第22話 優しい学校

文字数 1,374文字

「先生、質問していいですか? 近代公民の教科で、わからないことがあって」
「ほう、めずらしいな」

「ここ、『エスカレーター式の学校』っていう記述があるんですけど、なんだか意味がわからなくて……」
「どれどれ……ああ、これは今とは違う意味で使っているからね」

「違う意味?」
「今は、どの学校もみんなエスカレーター式だけど、昔は今とは違っていたんだ。昔は一部の人だけがエスカレーター式の学校に通っていた」

「ああ、そういえば何かで読んだかも……。一部の富裕層だけの特権だったとか……?」
「うん。昔は今と違って、学力テストの結果で生徒をふるいにかけて、高校や大学などの進学先を決定していたから、そのシステムを排した一部の学校を<エスカレーター式>と呼んでいたんだ」

「学力テストの結果で生徒をふるいにかけるなんて乱暴ですね。信じられない!」
「君達世代なら、そういう感覚だろうね。12年前に『全ての子供に優しい、居心地のいい、いじめのない学校』を目指して、大規模な学校制度改革が行われて今のシステムができたけど、それ以前の学校は今とは全然違うものだから。
 例えば、各科目ごとにクラス分けされて授業を受けるとか、生徒のレべルによって各クラスの進捗度が変えられているとか、クラスの人数も生徒の特性に合わせて4人~50人まで幅があるのも今じゃ当たり前だけど、以前はそういうやり方じゃなかったんだ。全生徒を一律で40人くらいずつのクラスに分けて、ほとんど全ての授業をそのクラス単位で行っていた」

「え、じゃ、レベル1の生徒とレベル5の少人数クラスの生徒が、同じ授業を受けるんですか? 全科目?」
「そうそう」

「そんなの絶対、<授業についてこられない子>が出てくるじゃないですか! フェアじゃない!」
「そもそも、当時のシステムは、他者との競争を前提としていたからね。今は、できなかったことができるようになった度合い、つまり<習得率>で学習の達成度を評価するけど、昔は学力テストの結果だけを評価し、他のクラスメイトや他校の生徒とその結果を競いあわせ、偏差値ごとに入学できる高校や大学が決まる<受験>ってものを中心に据えた考え方だったんだ」

「だいたい、そんな机上の学力テストだけで、将来の仕事選びの参考になるんでしょうか?」
「当然、ならないね。今の学校システムだと、ちゃんと人からフォローされないとわからない人や補助が必要な人が自然にあぶりだされてくるだろう? そうすることでケアが進む。さらに、各教科の得手不得手による適正も、苦手なものを克服させてゼネラリストを目指した方がいいのか、得意なものをさらに伸ばしてスペシャリストを目指した方がいいのか、っていうその人を管理(マネジメント)するための総合的な判断もできる。
 つまり、学校生活全般が、社会に出たときにどういう方向の仕事が向いているかや、その人をどのようにマネジメントするべきかの判断材料になっている。この早期管理システムが、今の学校の在り方の基本になっている」

「なるほど。じゃあ、ここに書かれている<エスカレーター式の学校>って、今と違って、エスカレーターなのに行き先は決まっていなかった、ってことだったんですね」
「そういうことだ」

「理解できました。ありがとうございました」

 生徒は、教師に一礼して軽やかな足取りで歩み去っていった。

(終わり)
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