏外となり、政権与党とその取り巻きがいかに威勢のいいことを言おうとも国力が衰退しているという事実を国民の目から覆い隠しようもなくなった20XX年――政府は新たな政策を発表した。

 名付けて<知能の相転移プロジェクト>。
 数年前、ChatGPTなどの大規模言語モデル(Large Language Model)の開発をきっかけに、情報の相転移について注目が集まり、とある研究者が「人間も、インプット・アウトプットする情報の量を上げることで、一気に知能レベルを引き上げられる可能性がある」と言いだしたのがきっかけだ。
 
 かくて「少子高齢化に歯止めが止められないなら少数精鋭の知的エリートで勝負!」とばかりに、「知能の相転移によって国家としての知的レベルを上げて生産性を高める」という国策としてのプロジェクトが発動した。

 プロジェクトチームは、まず人々が

を増やすことにした。

 そもそもインプットされる情報を増やしたら、AI同様に人間の知能にも相転移が起きるはず、クァッドモニタを利用する株式トレーダーのように、あるいは年間千冊を読む読書家の一流企業経営者のように、一度にたくさんの情報を参照すれば思考の質は上げる! との前提によるものだ。

 というわけで、全国民に大量のPCモニタが配布された。街中にも、大量のデジタルサイネージやらモニターを設置。大量のモニター表示情報に触れさせ、視覚から入る情報量を増やす作戦だ。家の中も町中も、モニターだらけになった。
 さらに、それだけでは足りぬと音声情報も加えられた。<プロジェクト聖徳太子>と名付けられ、町中のスピーカーから、経済情報、ノーベル賞を受賞した宇宙物理学の理論から基礎化学、文学、社会学、統計学、生物学に哲学――交通情報などの音声案内に重ねて、ありとあらゆる情報が垂れ流された。
 電車の到着音声やその他警報音が聞こえず死亡事故が起きても、国策だからとスルーされた。

 しかし、効果測定のために行ったテストの結果は振るわなかった。

 調べてみると、公共の場で流される有益とされる情報も、脳波を計測して確認すると、モニターに表示されていても読み飛ばすだけ、音声も聞き流すだけになってしまっているとわかった。

 そこでプロジェクトチームは、

を増やそうとした。

 情報を漫然と聞き流し、読み流すことのないよう、電車の改札、ビルや飲食店や商店の出入口など、あらゆる場所にゲートを設けてテストを用意、回答しないと出入りできない状態にした。

 これにより、人々はみな、常に何かに注意を奪われ、回答を要求され、日常的にイライラした状態が続くようになった。

 しかし、支払ったコストに見合うような結果は得られなかった。情報の量だけにこだわって思考の質を忘れていたため、インプットされたことを繰り返すだけの初期に開発されたAIのような人間を量産する結果となったのだ。

 しかしプロジェクトチームは「これぞ進化の始まり!」と鼻息荒く、次の手に取りかかった。
 つまり、

の質を上げることに本格的に取り組み始めたのだ。

 プロジェクトチームは思考の質について徹底的に分析・研究した。
 受け取る情報は、量だけでなく、幅、深度も重要で、それらの情報を他の多くの情報と比較検討した上でクォリティを見定め、体系的に整理した上でインプットし、理解することがよりよいアウトプットのために必要であり、さらにそのアウトプットされた情報を他の誰かが別な情報と比較検討してまとめ、それをさらにと……繰り返していくことがキーであるとした。

 このような経緯で、一部の知的アッパーの人たちはどんどん知識を取り込むようになった一方、その他大勢の一般人(パンピー)達は、理解できない、あるいはそもそも理解しようともしないので、国民の間の知的格差が広がるばかりだった。
 しかも、あろうことか、政府が配布したモニタはマンガやすぐオチ動画にの視聴などに浪費していることも明らかになった。

 そこで、その知的格差を埋めるべく、一般人(パンピー)達が無駄な情報に時間と労力を浪費することを防ぐため、政府は知的ではない<低質コンテンツ>を規制することにした。
 バラエティ番組やギャグ漫画、お気持ちポルノ的なライトノベル、さらに一度に多くの

思考することができない=思考の質の低下を招くとして短文SNSやショート動画も禁止された。

 国内の知的弱者は、ただでさえ面白くない思いをしていた上に残された娯楽すらも奪われたことで、どんどん不満を募らせていった。

 そんななか、ある研究者が、文明と知的階層についての論文を発表した。
 歴史上のどんな文明においてもその社会を構成する全員が賢くなったことはなく、歴史とともに文明がどれだけ進歩しても、ひとつの社会の中の知的レべルの格差が広がっていくだけで、むしろ広がりすぎた格差は伸びきったゴムみたいに、いつかぱちんと切れるという予測をはじき出した。

 しかし、その論文を政府が検討する前に、国民は真っ二つに分断され、暴動が頻発し、結局、ニッポンは以前よりもさらに貧しい国になってしまった。

(終わり)
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